9月6日文学座アトリエで、テーナ・シュティヴィチッチ作「スリーウィンターズ」を見た(演出:松本祐子)。
日本初演。
ザグレブに住むコス一家。1945年第二次世界大戦後、ローズはナチスの協力者だったブルジョワジーの家を手に入れる。実はこの家はかつてローズの
母親がメイドとして働き、追い出された家でもあった。1990年ユーゴスラビア分断が決定、2011年クロアチアEU加盟条約に調印。ローズそして
彼女を取り巻く人々は、この3つの冬をそれぞれの時代でどう生きたのか・・・。移ろいゆくクロアチアの歴史が紡がれてゆく(チラシより)。
2011年から1945年11月へ、そして1990年へ、また1945年へ、と時が行き来する。
時間も前後する上に、多くの登場人物によって繰り広げられる四代に渡る大河ドラマのような歴史に、頭が混乱しそうになり、休憩中にあわてて家系図(人物相関図)を書いた。
中心となる人物は以下の通り。
一代目モニカ
二代目ローズとその夫アレクサンダー
三代目マーシャとドゥーニャ、その夫たち(ヴラドとカール)
四代目アリサとルチア
このように、この一家は代々娘が娘を産む典型的な女系家族。
まず冒頭は、2011年、四代目の次女ルチアの結婚式前日。
次に、第二次世界大戦終結直後、二代目ローズが赤ん坊のマーシャと夫アレクサンダー、そして母モニカと共に登場。
彼らの会話から、これまでの経緯が次第に明かされる。
モニカはお屋敷勤めをしていたが、私生児ローズを産んで二日目にそこを追い出されたのだった。
三代目ドゥーニャと夫カールは西側に住み、会社を経営し成功している。カールはユーゴスラビアが分裂し、戦争になると予期している。妻の家族が皆、何も気づかず
吞気にしていることに苛立つ。
三代目マーシャと夫ヴラド。この中年夫婦は少しばかりギクシャクするものの、ここでは最も安定した関係で、ほほえましい。
石田圭祐のヴラドは、当たり役。この人は、これまで何度も見てきたが、今回が一番よかった。
モニカが子供の頃、兄だけが学校に通っていた。ある時、兄の教科書を開くと、黒い虫の行列のようなもの(文字)が並んでいた。
その時、父に見つかり殴られた。時間を無駄にした、と。かつて女は教育を受ける必要はない、と考えられていた時代があった(日本だってそうだった)。
モニカは語る。「ローズは中学を出ました。あの子は字が読めるんです。あの子にとって、文字は黒い虫の行列じゃないんです!」
このセリフは忘れられない。
ラスト、モニカはかつてのご主人であるカロリーネに対して、カロリーネの兄セバスチャンの思い出を語る。
それはカロリーネの他、誰にも、実の娘ローズにさえ打ち明けたことのない秘密だった。
まるでオペラのアリアのように美しく、彼女は彼女の人生の宝物のような思い出を語る。美しく、そして悲しい。セバスチャンがどこまで真剣だったのか、
彼は果たして誠実な男だったのか、なぜ身ごもった彼女を守ってやらず、屋敷を追い出されるままにしたのか分からない。そこが肝心なところなのだが。
だって、彼が無責任だったせいで、モニカは貧しく無学なシングルマザーとして苦労し、娘ローズは奉公先で両足が凍傷にかかって一生苦しむことになったのだから。
だが、いずれにせよモニカはセバスチャンを恨んではいない。彼を一生愛し続けてきたのだった。それならそれで構わないのかも知れない。我々外野があれこれ
口出しすることはないのかも知れない。
ただ、ローズが自分の父親のことを母に尋ねたことがなかったのかどうかも気になる。普通、知りたいと思うのではないだろうか。一度は聞いてみたのではないだろうか。
カロリーネ役の寺田路恵の声が(いつもながら)素晴らしい。
モニカ役の南一恵のセリフ回しも味わい深く、忘れ難い。
マーシャ役の倉野章子も好演。
若い観客にはユーゴスラビアの歴史など馴染みがないだろう。その点、何か資料を添付するとか工夫があると、一層いいかも知れない。
作者はクロアチア出身の女性作家で、近年いくつもの作品が欧州で翻訳され、注目が集まっている由。
この人の他の作品も見てみたい。
久々に文学座らしい歯応えのあるスリリングな芝居が見られた。
日本初演。
ザグレブに住むコス一家。1945年第二次世界大戦後、ローズはナチスの協力者だったブルジョワジーの家を手に入れる。実はこの家はかつてローズの
母親がメイドとして働き、追い出された家でもあった。1990年ユーゴスラビア分断が決定、2011年クロアチアEU加盟条約に調印。ローズそして
彼女を取り巻く人々は、この3つの冬をそれぞれの時代でどう生きたのか・・・。移ろいゆくクロアチアの歴史が紡がれてゆく(チラシより)。
2011年から1945年11月へ、そして1990年へ、また1945年へ、と時が行き来する。
時間も前後する上に、多くの登場人物によって繰り広げられる四代に渡る大河ドラマのような歴史に、頭が混乱しそうになり、休憩中にあわてて家系図(人物相関図)を書いた。
中心となる人物は以下の通り。
一代目モニカ
二代目ローズとその夫アレクサンダー
三代目マーシャとドゥーニャ、その夫たち(ヴラドとカール)
四代目アリサとルチア
このように、この一家は代々娘が娘を産む典型的な女系家族。
まず冒頭は、2011年、四代目の次女ルチアの結婚式前日。
次に、第二次世界大戦終結直後、二代目ローズが赤ん坊のマーシャと夫アレクサンダー、そして母モニカと共に登場。
彼らの会話から、これまでの経緯が次第に明かされる。
モニカはお屋敷勤めをしていたが、私生児ローズを産んで二日目にそこを追い出されたのだった。
三代目ドゥーニャと夫カールは西側に住み、会社を経営し成功している。カールはユーゴスラビアが分裂し、戦争になると予期している。妻の家族が皆、何も気づかず
吞気にしていることに苛立つ。
三代目マーシャと夫ヴラド。この中年夫婦は少しばかりギクシャクするものの、ここでは最も安定した関係で、ほほえましい。
石田圭祐のヴラドは、当たり役。この人は、これまで何度も見てきたが、今回が一番よかった。
モニカが子供の頃、兄だけが学校に通っていた。ある時、兄の教科書を開くと、黒い虫の行列のようなもの(文字)が並んでいた。
その時、父に見つかり殴られた。時間を無駄にした、と。かつて女は教育を受ける必要はない、と考えられていた時代があった(日本だってそうだった)。
モニカは語る。「ローズは中学を出ました。あの子は字が読めるんです。あの子にとって、文字は黒い虫の行列じゃないんです!」
このセリフは忘れられない。
ラスト、モニカはかつてのご主人であるカロリーネに対して、カロリーネの兄セバスチャンの思い出を語る。
それはカロリーネの他、誰にも、実の娘ローズにさえ打ち明けたことのない秘密だった。
まるでオペラのアリアのように美しく、彼女は彼女の人生の宝物のような思い出を語る。美しく、そして悲しい。セバスチャンがどこまで真剣だったのか、
彼は果たして誠実な男だったのか、なぜ身ごもった彼女を守ってやらず、屋敷を追い出されるままにしたのか分からない。そこが肝心なところなのだが。
だって、彼が無責任だったせいで、モニカは貧しく無学なシングルマザーとして苦労し、娘ローズは奉公先で両足が凍傷にかかって一生苦しむことになったのだから。
だが、いずれにせよモニカはセバスチャンを恨んではいない。彼を一生愛し続けてきたのだった。それならそれで構わないのかも知れない。我々外野があれこれ
口出しすることはないのかも知れない。
ただ、ローズが自分の父親のことを母に尋ねたことがなかったのかどうかも気になる。普通、知りたいと思うのではないだろうか。一度は聞いてみたのではないだろうか。
カロリーネ役の寺田路恵の声が(いつもながら)素晴らしい。
モニカ役の南一恵のセリフ回しも味わい深く、忘れ難い。
マーシャ役の倉野章子も好演。
若い観客にはユーゴスラビアの歴史など馴染みがないだろう。その点、何か資料を添付するとか工夫があると、一層いいかも知れない。
作者はクロアチア出身の女性作家で、近年いくつもの作品が欧州で翻訳され、注目が集まっている由。
この人の他の作品も見てみたい。
久々に文学座らしい歯応えのあるスリリングな芝居が見られた。