桜の開花宣言があったのが12日前、あまりのスピード開花に桜も、まわりの戸惑う諸般の事情を察してか、足踏み状態、花冷えの
日々が続き、桜は思いのほか長持ちをしています。
都内の桜が咲き始めた先週、3回目の大山ウォーキングを決行しました。
今回は、世田谷上町から多摩川を越えて、川崎市溝の口までの7キロを歩きました。
この区間は特に絶景ポイントがあるわけではないのですが、大山詣として賑わった街道筋には庶民の面影が道端に残り、
当時の生活に想いを馳せながら出合う楽しみがありました。
今でも街道や古道の分岐点には庚申塔や地蔵尊、追分などの道標などが点在し、うっかりすると見落としてしまいがちな場所
ですが、今も静かに建っていました。
神社も多く、村の鎮守を中心に人々が寄り、大山街道が開けていった歴史がよくわかります。
世田谷区瀬田の玉川大師 玉眞院は、本殿の下に奥の院・地下霊場があり、一歩足を踏み込むとそこは真っ暗、ろうそくも
懐中電灯もいっさいの明りが禁じられ、真っ暗闇の中を進みます。まもなく前方にぼんやり灯りがみえてくるとそこには、四国
(八十八箇所)、西国(三十三箇所)の大師、観音という石仏が並び、四国遍路と西国巡礼をさながらお詣りできるようになって
いるものでした。
多摩川を渡ると二子の渡しの碑があり、岡本太郎作の岡本かの子の文学碑が二子神社境内に建てられていました。
岡本かの子はこの近くに実家があったようです。
街道には、私が子供の頃近所にもあったそのままの店構えが残っている商店もあって、道幅の狭い街道に洒落たマンション
と共存し、現在の街並みがありました。
溝の口駅近くに、ニケ領用水路があり、江戸の始めに農地に水を引くために建設され、このおかげで農業だけでなく、
野菜を洗ったり、お風呂の水にしたり、当時の生活になくてはならない用水路だったようです。
柳の新芽から覗くしだれ桜が昔と変わらない春の訪れを告げていました。
いよいよ神奈川県川崎市に入りました。次はアップダウンが続く多摩丘陵を歩く予定です。