第二次大戦の敗色の濃い独ソ戦線が舞台。
武器弾薬、食料も乏しいので、ストーリーが始まってすぐ、ソ連軍の
武器弾薬を回収するシーンが描かれている。その後から主人公のスタイナー(ジェームズ・コバーン)が使うのは
ソ連軍の短機関銃。
食料も乏しいため、部下が少年兵を捕虜にすると将校から「捕虜は取るなと言われているだろう」
と言われ、対立するのを主人公の下士官のスタイナーが仲裁し保護する。
大義や正義や国のため、というより、「生き残れたらいいな」くらいの感じで、戦闘を続けている。
戦闘シーンではソ連兵がどんどん押し寄せてくるが、ソ連軍の場合、上官に逆らったら、
即決で処刑されたのだろう。
クルト・マイヤー著「擲弾兵―パンツァー・マイヤー戦記」にも、ソ連兵が横一列に密集して、何度も同じ方法で
突撃して来るので、若いドイツ兵の機銃手が泣きながら撃ち倒していたとの描写があった。
ミハルコフ監督の「遙かなる勝利へ」でも、酔っ払った上官が無理な突撃を命じて
反論する部下に拳銃を突き付け、それを周りの将校が黙って見ているシーンがあった。
ソ連側には女性兵士が出てくるが、「戦争は女の顔をしていない」スベトラーナ・アレクシエービッチ (岩波現代文庫)
で描かれているように、国を守るために自ら志願しても、様々な身の回りの綺麗なもの、女性的なものを
捨てなければいけない事は、大変残念だったそうだ。
更に、戦後も、男性の場合は戦争に行ったことが名誉で自慢できたのだが、
女性の場合、そのことで周囲から敬遠されるので、隠さねばならない事が多かったらしい。
米軍の場合、男女平等からくる「権利」として、女性兵士が戦闘部隊に参加することも認められるべき、という意見が
あるようだが、様々な面で恵まれた米軍だから言えることだろう。
ソ連にとっては、第二次大戦は人口の一割以上を失ったとのことだが、ソ連に支配されて大量の餓死者がでた
ウクライナや、周囲のロシア人以外の民族にとっては、共産主義ではないドイツが勝った方がいいとか、
どちらでも関心が無いなどだったのだろう。
ミハルコフ監督が「戦火のナージャ」の前線のシーンでイスラム教徒の兵隊を少し取り上げていたのは
そのようなことも考えたからだろう。
エマニュエル・トッドが近著「ドイツ帝国」が世界を破滅させる ・文春新書で
西側メディア、知識人はロシア政府を批判しているが、乳幼児死亡率、平均余命も良くなっている
ことを見ると、西ヨーロッパと同じ基準でロシアを見ること自体が間違いだそうだ。