まず最初に中央広場なる場所を通過。広場と言っても、さほど広くもなく
道路と平行して一段高い遊歩道が整備されている程度のものだけれども。
その遊歩道と道路の間に最初の歌碑が現れた。案内図にある7番の石碑だ。

『足柄の御坂畏み曇夜の吾が下這へを言出つるかも』ただでさえ古い表現なうえに
石碑の方は字の使い方からして違うので、解説板が無ければ読むことさえ難しいな。
この石碑の近くから眺める山々。右の山は矢倉岳、左の山はおそらく鳥手山だろうか。

道を進んでいくとカーブ地点で2つめ、6番の石碑が出現。『足柄の御坂に立して
袖ふらば家なる妹は清に見もかも』石碑の裏には道路に傾斜15%の標識も覗く。
曲がった道を下って行くと、T字路に突き当たる。と言っても左の道は作業道なので
封鎖されているのだが、ここには楓の詩が書かれた立札が。この先、同様に植物の
詩が記された立札がいたる所にある。ここが虎ノ口と呼ばれるのは城の名残りか?

虎ノ口の先でガードレール横から再び道路に合流。道路はヘアピンカーブを描いて
南の方へと下っていくのだが、遊歩道の方はそのまま北側の林の中へと続いている。
ここにも3つめ、5番の石碑があった。『足柄の崖の小菅の菅枕何故か巻かさむ児ろせ手枕』

何というか、こういう場所には和歌が好きな(ちはやふるでいう奏みたいな)人と
一緒に来た方が、もっと楽しめるんじゃなかろうか・・・という考えが脳裏をよぎる。
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道路と平行して一段高い遊歩道が整備されている程度のものだけれども。
その遊歩道と道路の間に最初の歌碑が現れた。案内図にある7番の石碑だ。


『足柄の御坂畏み曇夜の吾が下這へを言出つるかも』ただでさえ古い表現なうえに
石碑の方は字の使い方からして違うので、解説板が無ければ読むことさえ難しいな。
この石碑の近くから眺める山々。右の山は矢倉岳、左の山はおそらく鳥手山だろうか。


道を進んでいくとカーブ地点で2つめ、6番の石碑が出現。『足柄の御坂に立して
袖ふらば家なる妹は清に見もかも』石碑の裏には道路に傾斜15%の標識も覗く。
曲がった道を下って行くと、T字路に突き当たる。と言っても左の道は作業道なので
封鎖されているのだが、ここには楓の詩が書かれた立札が。この先、同様に植物の
詩が記された立札がいたる所にある。ここが虎ノ口と呼ばれるのは城の名残りか?


虎ノ口の先でガードレール横から再び道路に合流。道路はヘアピンカーブを描いて
南の方へと下っていくのだが、遊歩道の方はそのまま北側の林の中へと続いている。
ここにも3つめ、5番の石碑があった。『足柄の崖の小菅の菅枕何故か巻かさむ児ろせ手枕』


何というか、こういう場所には和歌が好きな(ちはやふるでいう奏みたいな)人と
一緒に来た方が、もっと楽しめるんじゃなかろうか・・・という考えが脳裏をよぎる。
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