鹿角市毛馬内・仁叟寺の鐘楼(1704)建立。
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(54)
六郎の小指の三角筋と包帯は、乾いて黒ずんだ血のり端を、更に赤く滲んできた。
ヤエの嫁いだ、豊口家の玄関横の飾り石にもたれかかった六郎を、
ヤエの長女「アイ」が見つけて、泣き出した。
アイはこの朝、ヤエの姉ウメが嫁いだ横田家の玄関で、学校に出かける正行を待ち伏せし、
「早くお嫁さんにして」とひとくさり、正行を釘づけにして帰ったばかり、
機嫌のいい朝であった。
泣き声に驚いたヤエが駆け足で上がり框に姿を見せると怪我をした腕を抱えて、
うずくまっている六郎を見て、夫の一蔵を呼んだ。
「姉ちゃん、大丈夫だ、それより姉ちゃん、
これを俺の形見だと思って受け取っておいてくれ」
六郎は白い布の包みを取り出し、ヤエの手に握らせた。
「とにかく、中へ・・」
一蔵の手を借り、泣き止んだアイの頭を撫で、ヤエの言葉に従がい
真新しい包帯と三角筋の布を受けとると、一蔵とヤエに、
「これが最後かも知らん!」というなり、立ち上がった。
真新しい畳の匂いが六郎には、心地よく、胸いっぱいに吸い込んだ。
父親が用意した多額の金の入ったカバンを片手に、
「この町はもう見られないだろうな」
そんな思いで、東京行きの汽車に乗り込んだ。
大正15年(1916)5月 秋田
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