ロビンの観劇日記

芝居やオペラの感想を書いています。シェイクスピアが何より好きです💖

マクドナー作「イニシュマン島のビリー」

2016-05-29 23:02:27 | 芝居
3月25日世田谷パブリックシアターで、マーティン・マクドナー作「イニシュマン島のビリー」をみた(演出:森新太郎)。

1930年代半ば。アイルランドのアラン諸島にあるイニシュマン島。辺鄙な島の中でもさらに田舎の一角に、アイリーンとケイトという二人の老女
が営む小さな商店がある。彼女らと一緒に住んでいるのは、生まれつき手足が不自由な甥のビリー(古川雄輝)。島民みなから哀れまれ、馬鹿に
されているビリーだったが、彼自身は悟りでも開いたかのような穏やかさで、読書と、時折ぼんやり牛を眺めて日々を過ごしている。
島中の噂話を新聞屋よろしく触れ回っては食料などをたかるジョニーパティーンマイク(山西惇)とアル中の母親マミー(江波杏子)。可愛い容姿
とは裏腹に口も態度もサイアクのヘレン(鈴木杏)と薄馬鹿のバートリー(柄本時生)姉弟。島の人々に振り回されるドクター・マクシャリー
(藤木孝)。ろくでもないご近所づきあいと変わらぬ毎日に誰もがうんざりしているのが島での暮らしだ。
そんな時ジョニーパティーンマイクが、近くのイニシュモア島にハリウッドから撮影隊が来るというビッグニュースを運んでくる。浮き足立つ人々。
ヘレンは島で唯一のハンサムガイ・バビーボビーに島への送迎を頼み、撮影隊に接触しようとする。話を聞いていたビリーもいつにない熱心さで
「作戦」を練り、行動を起こす。
ハリウッドと映画。島の人々にとっての夢は、ビリーの運命を大きく変えていき…。

ヘレン役の鈴木杏は、気の強い女(の子)をやらせたら天下一品。
ビリー役の古川雄輝は肉体的に大変だったと思うが、好感の持てる自然な演技。
脇を固める山西惇、江波杏子、藤木孝といったベテラン俳優たちの演技が味わい深い。

この芝居の中で、一部、日本人たる我々には受け入れ困難な箇所があった。「食べ物を粗末にしてはいけない」という伝統的な戒め・価値観・考え方
に、私達はずっと慣れ親しんできた。このため、そのシーンで客席から悲鳴が上がり、観客がサーッと引くのが分かった。おそらく日本独特の現象
だろう。面白い作品なのに、残念だ。

この島では、人はいつでもどこでも立ち聞きされている可能性があり、自分でも立ち聞きする。何せ田舎だし、閉じられた狭い社会なので、
好奇心には勝てないのだ。

登場人物の人間像がクルクル変わる。いい加減な奴だと思っていたら、実はすごくいい人だったり…。何が真実で何が嘘なのか、それを知りたい観客
は目が離せない。人々の運命もまたクルクルと変遷する。我々は見事に引き回される。だが決してチラシが言うような「ブラックコメディ」ではない
と思う。作者の眼差しは温かい。
マクドナーの魅力的な作品に、また一つ出会えた。
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オペラ「イェヌーファ」

2016-05-15 22:44:55 | オペラ
3月11日新国立劇場オペラパレスで、ヤナーチェク作曲のオペラ「イェヌーファ」をみた(演出:クリストフ・ロイ、指揮:T. ハヌス、オケ:東響)。

チェコの閉鎖的な寒村を舞台に、未婚で身ごもったイェヌーファ、彼女を守ろうとするあまり赤子を殺してしまう継母コステルニチカを巡る悲劇と
愛の物語。

イェヌーファは従兄弟のシュテヴァの子を妊娠しており彼に結婚を迫るが、取り合ってもらえない。一方シュテヴァの異父兄ラツァは彼女を愛している。イェヌーファは秘密裏に出産し、彼女の継母コステルニチカはシュテヴァに彼女と結婚するよう頼むが拒否される。イェヌーファがラツァと結婚できる
よう、コステルニチカは赤ん坊を川へ捨て、子供は病死したとイェヌーファに嘘をつく。二人の結婚式の日、川から赤ん坊の死体が見つかる。すべて
の真実が明らかになった後、イェヌーファとラツァは互いの愛を確認し、苦難を乗り越え共に生きていくことを誓う。

人物関係がいささか錯綜している。原作のタイトルは「彼女の養女」だという。確かに養女イェヌーファと自分の名誉を守るために嬰児殺しを
してしまうコステルニチカと呼ばれる女性こそ、この話のキーを握る人物だ。むしろタイトルロールのイェヌーファと同じ位重要な役だと言えるだろう。

本であらすじを読んだ時は、単純にこのおばさん(コステルニチカ)が悪い、と思ったが、今回演出家自身が書いたあらすじを読んで、ようやく
腑に落ちた。これは2012年のベルリンドイツオペラ公演プログラムに載せられた文章だというが、あらすじと言うにはあまりにも詳しくて、
まるで大河ドラマのように長くて驚かされる。というのも、このオペラの言わば前史から説き起こしているからだ。これを読めば、コステルニチカ
の本名がペトローナで、彼女がどのような経緯でイェヌーファの継母となったのか、その後どうしてコステルニチカと呼ばれるようになったのか
が分かる。2幕ラストの「コステルニチカは…死が自分に掴みかかろうとしているのを感じる」という表現が詩的で感動的。

この作品は旧弊な社会の重苦しさ、人間の弱さ、一途な愛、追い詰められた人間の心理を見事に表している。
特に、継母が、ラツァに対して口走った自分の言葉のために、赤ん坊を何とかしなければ、と思いつめるくだりは説得力がある。
その後、目の前で二人が婚約して安心した途端に、風が吹いて窓が異様にバタバタと開くので、脅えるシーン。
この一連の緊迫したシーンが素晴らしい。
全幕を通して演出が冴えている。
ヤナーチェクの音楽は、予想通り独特で魅力的。圧倒的な面白さだった。またぜひ見たい。
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