今から40年前の今日73年7月20日がブルース・リーの命日である。
私がブルース・リーの名前を知ったのは、この年の暮れに日本で公開された
燃えよドラゴンの主役で大活躍していたからだが それと同時に既に亡くなって
いると聞いて愕然とした覚えがあり既に伝説の男になっていた。
当初ブルース・リーが やっていたのは少林寺拳法とクンフーなどと呼ばれて
いたが、実際はジークンドーと呼ばれるオリジナルの格闘技だった。
だからブルース・リーが自ら監督したドラゴンへの道や死亡遊戯の戦闘シーンに
合作となった燃えよドラゴンはジークンドーのプロモーション映画的な見方もできる
わけで、燃えよドラゴンの冒頭ではサモ・ハン・キンポーとの試合でオープン
フィンガーグローブを装着し打撃技に投げ技を絡ませて最後に関節技で仕留める
という現在の総合格闘技と同じような事をしているのには驚く。
またドラゴンへの道ではチャック・ノリス相手のコロシアムでの戦いで最初は
パワーで圧倒されるものの、モハメド・アリからヒントを得たといわれるフット
ワークを使う事によって敵を翻弄し形勢を逆転させるシーンなど通常の拳法と
ジークンドーの違いを如実に表している。
更に死亡遊戯ではヌンチャクや棒術を使う相手に同じ武器で立ち向かうシーンが
あるのを考慮するとブルース・リーがジークンドーとして掲げた究極の護身術とは
どういうものかというのが分かってくる。
一方ヒーロー作品では巨大ヒーローのウルトラシリーズですらオイルショックでの
予算削減という事情があったにせよ初期のウルトラマンレオは光線技を使わず
キック技で敵を倒すなどという設定までできたのだから影響の凄さが分かるし、
北斗の拳などはブルース・リーの存在なくしてできなかったのではないだろうか。
2010年版ベストキッドにはカンフースターのジャキー・チェンが師匠のハン役で
出演していた。
ブルース・リーが存命なら今年で72歳という事になるので老師役などがピッタリで
‘考えるな、感じろ’と燃えよドラゴンで言ったセリフなども更にサマになる気はする
ものの、年老いた姿のイメージが沸かないのを考えると あの年齢での夭逝が天の
定めだったという事なのかもしれない。