前日、センニンソウのの記事を書いた、
たかさんのブログが途絶え、いろんな思いが巡りました。
私は、勝手に山の師匠とはばからないたかさん、
たかさんを通して、旦那さんにも会い、カメラ談議をしたり、
地元の図書館で偶然に会ったりしました。
体調を崩していた最近、心配をしていましたが、
訃報を知って昨日、高崎市のご自宅に伺いました。
私は、勝手に山の師匠とはばからないたかさん、
たかさんを通して、旦那さんにも会い、カメラ談議をしたり、
地元の図書館で偶然に会ったりしました。
体調を崩していた最近、心配をしていましたが、
訃報を知って昨日、高崎市のご自宅に伺いました。
まだ若い74歳。
オランダ以外のヨーロッパの山を、
国内の山でも、1週間、2週間と、山登りに暮れた、
雄さんとたかさん。
たかさんが寝室を覗いたときは、書を胸に、
穏やかな顔でした・・と。
仏壇の写真は、気概を消した優しい顔。
たかさんはその穏やかな写真でも、
怒っているように見える日があるという。
オランダ以外のヨーロッパの山を、
国内の山でも、1週間、2週間と、山登りに暮れた、
雄さんとたかさん。
たかさんが寝室を覗いたときは、書を胸に、
穏やかな顔でした・・と。
仏壇の写真は、気概を消した優しい顔。
たかさんはその穏やかな写真でも、
怒っているように見える日があるという。
たかさんの今、雄さんが居ない自宅で、
撮った時の出来事を書いた、両手を目一杯広げた数の、
思い出の、アルバムを毎日見ているんですよ・・と、
お嬢さんが小声で教えてくれた。
思い出の、アルバムを毎日見ているんですよ・・と、
お嬢さんが小声で教えてくれた。
写真はすべて、オリンパス、フィルムで撮影したものです、と。
茶の間に拡大した写真の方が、
綺麗に撮れていた気がします。
モンブランの反対方角で
綺麗に撮れていた気がします。
モンブランの反対方角で
👇リス科のマーモットを追う雄さん
👇フレジェル コル・デ・モンテの分岐点
👇アルペンローゼの群落
たかさんは、
日本に居るときから楽しみにしていたといいます。
👇シェズリー湖畔のたかさん
👇数十日の旅の行程は、すべてたかさんが作り
雄さんはそのルートに従い、
フランス語、ドイツ語はもっぱら
雄さんはそのルートに従い、
フランス語、ドイツ語はもっぱら
雄さんの役割でした・・と。
私の雄さんの印象は、いつでも書籍を放さず、
探求心旺盛な方だと、
今でもそう思います。
今でもそう思います。
アルバムは、訪れた時の出来事の、写真では表現できない、
旅での2人のすれ違う心、信頼、雄さんの厳しさ、優しさを、
たかさんの鋭い感性で綴られていて、引き込まれてしまいます。
たかさんの鋭い感性で綴られていて、引き込まれてしまいます。
今回アルバムを見せて頂いて、転写させていただきました。
74歳、勿体ない、また逢う日までですね。
お嬢さんが、教えてくれました。
お母さんは
お母さんは
お墓には一緒に入りたいと、
言ってました‥よッ‼
そうですね、そっとしてあげましょう。
気丈なたかさんですが、雄さんのいない日々、
心配です。
退院して 自宅で療養すれば元気になると、
思っていただけに、言葉がありませんでした。
今もまだ、気は沈みますが、
たかさんの心境は私の比ではないでしょう。
いつかひょっこり姿を見せないかと思ってます。
人の心に残るたかさんは、幸せ者です。
まさかの事に衝撃を受けております。
今はただ、雄さんのご冥福をお祈りするばかりです。
私もまだ尾を引いてますが、
たかさんの今、まだブログを開く整理がつかないかと思います。
暫く、そっとしてあげましょう。
山登りはしていないのでたくさんのブログで自分が登っているような気がしました。
文章がお上手でで引き込まれました。
いつものように、たかさんがブログが書けるようになるまでに元気になってほしいです