3日目の朝食です。
今日は、只見線に乗って会津若松まで行きます。
只見線とは、福島県の会津若松駅と新潟県の小出駅を結ぶ全長135.2kmの路線で、昭和46年に全線開通しました。新潟県中越地震の時には一部不通になりましたがその後復旧したものの、平成23年の新潟・福島豪雨で一部不通となり、現在でも会津川口駅と只見駅の間が不通となっていて、列車代行バスが運転されています。
3つの鉄橋が流されるなど被害が大きく、乗客も少ないことから平成25年5月に、JR東日本が復旧費用約85億円、工期も4年以上かかるという試算結果を発表し、このまま復旧しないで一部廃線になるのではないかと沿線自治体は危惧しています。
なお、すでに田子倉駅と柿ノ木駅は廃止されています。
小出駅・只見駅間は1日3往復半。今日は一番列車に乗ります。これに乗らないと次はは13時11分発の列車になります。
只見線普通 只見行
小出 07:58発 4番線
藪神 08:04着 08:05発
越後広瀬 08:09着 08:09発
魚沼田中 08:14着 08:14発
越後須原 08:20着 08:21発
上条 08:27着 08:27発
入広瀬 08:32着 08:33発
大白川 08:44着 08:45発
只見 09:15着
駅の端には、転車台がありました。除雪車の方向転換に今でも使われているようでした。
旧湯之谷村は鉄道が通っていないからでしょうか、小出駅のホームに観光案内がありました。
1両目が扇風機だけ、2両目が冷房付きという編成に13人乗車で発車しました。
小出駅を出てゆっくり右にカーブしながら魚野川を渡ります。
ログハウス風の薮神駅の待合室。
藪神駅を出た列車は、破間川を声津呂それに沿うように進みます。
左右に今までと違い山が迫ってくる頃、越後広瀬駅に到着。かつては列車交換の設備もあった駅のようですが、今はその線路も外されていました。
その外された線路の跡地にはみ出すように、小公園のように整備されているところの草取りを黙々と行っている方を見かけました。
駅の反対側には歴史を感じさせる立派な構えの住宅がありました。
次の魚沼田中駅で1人降りて、2人乗ってきました。
薮原ダムによって川幅が広くなった破間川を渡るのではなく越えて更に高度を上げて進みます。
次の駅、越後須原駅に着きました。
駅の正面には、須原スキー場が見えます。
越後須原駅を過ぎ、破間川を越えました。更に高度が上がってきました。
このあたりまで来ると、豪雪地帯のためか1階分かさ上げした住宅を多く見るようになりました。
上条駅に着きました。小出駅との標高差100mの駅です。
只見線の列車をデザインしたプランターに花が植えられていました。
上条駅を出ると列車は、右手に見える山の裾を180度回るように進みます。
入広瀬駅に到着。ここで1人降りていきました。
駅舎は、「雪国観光会館」と」一緒になっているようです。
駅の向かいには「手仕事手ほどき館」という建物。国に指定の有形文化財の江戸末期の古民家だそうで、入広瀬地区で民俗資料館として使われていたものを再生利用した、体験・宿泊のできる農家民宿のようです。
平行する国道252号も只見線と同じく新潟・福島県境の六十里越を越えて、只見町などに流れる只見川沿いを通り会津若松市に至る国で、生活に欠くことのできない重要な道路となっています。
新潟県最後の大白川駅に到着。小出駅との高度差は200mを越えました。ここで、2人降りていきました。
ここから更に200m高度を上げ六十里越トンネルに入ります。
次は終点只見駅ですが、終点までは20.8km30分かかります。
しかし平行する国道252号はヘアピンカーブが多く約33km、1時間ほどかかる山道で、徒歩時代は「六里も六十里に感じられる」と言うことから「六十里越」と言われるようになったとのことです。
トンネル内で火災が発生した場合の停車場所を過ぎると間もなく六十里越トンネル。
六十里越トンネルを出るとすぐ右手に、田子倉ダムによって田子倉湖が見えます。
これから只見駅まで下っていきます。
只見町役場庁舎には「つながれ つながれ 只見線」の看板が掲げられていました。
定刻、只見駅に到着。
10分の待ち合わせで、この先会津川口駅までは只見線代行バス区間になります。
つづく
今日は、只見線に乗って会津若松まで行きます。
只見線とは、福島県の会津若松駅と新潟県の小出駅を結ぶ全長135.2kmの路線で、昭和46年に全線開通しました。新潟県中越地震の時には一部不通になりましたがその後復旧したものの、平成23年の新潟・福島豪雨で一部不通となり、現在でも会津川口駅と只見駅の間が不通となっていて、列車代行バスが運転されています。
3つの鉄橋が流されるなど被害が大きく、乗客も少ないことから平成25年5月に、JR東日本が復旧費用約85億円、工期も4年以上かかるという試算結果を発表し、このまま復旧しないで一部廃線になるのではないかと沿線自治体は危惧しています。
なお、すでに田子倉駅と柿ノ木駅は廃止されています。
小出駅・只見駅間は1日3往復半。今日は一番列車に乗ります。これに乗らないと次はは13時11分発の列車になります。
只見線普通 只見行
小出 07:58発 4番線
藪神 08:04着 08:05発
越後広瀬 08:09着 08:09発
魚沼田中 08:14着 08:14発
越後須原 08:20着 08:21発
上条 08:27着 08:27発
入広瀬 08:32着 08:33発
大白川 08:44着 08:45発
只見 09:15着
駅の端には、転車台がありました。除雪車の方向転換に今でも使われているようでした。
旧湯之谷村は鉄道が通っていないからでしょうか、小出駅のホームに観光案内がありました。
1両目が扇風機だけ、2両目が冷房付きという編成に13人乗車で発車しました。
小出駅を出てゆっくり右にカーブしながら魚野川を渡ります。
ログハウス風の薮神駅の待合室。
藪神駅を出た列車は、破間川を声津呂それに沿うように進みます。
左右に今までと違い山が迫ってくる頃、越後広瀬駅に到着。かつては列車交換の設備もあった駅のようですが、今はその線路も外されていました。
その外された線路の跡地にはみ出すように、小公園のように整備されているところの草取りを黙々と行っている方を見かけました。
駅の反対側には歴史を感じさせる立派な構えの住宅がありました。
次の魚沼田中駅で1人降りて、2人乗ってきました。
薮原ダムによって川幅が広くなった破間川を渡るのではなく越えて更に高度を上げて進みます。
次の駅、越後須原駅に着きました。
駅の正面には、須原スキー場が見えます。
越後須原駅を過ぎ、破間川を越えました。更に高度が上がってきました。
このあたりまで来ると、豪雪地帯のためか1階分かさ上げした住宅を多く見るようになりました。
上条駅に着きました。小出駅との標高差100mの駅です。
只見線の列車をデザインしたプランターに花が植えられていました。
上条駅を出ると列車は、右手に見える山の裾を180度回るように進みます。
入広瀬駅に到着。ここで1人降りていきました。
駅舎は、「雪国観光会館」と」一緒になっているようです。
駅の向かいには「手仕事手ほどき館」という建物。国に指定の有形文化財の江戸末期の古民家だそうで、入広瀬地区で民俗資料館として使われていたものを再生利用した、体験・宿泊のできる農家民宿のようです。
平行する国道252号も只見線と同じく新潟・福島県境の六十里越を越えて、只見町などに流れる只見川沿いを通り会津若松市に至る国で、生活に欠くことのできない重要な道路となっています。
新潟県最後の大白川駅に到着。小出駅との高度差は200mを越えました。ここで、2人降りていきました。
ここから更に200m高度を上げ六十里越トンネルに入ります。
次は終点只見駅ですが、終点までは20.8km30分かかります。
しかし平行する国道252号はヘアピンカーブが多く約33km、1時間ほどかかる山道で、徒歩時代は「六里も六十里に感じられる」と言うことから「六十里越」と言われるようになったとのことです。
トンネル内で火災が発生した場合の停車場所を過ぎると間もなく六十里越トンネル。
六十里越トンネルを出るとすぐ右手に、田子倉ダムによって田子倉湖が見えます。
これから只見駅まで下っていきます。
只見町役場庁舎には「つながれ つながれ 只見線」の看板が掲げられていました。
定刻、只見駅に到着。
10分の待ち合わせで、この先会津川口駅までは只見線代行バス区間になります。
つづく