ニューズウィーク誌の記事からすると、サイコパスは語りが魅力的で、
恐怖や不安を感じにくく、常習的に嘘をつき、話を盛る、多くの人が倫理的な理由で
ためらいを感じたり危険に思ってやらなかったりすることも平然と行うため、
挑戦的で勇気があるように見える。共感性も低いとのこと。
このようなことの基には、象徴機能が弱く、渡辺あさよ氏の言うところの、
「言葉とイメージの解離」が起きているところが在るのではないのだろうか?
ナチスの強制収容所を生き延びたヴィクトール・フランクルも、
そのようなところがあったために、高い知能を使い、強制収容所内で上手く立ち回って、
重労働を免れる、食料を他の人より多く入手するなどがあったのではないのだろうか?
普通の日常的な生活での良識にとらわれずにそのようなことをしたことで、
生き延びれたのではないのだろうか?
もちろん本人はそのようなことは自らは語らないだろうし、周囲の人は
ほとんど収容所内で亡くなるか、生き残ってもその後の生活が大変で、
そのような事に関する告発、証言などをする余裕が無かっただろう。
さらに医師などの社会的な地位のない普通の人がフランクルに関して
何処かでそのようなことを話したとしても、メディアや医師、
心理学者は関心を持たないので、後世に残らなかったのではないだろうか?
本人に象徴機能の弱さがあったからこそ、意志の自由 、意味への意志 、人生の意味 など
原理的なことを考え、それがロゴセラピーなどに繋がったのではないのだろうか?