ロビンの観劇日記

芝居やオペラの感想を書いています。シェイクスピアが何より好きです💖

「セールスマンの死」

2013-03-29 22:01:24 | 芝居
3月5日あうるすぽっとで、アーサー・ミラー作「セールスマンの死」をみた(文学座公演、演出:西川信廣)。

かのアーサー・ミラーの代表作だがまだ見たことがなかった。

60歳を過ぎたウィリー・ローマンはかつてのような生彩を欠き、セールスマンとしての成果も出せず自信を失っていた。
妻のリンダは献身的に彼を支えるが、二人の息子は父を理解しようとはしない。夢を叶えるにふさわしい仕事こそセールスマン
であると信じてきたウィリーに、時代の変化は容赦なく彼を置き去りにしようとしている。信念に固執する彼が家族のため、
そして何よりも自分のために選んだ道とは・・。

疲れ果てたウィリー(たかお鷹)はよく独り言を言う。そこから過去が呼び出される。本人は変わらないが妻も息子たちも若い。
彼は家族に君臨し家族を支配していた。妻リンダ(富沢亜古)はひたすら明るく従順。長男ビフ(鍛冶直人)はスポーツが得意
で勉強が苦手。でもそんな家庭はどこにだってある。長男は数学の追試を受けないと高校を卒業できないと言われる。そこで
彼は口の達者な父から先生に頼み込んでもらおうと、遠方にセールスに行っている父の元に出かけるが・・。

ビフがとにかく幼い。父の浮気を知ってめそめそ泣き続ける様はまるで12歳の小学生だ。18歳の高3なら、もう自分自身
ガールフレンドとつき合っていてもいい年頃だろう。
それに数学の追試を受けることと父の浮気と一体どんな関係がある?
米国は、子供、特に息子が父親を尊敬すること、我が国の比ではない、とは思う。だが父への尊敬の念が崩れたからといって、
自分の人生にまで愛想を尽かして自暴自棄になる必要があるか?
作者はそう主張したいらしいが、それは違うと思う。

この場合、母親の存在も大きい。彼女は良妻の鑑のように夫に従順で、そのため息子たち(特に長男)は彼女に同情している。
だが息子たちが勉強好きでなかったために学歴がなく、まともな職につけず人生に何の展望も開けないのは、彼女自身が
知的でなく学問への欲求も知的好奇心もなかったからではないか。母親は子供に大きな影響力を持っている。たとえ彼女の
ように夫に盲従していても、夫がいない間、彼女は子供たちに存分に自分の影響を与えることができたはずだ。
それに勉強嫌いよりも問題なのは盗癖だ。息子が友人たちに人気があったので安心していたのだろうが、彼が一度でも何か
人の物を盗んだことを知ったら厳しく叱るべきだった。ウィリーは「返しときゃいいだろう」と言うし、リンダも特に叱らな
かった。こういう家庭の雰囲気は大きい。
つまりウィリーの悲劇は、作者が強調するように浮気一つが原因ではないということだ。

いわゆる「チャラ男」の次男が家庭内の暗いムードを打開すべく「ぼく結婚するよ」と言い出しても、家族はみな何も聞こえ
なかったかのように淡々としているのがおかしい。

浮気に厳しい米国特有の道徳観、そして男は愛嬌だ、みたいなことを言う、おしゃべりで軽薄な主人公が印象に残った。
有名な戯曲を初めてみたが、同じ作者の「るつぼ」の方がはるかに優れた作品だった。







コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

2012年の芝居の回顧

2013-03-21 22:43:14 | 回顧
昨年の芝居の総まとめをまだやっていなかった・・毎年のことで今さら誰も驚かないだろうけど・・。
というわけで、いつものように、特によかったものを見た順に挙げていこうと思う。

  1 シンベリン・・・・・・・・・吉田綱太郎と勝村政信のコメディセンスに脱帽。この作品でこれほど笑える
                  とは思わなかった。鋼太郎さんは4月に埼玉でフォルスタッフをやるらしい。
                  期待してます。
  2 危機一髪 ・・・・・・・・・ワイルダー作。劇団昴。演出鵜山仁。ワイルダーってやっぱり変わってる
  3 藪原検校 ・・・・・・・・・井上ひさし作。演出栗山民也
  4 ガリレイの生涯 ・・・・・・ブレヒトの名作。演劇集団円。演出森新太郎
  5 るつぼ  ・・・・・・・・・アーサー・ミラーの傑作かつ衝撃作。演出宮田慶子
  6 地獄のオルフェウス ・・・・テネシー・ウィリアムズにはいくつもの顔がある。tpt。演出岡本健一

 特に印象的だった役者さんたちは以下の通り。

     キムラ緑子(雪やこんこん・ロミオとジュリエット)
     高畑淳子 (雪やこんこん)
     麻実れい (サド侯爵夫人・サロメ)
     瑛太   (ガラスの動物園)
     大竹しのぶ(シンベリン・日の浦姫物語)
     勝村政信 (シンベリン)
     秋山菜津子(まほろば・藪原検校)
     佐藤健  (ロミオとジュリエット)
     多部未華子(サロメ)
     藤原竜也 (日の浦姫物語) 
     保坂知寿 (地獄のオルフェウス)

 ※最優秀女優賞・男優賞は今回残念ながら該当者無し。優柔な評者はこの何か月か悩み抜きましたが、
  ついに結論が出ませんでした。

さて、評者の今年の抱負は・・今年中に今年の芝居の総括を書くことです・・。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

オペラ「カルディヤック」

2013-03-14 23:01:14 | オペラ
3月1日新国立劇場中劇場で、ヒンデミット作曲のオペラ「カルディヤック」をみた(オケ:トウキョウ・モーツァルト・
プレーヤーズ、指揮:高橋直史、演出:三浦安浩)。

本邦初演。

パリでは殺人事件が頻発しており、犯人が見つからず人々は不安にさいなまれている。
この連続殺人事件に共通するのは、被害者が天才金細工師として人々から尊敬されているカルディヤックの作った
金細工を手にした人物であることだった。
カルディヤックには娘がおり、彼女は父の愛情が自分よりも金細工に向けられていることを知って心を痛めている。
ある時、王がカルディヤックのもとを訪れるが、金細工に病的なまでに執着しているカルディヤックは王の求めにも
応じず追い返してしまう。そんな折、娘の恋人である士官がカルディヤックに娘との結婚の許可を求めてやって来るが・・・。

原作は18世紀末の幻想文学作家 E.T.A.ホフマンの「スキュデリ嬢」。今回読んでみたが、これが実に面白い。何しろ17世紀
が舞台でルイ14世とか出てくるのに、主役の探偵役を務めるのが女性、しかも当時実在した、詩人として名高い高齢の女性
なのだ。心理描写も冴えている。
ヒンデミットはこれを翻案し、探偵役を廃して金細工師を物語の中心に据える。娘の恋人が父の弟子だったのを士官に変えた
こと、そして周囲の手厚い配慮により娘が父親の正体を最後まで知らないままなのに対し、このオペラでは知ってしまうのも
大きな違いだ。だが、より現代的で自然なものになったため聴衆には受け入れやすく、これはこれでオペラとして実に面白い
作品となった。

第1幕、貴婦人役の柴田紗貴子は切れのいい演技が印象的。
総じて今回の演出はよかった。同じ演出家の一年前の作品が全く趣味に合わなかったので期待していなかったが・・。

本邦初演の面白さ・・観客の誰も、次に何が起こるかくわしくは知らない。ゆえに緊迫したシーンだと客席中が固唾を飲む。
これが滅多に味わえない感覚なのだ。



コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

「テイキング サイド」

2013-03-04 12:34:06 | 芝居
2月11日天王洲 銀河劇場で、ロナルド・ハーウッド作「テイキング サイド」をみた(演出:行定勲)。

名作「ドレッサー」を書いた劇作家ハーウッドの作品。

多くの音楽家たちがナチ政権に抗議してドイツを去った中で、とどまって指揮活動を続けたフルトヴェングラー(平幹二朗)は、戦後
ナチとの関係を問われ、米軍のアーノルド少佐(筧利夫)から尋問を受ける。「芸術と政治は別物」「外からではなく国内でナチと
闘おうと思った」とフルトヴェングラーは釈明するが、アーノルドは彼がライバル視していたカラヤンのことを話題にして嫉妬心を
あおり、決定的な証言を引き出そうとしたり、私生児がたくさんいた事実を突きつけ、ドイツにとどまった本当の理由は女好きだから
だろう、と告白を迫る。手に汗握る対決シーンが続くうち、芸術と政治は絶対に別のものというフルトヴェングラーの確信は次第に
崩れてゆく。否応なしに現実の政治体制の中に組み込まれてしまった芸術家。ナチが政権を取った時、彼はドイツを去るべきだった
のか。芸術とはなにか、芸術家の倫理とは何かを普遍的なテーマとして投げかける。

夫がユダヤ人ピアニストだったザックス夫人(小島聖)やナチ党員だったことを隠すベルリンフィルの第2ヴァイオリン奏者ローデら
が参考人として証言を求められる。だがアーノルドのあまりの執拗さに、秘書のエンミ・シュトラウベ嬢(福田沙紀)やアシスタント
のウィルズ中尉(鈴木亮平)は次第に反発、大指揮者に味方してしまう。どっちの味方(テイキング サイド)なんだ!?アーノルドも
追い込まれ、感情をぶつける・・・。

客席の照明が完全に落ちる前にベートーベンの交響曲第5番「運命」第4楽章が流れ出し、そのまま何と曲が終わるまで芝居は
始まらない。長い・・・これには驚いた。
舞台前方にボロをまとった女がうずくまり、その前を男がこそこそ歩き、道端のものをあさって通り過ぎる、敗戦直後のドイツの
社会状況。
曲が終わると同時に秘書のエンミが入ってきてレコードを止め、机に足を乗せて眠りこけているアーノルドに声をかける。

アーノルドは実はクラシック音楽に興味がなかった。したがって、人々が抱く大指揮者への尊敬の念もない。フルトヴェングラー
(以下F)のことを「あのバンドマスター」と呼んだりして徹底的に憎しみを向ける。
それに対してエンミとウィルズ中尉は以前から巨匠の大ファンだったから当然両者はぶつかる。
ウィルズ中尉が少年の日にFの演奏によって新しい世界を知った、否それどころか命を与えられたとFの前で語るシーンは感動的。

巨匠は若くてイケメンのカラヤンのことを嫉妬し、Kと呼んでいたらしい。
2幕は第7番第2楽章と共に始まる。絶滅収容所での恐ろしい映像。アーノルドはまたも眠っているが、悪い夢を見ているようだ。

ヒットラーの自殺を報じるラジオで流されたのはブルックナーの7番のアダージョだった。演奏はFの指揮するオケ。そのことを
もって攻め立てるアーノルドだが、どれも言わば状況証拠に過ぎない・・。

筧利夫は一本調子で失望。数年前蜷川演出「じゃじゃ馬馴らし」でペトルーキオ役を立派にこなしたのを見て以来注目していたのに。
演出家はなぜダメ出ししないのか。セリフが多いのは理由にならない。棒読みされては感情移入できない。

平幹二朗はさすが。威厳に満ち、しかし何となく得体の知れないカリスマというこの役にぴったり。自分に憧れの眼差しを向ける
若く知的なエンミに「フロイライン・・」と今では死語となった言葉で語りかける様子など、いかにもモテモテの人生を送って
きた男性らしい。

ラストは第9冒頭。Fの演奏だから当然雑音が多いが、それがまた胸に迫る。

結局この芝居では、ベートーヴェンの5,7,8,9番とブルックナーの7番が使われた。


コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする