札幌オリンピック特集のシメに、真駒内の歴史を・・・。
明治9(1876)年に開拓使のお雇い外国人 エドウィン・ダンによって
開設された「真駒内牧牛場」が真駒内の歴史のはじまりとされています。
その当時の住所は、「平岸村小字真駒内」
真駒内という字ではなく「マクマナイ」・「間古間内」・「眞古茂野」などの表現もされたとか・・・。
エドウィン・ダンは、1848年にアメリカ オハイオ州に牧場を経営する家に生まれました。
25歳の時、ホーレス・ケプロンの息子のアルバートに誘われて日本にやってきました。
東京の官園で飼っていた家畜が伝染病で死んでしまった為に、北海道に送る家畜を飼いに
アルバートがダンの牧場に訪れたそうです。その時に
「これらの家畜を日本まで運び、その後開拓史に雇われる青年を探している」との話があった。
ちょうどこの頃、オハイオ州の牧場は景気がよくなく経営不振が続いていて、年俸1500ドルは
魅力的な話だったようです。明治6(1873)年7月 25歳の時に来日しました。
エドウィン・ダン記念館
(札幌市真駒内泉町1丁目6番地)
真駒内牧牛場の事務所として明治13(1880)年に建てられました。
昭和39(1964)年に現在地の移築されました。
館内には、ダンの偉業を描いた絵画23点や、開拓当時の写真・ダンの遺品
等が展示されています。
明治6年9月に、東京渋谷の官園で明治天皇にダンが農機具の操作を
披露した際の状況を再現する絵画
燕尾服にシルクハット・白手袋の正装で・・・農作業・・・。
「こんな格好で農作業をしたのは、世界で自分だけだろう」 ダン談
昭和11年の真駒内の写真
洋風のテラスもついている、洒落た建物です。
記念館の前には、樹齢150年のイチイの木がありました。
建物と共に、この場所に移植されました。
記念館の裏側には「エドウィン・ダン記念公園」があります。
緑の多い公園です。
エドウィン・ダンの銅像が建っています。
池にはカモさんたちがいました。
この池を経由して、真駒内の街中を流れる小川があります。
真駒内用水といいます。
ダンが提案して作られた農業用水です。
その後70年、真駒内は北海道の畜産のメッカとして発展しました。
しかし、終戦後に進駐してきたアメリカ軍に、真駒内全域(2800ヘクタール)
を接収されました。
北海道各地の牧場に家畜たちは移動させられ、牧場としての歴史に終止符が
打たれました。
突貫工事で基地が作られ、キャンプ・クロフォードと名付けられました。
日米の関係の安定化から、昭和30(1955)年に基地の北側が返還されました。
この場所は、現在の陸上自衛隊 真駒内駐屯地となっています。
昭和34(1959)年には、残りの南側も返還されてアメリカ軍の占領時代は
終わりました。
この返還された南側には、まず最初に道営住宅が建設されました。
このころから、現在の新しい街づくりが始まりました。
そして、オリンピック開催を経て、現在の真駒内があります。
真駒内に米軍基地があったとは・・・ちょっと驚きですね。
歴史ある街なんですね・・・真駒内。
交通アクセス
エドウィン・ダン記念館
地下鉄南北線 真駒内駅下車 徒歩10分
開館 夏季 4/1~10/31 午前9:30~午後4:30
休館日 毎週水曜日と年末年始
冬季 11/1~3/31 金・土・日のみ開館
入場料 無料