「日本素晴らしい小学校」や、それに似た様々なTV番組が最近あるが、
日本人はいまだに戦争に負けたことを受け入れられていないのだろう。
自分たちに原爆を落としたり無差別爆撃をした米国に代表される、
様々な西洋のものに憧れ続けるという解離した状態から抜け出せないのだろう。
戦後はずっと、欧米の高級ブランド品や高級車、荘厳な建築物、広い家などに憧れ続け、
現在は社会保障制度や報道の自由、人権尊重などのリベラルさに憧れている。
そのような在り方から、他に向かうことは可能なのだろうか。
そのようなことがあるとすれば、とりあえずマイケル・バリントが「治療論から見た退行」
で書いているような「新規蒔き直し」の過程を何らかの形で経る必要が
あるのではないのだろうか。
エマニュエル・トッドの「問題は英国ではない、EUなのだ」(文春新書)
という、日本での講演とインタビューをまとめた、本人曰く「初めて日本で作った本」の中で、
仏英での個人は自由であるべきという価値観は、家族制度に由来する態度からくるもの、
という著者の主張は、仏英では強い拒否感を引き起こすそうだ。
逆に権威主義的な日本でのほうが、そのような主張は受け入れられるそうだ。
欧米の個人主義や核家族は、様々な国家のサポートによって、
さまざまな家族制度から成立したもので、それがなければ、
教育などは核家族では賄いきれないので維持不可能なものだとのことだ。
核家族制度の影響が強い米英は変わり身が早く、
税制一つとっても、冷戦期の各種の高税率を受け入れたり、その後、
グローバリズムでは低税率になったりとのことだ。