愛猫・西子と飼い主・たっちーの日常

亡き西子とキジロウ、ひとりっ子を満喫していたわおんのもとに登場した白猫ちくわ、その飼い主・たっちーの日常…です。

タビとお婆さん③

2010年08月14日 | ネコの寓話
タビは、千代の命が残り少ないことを知っていた。
千代も、そのことに気づいていた。
「私ね、死ぬことなんてちっとも怖くないのよ。でも、ちょっぴり心配事があるの。すっかりお婆さんになったでしょう。あの人に会ったら『お前はどこの人だ』なんて言われるんじゃないかしらって。タビは子猫のころから締め切っているはずの家の中に現れたり、不思議なところのある猫だったけど、できるならあの人に上手に伝えてくれないかい?」
 千代はタビが子猫だったときようにふとんに引き入れ、やさしく抱きしめながら語りかけた。
「会ったら娘夫婦のこと、孫のこと、戦後の大変だったときのこと…いろいろ話したいの。そして、思いっきり甘えてみたい」
 タビは千代の話を聞き終えると、千代に身を寄せながら布団の中で深く静かに呪文のように「あおーん」と一鳴きした。
 その夜、千代は夢を見た。夢の中での千代は終戦直後の若い姿で、布団の上に座っていた。
 目の前にすっと手が差し伸べられた。顔を上げると、昔のままの姿の夫がやさしいまなざしを向けていた。
「よくがんばったね」
 夫はそういうと、やさしく包み込むように千代を抱きしめた。
 千代の瞳から、涙がとめどなく流れた。
 あれも話そう、これも話したい…そう思っていたが、言葉にならなかった。
 夫はすべてを知っているようだった。
 千代はそのまま起きることなく、息を引き取った。
 その顔はまるで眠っているかのようだった。
 タビは、翌朝には消えるように姿を消していた。

今回のお話は、第1回の「きみまち全国恋文コンテスト」で大賞を受賞した柳原タケさんという方の「天国のあなたへ」という作品をもとに作りました。
世界中の愛する人たちが、戦争によって引き裂かれることのないような社会の実現を望みます。
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タビとお婆さん②

2010年08月13日 | ネコの寓話
真夏の終戦から、だいぶ秋の気配が感じられるようになった10月初旬のことだった。自宅に猫が1匹迷い込んだ。よく見ると、猫は大きなお腹をしている。その猫の姿に、夫を失って子どもを抱えて生活を始めた自分の姿が重なった。
敗戦から2カ月ほど経ったばかりで、まだ食べ物の少ないとき。猫もだいぶお腹をすかせているようだった。千代は、自分の配給の食糧から猫に分け与えた。その甲斐あって、1週間もすると猫は元気な3匹の子猫を出産した。三毛と八割れとキジ。このうち、八割れとキジは成長すると家を出て行き、後を追うように母猫もどこかに去った。
三毛だけが残り、その後、この三毛がさらに三毛の子どもを産み、その三毛の子猫だけが家に残り…という具合に千代の家には常に三毛猫がいた。
その何代目かの三毛猫の子どもがタビだった。
生まれたばかりのタビは、他の猫よりも小さく弱かった。千代は、そのタビを注意深く見守ってくれた。
寒い夜には、よく千代がそっと布団の中に引き入れてやさしく抱きしめてくれた。
そんなときには、よく千代はタビに夫の話を聞かせた。
「働き者でやさしくて、とっても素敵な人だったんだよ」
終戦から何年経っても千代は夫を愛し続けていることがタビにも伝わった。
タビは千代のやさしさに守られ、すくすくと成長しいつの間にか体格も他のきょうだい猫たちと変わらなくなった。
「よかった。ほっとしたよ」
千代はやさしくそういって、そっとタビの頭をなでだ。
その数日後、タビときょうだいたちは家を出て行った。いつものように三毛猫を残して…。
しかし猫の去勢・不妊手術が一般化していく中で、千代の家の三毛猫の系譜もタビの出生から数年後に途絶えた。
そして、いくつかの季節を経た後、タビは千代のもとを訪れた。
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タビとお婆さん①

2010年08月12日 | ネコの寓話
「声を聞いただけでわかったわよ。久しぶりだねぇ」
お婆さんが体を横たえたまま病床から、右手をそっと伸ばして猫のほうに向けた。
猫はゆっくりとお婆さんの指先まで歩き、ぺろっと一舐めした。それは、まるで長く逢えなかったことを詫びているかのようだった。
「ありがとうよタビ、わざわざ会いに来てくれたんだね」
猫の名前はタビ。真っ白い身体に4本の足下とシッポの先だけが、まるで足袋を履いているようにグレーの毛が生えていることから、そう呼ばれていた。タビは魔法のような不思議な力を持った猫。しかし、そんなタビも、実はこのお婆さんがいなかったらこの世に存在しなかったのかもしれないのだ。
お婆さんの名前は千代。そして、話は今から65年前に遡る…。
玉音放送が流れる3日前。千代の自宅に手紙が届いた。千代の夫が戦死したという通知だった。
1年ほど前。千代は、左手に娘の手を握り、右手に持った日の丸の小旗を振りながら戦地へ夫を送り出した。
「きっと生きて帰ってくる」と言った言葉を信じて待ち続けた千代は、通知をもらってもどこか信じられずにいた。
しかし終戦になっても夫は戻ってこなかった。その代わり、夫の戦友が遺髪を持って千代を訪れる。
「立派な最期でした」
 涙を流しながらそういう戦友に、千代は同じように涙を流しながら言った。
「立派である必要なんかありません。どんなにみじめでも生きて帰ってほしかった」
 千代には幼い娘が残された。落ち込んでいる暇はなかった。
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ミィちゃんとエサやりさん(第6話・最終回)

2010年05月06日 | ネコの寓話
(第1話から読んでください)
彼女はいつものように、猫たちに食事を与え、自宅に戻ると急に胃がきりきりと痛み始めた。近くに住む娘に連絡をして来てもらい、病院に連れて行ってもらった。
そして、彼女は自分の命が残り少ないことを知った。
1カ月ほど入院していたが、外泊の許可が下りた。猫たち、とりわけミイのことが気になっていた。
案の定、老猫のミイは新参者の若手に追われて、駐輪場からやや離れた駐車場の隅で丸くなっていた。
「ただいま。寂しい思いをさせてごめんね」
 彼女はそう言いながら、痩せた腕で年をとって痩せたミイをやさしく抱き上げた。そして、ゆっくり腰を下ろし、何時間もミイを抱き続けた。その晩、彼女はミイを部屋に入れ一緒に寝た。それが、彼女とミイの最後の分かれになった。
 彼女は翌日再入院し1週間後にこの世を去った。
 ミイは、そんなことを知らずに彼女を待ち続けた。来る日も来る日も…待ち続けた。彼女以外にミイの世話をする人はたくさんいたので、食事にも寝床にも困ることはなかった。でも、ミイは彼女に会いたかった。彼女に甘えたかった。彼女に抱っこしてもらって、やさしく背中をなでてほしかった。
 ミイは、すでに自分の死期が近づいていることを感じていた。だから、余計に彼女に会いたかった。もう一度だけでも、会って抱っこしてほしかった。
 しとしと冷たい雨の降る夜だった。彼女の変わりになっているエサやりさんが用意してくれた寝床で寝ていたミイは夢を見た。彼女の夢だった。彼女は、いつもの優しい笑顔で寝ているミイをのぞき込むようにしゃがみ込んでいた。
 めったに鳴き声を上げないミイだが、このときは丸まったまま顔だけ彼女に向けて「にゃー」と一声鳴いた。それは「遅かったじゃない」と苦情を言っているようだった。
 「寂しい思いをさせてごめんね」
 夢の中の彼女は、そういうとそっとミイを抱き上げた。
 ミイはうれしかった。とてもうれしかった。そして、安心したように、夢の中でさらに眠りについた。
 翌朝、冷たくなっているミイがいた。その顔は、どこか幸せそうで、ほっとしたようだった。
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ミィちゃんとエサやりさん(第5話)

2010年05月05日 | ネコの寓話
(第1話から読んでください)
 ミイは、獣医師の「生命力が強い」という太鼓判のとおり、きょうだいたちよりも長生きした。もちろん、雨や雪の厳しい日には、彼女はそっとミイを部屋の中で保護していたことが長寿の要因のひとつだった。
10年を超えたころ、一時期いつものように彼女が姿を見せると真っ先に表れたが、まったくエサを食べなくなったことがあった。
「いよいよ弱ってきたかな」
彼女は心配したが、毎日のように夜中に刺身をくれる人がいて、贅沢になっただけだった。
「まったく、舌が肥えちゃって困ったもんだ」
 彼女はあきれつつもホッとして、そう言った。
体調が悪そうだとみれば、そう見た人が病院に連れて行くようになった。このため、連日、違う人がミイを病院に連れて行くこともあった。
 ひげ面にやや白髪の交じり始めた獣医師はその都度、「また来たか。連れてくるときは、例のエサやりさんに聞いてから連れてきな」と笑いながら言った。
近所に見守られて、ミイは無事に16年目を迎えた。もはや、この駐輪場でミイを超えて長生きしている猫は今も昔もいなかった。そして、近所では知らない人のいないほど有名な猫になっていた。
しかし、年月の重みはすべての人と猫に均等にかかっていた。
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ミィちゃんとエサやりさん(第4話)

2010年05月04日 | ネコの寓話
(第1話から読んでください)
エサやりさんとそれをサポートする三毛猫のミイ。近所では、有名なコンビになった。
もちろん、捨てられている猫の世話をしている彼女を快く思っていない人たちもいた。
あるときは、いくつか置いた猫のエサの皿が、すべてひっくり返されていることがあった。
もっとも悪質だったのは、エサに防虫剤を混入されたときだった。猫たちは遺物の混入を察して、口を付けなかったからよかったものの、食べたら死んだ猫もでていただろう。
ある日、近所からの通報を受けたからと、わざわざ役所の人が来たこともあった。
「あなたの猫ですか」
「世話をしているけど、私の猫というわけじゃないよ。みんなで面倒を見ているんだ」
「どなたでも構いませんが、家の中で飼っていただけないですか」
「うちは公営住宅だから飼えないよ」
「エサをあげていることで、近所から苦情が来ているんですが」
「だれもエサをあげなければ、このコたちは収集されたゴミを漁るようになるよ。それでもいいのかい?」
「……」
「捨てる人がいるから世話をしているんだよ。猫じゃなくて、簡単に命を捨てる人間をどうにかしな! それでも文句があるっていうんなら…」
彼女は、そういうとミイを抱き上げて、保健所の職員の顔の前につきだしていった。
「あんたたちが連れて行ったら殺すんだろ。連れて行って、殺せばいいじゃないか!」
 彼女のいわば「大芝居」だった。助演のミイも職員をじっと見つめた。
 職員は申し訳なさそうに、引き上げその後、二度と来ることはなかった。
 職員が引き上げたのを確認すると彼女はミイの顔を自分のほうに向けて抱き直し、ホッとしたような表情で言った。
「ご苦労さま、いい芝居だったよ」
 ミイはちょっぴり照れたようにぺろっ舌を出して鼻を舐めた。
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ミィちゃんとエサやりさん(第3話)

2010年05月03日 | ネコの寓話
(第1話から読んでください)
彼女は三毛猫を家に入れて、世話を始めた。それまで「世話をしているだけで、飼っているわけではないから」と、これまでは世話をしている猫に名前を付けようとしなかった。しかし、この三毛猫の世話をしているうちに、自然と「ミイ」と呼ぶようになった。
ミイは、食欲旺盛。猫風邪をこじらせていたのがウソのように体調を取り戻し、部屋の中をぴょんぴょんと走り回るようになった。
「もう大丈夫だね」
彼女は安心したように、ミイをきょうだいのいる駐輪場に戻した。「部屋の前に来て鳴かれたりすると困るなぁ」と心配したが、ミイは、すべての現実を受け入れたように、きょうだいたちと一緒に暮らし始めた。彼女はそんなミイにホッとしつつ、ちょっぴり拍子抜けしたような気持ちだった。
ミイは、元気にすくすくと成長していった。人懐っこく、すぐに地域の人気者になった。それでもミイにとっては、やはり彼女が一番安心できる存在だった。駐輪場に彼女が姿を見せただけで、長くないシッポをぴんと立てて、どこからともなく姿を現した。
それだけではなく、子猫が捨てられると、母猫のようにかいがいしく世話をした。
「ミイがきてから、猫の世話が楽になったね」
 近所の人たちから、彼女はこんなからかわれ方をした。
彼女は笑ったが、胸を張って座ったミイの表情はちょっと誇らしげだった。
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ミィちゃんとエサやりさん(第2話)

2010年05月02日 | ネコの寓話
(第1話から読んでください)
予想に反し、三毛猫は急速に回復していった。獣医師も「このコ、生命力が強いよ」と太鼓判を押した。同時に「できれば念のため2~3日は家に入れて世話をしてあげて下さい」と付け加えた。彼女はちょっと躊躇したが、すぐに了解した。
彼女はひとり暮らし。歩いて15分ほどの場所に娘夫婦が住んでいる。以前は息子も近くに住んでいたが、転勤で郊外に移り住んだ。郊外といっても彼女の住む場所から2時間ほど。孫を連れてたまに遊びに来てくれるのはありがたいが、猫アレルギーのため猫と対面させることができない。それどころか換気と掃除に手を抜くと、猫を泊めてから数日間、日が空いていても反応してしまう。彼女のちょっとした躊躇はそこにあった。
この公営住宅には、当初夫婦で移り住んだ。彼女の夫はとび職だった。いわゆる「一人親方」で50歳を過ぎても、その腕を見込まれ工事現場を飛び回るように働いていた。ある日、足場から落ちて大けがを負った。身体が思うように動かなくなり、働けなくなった。
昔気質の職人だけに「宵越しの金は持たない」などと気取っていたため、蓄えも少なかった。それまでは、腕の良さを見込まれて仕事が耐えなかったため、何とかやりくりができていたが、家計はまさに自転車操業だっただけに、働けなくなるとすぐに行き詰まった。結局、家賃も安く息子と娘の自宅にも近い公営住宅に移り住んだ。
夫は、犬や猫が好きな人だった。
「年をとったら、田舎に移り住んで犬と猫を飼うぞ」
そんなことを言っていただけに、どちらも飼うことのできない公営住宅に引っ越しが決まったときは、とても落胆していた。
「ケガさえしなければなぁ…」
事あるごとにそんなことを口にするようになった。若々しく、気風のいい人だったが、目に見えて弱っていき、引っ越してからちょうど1年後に亡くなった。乱暴なようでいて、彼女の誕生日を忘れたことのない夫を彼女は愛していた。それだけに、彼女の落胆は大きく息子と娘は「後追い自殺でもするんじゃないか」と心配したほどだった。
隣接する駐輪場に猫が捨てられるようになったのは、ちょうどそのころからだった。
「お父さんなら、きっと放ってはおかなかった」
 猫たちを見て、そう思った。そんな思いが彼女を動かしていた。
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ミィちゃんとエサやりさん(第1話)

2010年05月01日 | ネコの寓話
「まただ。まったく、ゴミでも捨てるように捨てるんだから…」
呆れたような言葉とは裏腹に、彼女は段ボール箱に入った目の開ききっていない3匹の子猫をやさしく交互に抱き上げた。
茶トラ、白黒、そして三毛の3匹の子猫。
 そのうち三毛は猫風邪をこじらせたようで、鼻水を垂らしている。
「仕方ないなぁ…」
 彼女は最後に三毛猫を抱きかかえると、そのまま動物病院へ向かった。
 彼女が住んでいるのは公営住宅。数年前から、建物に隣接した駐輪場に、たびたび猫が捨てられるようになった。彼女は別に猫が好きなわけではなかったが、あまりにも簡単に捨てられる命を見過ごすことができずに、世話を続けていた。
 そんな彼女は今では地域でも有名な「エサやりさん」、もちろん動物病院でも「常連」だった。受付窓口で「また、いたよ」と呆れたような口調で告げると、奥から髪を短く刈り上げたひげ面の獣医師が表れた。
「今度は1匹だけ?」
「3匹いるんだけど、このコの具合が悪そうだったからとりあえず、先に連れて来ちゃった」
「ホントだ。猫風邪がひどそうだね。2~3日入院させて、様子を見た方がいいかもね。とりあえず診察しましょう」
彼女は、獣医師の言葉を聞いたとき、内心「このコはダメかもしれない」と思った。この三毛猫と同じような状態で、命を落としている猫をこれまでに何匹も見ている。そんな猫たちと同じような結果になることを覚悟していた。
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クーとルー(後編)

2007年12月17日 | ネコの寓話
 お兄さん猫のクーを待ち続けることに耐えられなくなったルーは、探しに行くことを決心します。
 そうと決めたら明日に備えてゆっくり寝ようと、丸くなったときにまるで天から降ってきたかのように、ルーのすぐ側にタビが現れました。タビは不思議な力をもった猫です。真っ白い身体に4本の足下とシッポの先だけが、まるで足袋を履いているようにグレーの毛が生えています。
 タビはルーの気持ちを察するように、やさしい口調で問いかけました。
「クーを探しにいくつもりかい?」
「うん、もういなくなって1週間になるんだ。もし、どこかでケガでもして動けなくなっているようだったら助けてあげないと…」
 タビはそんなルーの言葉を聴くと、ちょっと考えてから言いました。
「クーに会わせてあげようか?」
 タビが不思議な力を持っていることは知っていましたが、クーの居場所まで知っているとは思っていなかったので、びっくりして尋ねました。
「えっ、タビさん、クー兄さんがどこに行ったのか知っているの?」
 やや半信半疑のルーに向かって、タビは深くやさしい口調で語りかけます。
「うん、会わせてあげるからゆっくり目を閉じてごらん」
 ルーはタビに言われるまま、ゆっくり目を閉じました。
 そんなルーの頭に、タビはやさしく右の前足を当てて「あおーん」と一声。
 すると、ルーの目の前に見たことのない家の中の様子が広がってきました。
 不思議に思いながらも、そのまま目を閉じているとふわふわのソファの上で丸くなって寝ているクーの姿が見えました。
「あっ、クー兄さん!」
 思わず声に出しました。クーは一瞬、顔を上げたようにも見えましたが、聞こえていないようです。
 そうです。クーは拾われていたのです。
 飼い主さんはとってもやさしそう。
 クーを愛おしそうにやさしくなでています。クーは寛いでいますが、その様子はどこか寂しげです。クーもルーのことが、とても気になっているのです。
 マンションの1室から外にでない生活。もう2度とルーに会うことはできません。
「ルーは気弱でおとなしいからな。ちゃんと地域で暮らしていけるだろうか…」
 そんな思いが頭から離れず、何度か脱走を試みましたが失敗しています。
 その姿を見たルーは、決心したかのように涙を溜めた瞳をゆっくりと開きました。
 
 飼い主さんが寝静まったある夜、クーはルーを心配して寝付けないでいると、どこからともなくタビが現れました。
「タビさん、どうしたの? どこから入ってきたの?」
 びっくりするクーに、タビは「しーっ」と声を潜めるように促します。
 そして、やさしい口調で話し出しました。
「ルーからの伝言だよ。『僕は大丈夫だから心配しないでね。クー兄さんは、せっかくやさしい飼い主にめぐり合えたんだから、末永くかわいがってもらってね』だって」
 それを聴いて、クーは堰を切ったように尋ねました。
「ルーは元気にしてる? 一人でちゃんとごはんを食べてる?」
「大丈夫、心配しないで。僕もついてるから安心していいよ」
「ありがとうタビさん、ルーをよろしく…」
後は言葉になりませんでした。
タビは、そんなルーの額を愛おしそうにやさしくペロッと一舐めすると、静かに去っていきました。

 12月に入り、クーの住む家にも小さなクリスマスツリーが飾られました。クーは飼い主さんの膝の上で、きらきら光るクリスマスツリーを見つめながらルーの幸せを祈ります。
 ルーの住む街では、家や店で工夫を凝らしたイルミネーションが瞬いています。ルーは、賑やかな街の片隅で、華やかなイルミネーションを見つめながらクーの幸せを祈ります。
 2匹は、その後も2度と会うことはありませんでした。でも、クーはルーを、ルーはクーを忘れることなく、お祖父さん猫になってもお互いの幸せを祈り続けていました。

作者たっちーから:親、子ども、兄弟姉妹、仲良しだった友達、大好きだった恋人…。別れは出会いの数だけあります。でも、どんな別れであっても別れた後に、その人の幸せを祈ることができれば、きっといいことが待っているような気がします。
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クーとルー(前編)

2007年12月16日 | ネコの寓話
 大きな街の小さな駐車場の一角に、クーとルーというシロクロの子猫が住んでいました。2匹は兄弟。元気いっぱいのお兄さん猫のクー、おとなしくてちょっぴり気弱な弟のルー。クーはルーが大好き、ルーはクーが大好き。
 お母さんは2週間ほど前にクルマに轢かれて死んでしまいました。でも、2匹はお互い力を合わせて生きていました。
 ある日、2匹は地域のエサやりさんから、おいしそうなサンマを1尾いただきました。
 とってもお腹がすいていた2匹は先を争って食べ始めます。最後に頭が残ったとき、お兄さん猫のクーがいいました。
「この間は、上等なキャットフードをもらったときはルーにちょっぴり多めにあげたから、今日のサンマの頭は僕がもらうよ」
「ずるいよ! クー兄さん。多めっていってもほんのちょっとだけだったじゃないか。サンマの頭とはつりあわないよ」
「いいじゃないか。ケチだな!」
「ケチなのはクー兄さんだろ!」
などといい争いしているうちに、ケンカに発展。
「ふん、もうルーのことなんか知るもんか! 僕は一人で生きていく!」
「ふん、僕だってクー兄さんのことなんか知るもんか! 自分でもっといいところに縄張りを見つけて一人で生きていくよ!」
2匹はまだ残ったサンマの頭をそのままにして、パッと反対方向に走り去ってしまいました。
「一人で生きていく…」といっても、クーもルーもまだ子猫。しかもお母さんもいませんから、そんなに簡単に地域の中で生き抜いていくことはできません。結局、2匹は同じ町内の同じ一角でうろうろしています。
 とっても仲良しの2匹ですが、以前にもケンカをしたことがあります。でも翌日には、何事もなかったかのように仲良く並んでごはんを食べていました。今回もそんな他愛のないケンカになるはずでした。
 しかし、お兄さん猫のクーは本当にいなくなってしまいました。
 「もっといいところに縄張りを見つけて…」なんていってしまった手前、ルーはちょっぴりバツが悪く、翌日、そーっと様子を覗きに行きましたがクーの姿がありません。
「どこに行ったんだろう?」
 ルーはいつも2匹でいた駐車場の一角でクーを待ち続けました。でも、クーは帰ってきませんでした。翌日、心配になって他の猫たちに尋ねてみましたが、どの猫からも「わからない」という返事しかかえって来ませんでした。
 「僕があのとき、素直にサンマの頭をあげていれば、クー兄さんはいなくならなかったんだ…」
 ルーは、とっても後悔しています。
 結局1週間経っても、クーは帰ってきませんでした。
 周りの猫たちは「クルマに轢かれたんじゃないか」「いや、いや保健所に連れて行かれたんだよ」などと噂しあっています。
 ルーは、そんな噂を聞くと、とっても不安になります。
 そして、心配で眠れない夜に決心しました。
「明日、クー兄さんを探しに行こう」
 ルーは、クーの帰りをじっと待っていることに耐えられなくなっていました。
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罪悪感猫のロン3

2006年09月17日 | ネコの寓話
 翌朝、起きたロンは、立ち上がるのがやっと。普通に歩くことすらできません。4つの足すべてが思うように動かないのですから、無理はありません。結局、ごはんを食べに行くことも縄張りの点検に行くことも、満足にできなくなってしまいました。
 こうなってしまっては、1日中丸くなって寝ているしかありません。ロンは日に日に痩せていきました。でも、そうやって身動きができずに空腹を抱えて過ごすことが、チーとタロロへの罪滅ぼしだと思っていました。
 そんなある日、ロンの前にタビがゆっくりとした足取りで近づいてきました。
 「こんなことをいつまで続ける気だい?」
 タビが覗き込んで尋ねました。
 「僕があのとき寝坊さえしなければ、チーもタロロもケガをすることはなかったんだ。僕が不幸な目に合わなければ申し訳ないよ」
 すっかり弱々しくなった声で、ロンがいいました。
 タビは、そんなロンを見ていいました。
 「自分で自分を裁いても、満足するのは君だけだよ。君がそんなふうに、ひとりでどんなに苦しんでいてもなーんにも変わらない。それに、君は大切なことをやっていないよ。よーく、考えてごらん」
タビは、そういうと「あおーん」と一鳴きし、高い塀をぴょんと飛び越えて去っていきました。
 ロンは、「僕がやっていない大切なこと…?」とつぶやきながら、去っていくタビの後姿を見つめていました。見つめながら、考えてハッと思い出すことがありました。
 翌朝、痩せ細った身体に、思うように動かない足を引きずりながらチーとタロロのところに行きました。2匹のケガはすっかり治っていました。ロンは、2匹に向かって言いました。
 「この間は、寝坊してごめんなさい。ケンカにならなければ、ケガをすることもなかったのに…」
 「もうケガも治ったし、気にしてないよ。それにケンカの原因はなんであれ、ケンカをしたのは僕たちだから、君は関係ないよ」
チーとタロロは、さわやかにいいました。
 すると、それまで思うように動かなかったロンの足が自由に動くようになりました。
 「ありがとう。ずーっと気にしてたから、ホッとしたよ。ホッとしたら、お腹が空いてきた。何か、食べに行こう」
 3匹は、仲良く連れ立って歩き始めました。
 その様子を、高い木の上からタビがうれしそうに眺めていました。(おわり)

作者たっちーから:罪悪感はとっても大切な感情です。罪悪感がないと、同じような間違いや失敗を何度も繰り返し、結局は信用を失ってしまいます。でも、ロンのように罪悪感にとらわれて、自分を裁いて身動きができなくなってしまうこともあります。間違いや失敗したときは直ちに謝ること、そして出来ることと出来ないことを整理して、できることを実行していくこと、が大切なのではないかと思います。
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罪悪感猫のロン2

2006年09月16日 | ネコの寓話
 右の前足と左の後足が思うように動かないことは、思った以上に不自由で自分の縄張りの点検をするのがやっと。結局、いつもと同じように食事にありつくこともままならず、空腹を抱えて寝て過ごしていました。
 そんなロンに追い討ちをかける出来事が…。タロロが無理をして屋根の上に上ろうとしたときに塀から落ちてしまい、右の後足を負傷。ときを同じくして、心配していたように、チーが散歩中の犬に襲われたときに逃げ遅れ、今後は左の前足をケガしてしまったのです。
 心配して駆けつけたロン。タロロは「どうしても、屋根の上で昼寝がしたくなって無理したらこのザマだよ。ケガさえしていなければよかったんだが…。ツイてないないぁ」と寂しそうにいいました。チーは「ワンコのあんな攻撃なんて、いつもなら簡単に除けられるんだよ。ケガさえしていなければよかったんだが…ツイてないなぁ」と不貞腐れたようにいいました。
 ロンは、2匹の様子を見て、この前以上に申し訳ない気持でいっぱいになり、小さくなってまた黙ったまま、その場を後にしました。
 「僕のせいだ。僕があのとき寝坊さえしなければ…」
 何度も、何度も、そう考えてしまい、夜になってもなかなか寝付けないでいました。そんな、ロンの前にまた降ったようにタビが現れました。
 ロンは、今度もタロロとチーと同じように、右の後足と左の前足の自由を奪うよう、タビに頼みました。
 タビは呆れたような顔をしながら、ロンの頼みを受け入れました。すると、ロンは、少し安心したようで、すぐに眠ってしまいました。(つづく)
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罪悪感猫のロン1

2006年09月15日 | ネコの寓話
 小さな町の長い商店街の路地に、ロンという世の中に存在する猫の色をすべて取り入れたようなブチ柄の猫が住んでいました。
 ある夜のこと、町の猫たちが集まり、猫会議が開かれました。議題は、とっても重要な縄張りに関することです。隣町で相次いで子猫が生まれたため、正式に依頼を受け、ロンたちのグループが縄張りを少しだけ南にずらすことになったのです。みんなで話し合った結果、1匹、1匹の猫たちの縄張りを少しずつ南にずらすことになりました。
 「慣れないうちは間違うこともあると思うが、揉め事を起こさないように!」
 会議を取り仕切っていた、ナンバー2の虎次郎は、最後に厳しい口調でいったあと、ロンを呼び止めました。
 「君の隣の縄張りに住んでいるチーが、風邪をひいて休んでいる。明日、チーが自分の縄張りの点検に出かける前に、今日決まったことを伝えといてくれないか」
 ロンは「いいですよ。任せといてください」と、軽い気持で引き受けました。
 しかし、翌日、ロンは寝坊してしまい、気づいたときには、チーはすでに縄張りの点検に出かけたあと。「しまった!」と思い、後を追いますが、時すでに遅し。チーは、縄張りが隣接するタロロと揉め事を起こしてしまいました。
 事の発端は、縄張りがずれたことを知らなかったチーがタロロの縄張りに侵入。それを見たタロロは、チーがこの機会に自分の縄張りを拡大するために、進入してきたと思い込み、ケンカになってしまったのです。
 ケンカの途中で、虎次郎が通りかかり割って入ったため大事には至りませんでしたが、それでもタロロは右の前足、チーは左の後足をケガしてしまいました。
 ケンカが落ち着いたところで、息を切らせてロンが登場。虎次郎は何もいいませんでしたが、タロロは「このケガじゃ、当分はお気に入りの屋根の上での昼寝はお預けだな」とちょっと寂しそうにいい、チーは「このケガじゃ、イジワルするワンコに襲われても逃げ遅れちゃうよ」と不貞腐れたようにいいました。
 ロンは、2匹に申し訳ない気持でいっぱいになり、何もいえずに黙ってその場を立ち去りました。この日は、何も食べずに丸く、うずくまったままじっとして過ごしていました。それでも、なかなか気持が治まらず、寝付けない夜にため息をつきながら夜空を見上げていると、まるで天から降ってきたかのように、1匹の猫が現れました。真っ白い身体に4本の足下とシッポの先だけが、まるで足袋を履いているようにグレーの毛が生えているネコ。タビです。タビは不思議な力をもったネコです。
 「ずいぶん、落ち込んでいるね。どうしたんだい?」
 タビは、やさしく声をかけました。
 ロンは、今日あったことを説明し「2匹に申し訳なくて…」と繰り返していました。タビはうなずきながら聞いていました。
 そのうち、ロンは決意したように言いました。
 「そうだ、タビは不思議な力を持っているよね。僕も、2匹と同じように右の前足と左の後足が自由に動かないようにしてもらえないかな?」
 タビは、ちょっと驚いたようでしたが「そうすれば、君は安心できるのかな?」という問いかけに、「うん」とうなずくロンを見ていいました。
 「いいよ、わかった。じゃあ、ちょっと横になって…」というと、右前足をロンの頭の上に乗せ「あおーん」と一鳴きして、去っていきました。
 タビが去った後、ロンはゆっくり立ち上がろうとしましたが、右の前足と左の後足が思うように動きません。ロンはそんな状態の自分を確認すると、安心したように眠りにつきました。(つづく)
(今回のお話は全3話です)
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虎次郎とマリー3

2006年08月17日 | ネコの寓話
 翌日、虎次郎はマリーに会うといいました。
 「縄張りの点検は早く起きて済ませたから、もういいよ。今日は、ちょっと案内したいところがあるんだ」
 虎次郎はマリーを連れて川原に行きました。
 すると、タビと約束したとおり、豪華な食事が容易されていました。
 見たこともないキャットフードやおいしそうなお魚などなど。
 その豪華さには、頼んだ虎次郎もびっくりでしたが、平静を装っていいました。
 「君は、きっといつも豪華な食事をしていると思ったから、今日は特別に豪華にしたんだけどどうかな?」
 しかし、マリーは、その食事を見て、悲しそうな顔で涙を流しながらいいました。
 「これまでも、豪華な食事や大きなお屋敷で、私の気を引こうとした猫たちがいましたが、私はそんなものを望んだことはありません。私は、虎次郎さんと町を歩いているだけで幸せなんです。無理をしてもらったのはわかるけど、なんだかとっても悲しくなりました」
 マリーは、そういうとサッと走り去ってしまいました。
 虎次郎は、慌てて後を追いましたが、マリーはすでに家の中に入ってしまいました。
 虎次郎は、家の周りを鳴きながらうろうろしましたが、マリーは出てきません。
 マリーは、だれも信じられなり、猫ベッドで丸くなっていました。
 すると、目の前にタビが現れました。びっくりするマリーを目で制しながら、タビがいいました。
 「虎次郎は、ちょっと勘違いをしただけなんだよ。でも、それは君に好かれたいと思ったからさ。君のことを好きな気持は、どんな猫にも負けないと思うよ」
 タビは、そういうとサッと走り去って、どこかに姿を消してしまいました。
 マリーは、しばらくの間、タビがいた場所をじっと見つめていましたが、決心したように立ち上がると、外に走り去っていきました。
 数ヵ月後、マリーは3匹の子猫を出産しました。
 父親はもちろん、虎次郎です。
 川原に身を横たえながら、幸せそうに子どもたちを自分のシッポで遊ばせています。マリーは、あの日、飛び出してから二度と家には戻りませんでした。
 しばらくすると、虎次郎がどこかの魚屋から盗んできたさんまを子どもたちに与えました。その様子を虎次郎とマリーは、暖かな目で見つめています。
 マリーは、大きなお屋敷と豪華な食事は失いましたが、もっと大事なものを手に入れたようです。
 そんな、親子をタビが土手の上から、やさしく微笑みながら見つめていました。

作者・たっちーから:たまに無理をしてちょっと豪華に…ならいいのでしょうが、相手が何を望んでいるかを確認しないまま、勝手な思い込みで、無理をして取り繕って…を繰り返してしまうと、検討違いな不満が募っていきます。ありのままの自分を出せないのは、自分に自信がないから。ちょっとどんくさいかったりグチっぽいかったり…でも、この世の中でたったひとりだけの自分。かけがえのない自分。その自分を愛してくれるパートナーは、またかけがえのない存在です。
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