気がつけば思い出Ⅱ

日々の忙しさの中でフッと気がついた時はもう
そのまま流れていってしまう思い出!
それを一瞬でも残せたらと...。

消えゆく雪の中に~高校時代の創作Ⅱ-(4)~♪春よ、来い - 松任谷由実

2022年03月03日 | すずかけ

【消えゆく雪の中に】(4)

そして今

子供たちの声を聞きながら亜矢子は母の手紙の封を切った。

それはやはり予想通りの内容だった。

父の三回忌法要の知らせと「必ず帰って来て下さい」だった。

「どうしても休みが取れないなら仕方ないけれど、とにかくお願いします。到着時間を知らせて下さい。

文春に迎えに行ってもらいます」

そして「くれぐれもお体には気をつけて下さい」と結んであった。

彼女はいまだに母を理解しがたい部分があった。

母は彼女にとって、確かに一番の存在なのだけれど、なぜか寄りつきがたいものがある。

ゆえ、恋しい反面に逃れたい気持ちにかられることもあるのだった。

遊んでいた子供たちはどこかへ遊び場を変えたらしい。

はしゃぐ声が止んだ。

そして、誰もいなくなった白い雪だけの世界。

それを見ていると、無性に雪のなかを歩いてみたくなった。

彼女はそのまま、コートを着、マフラーをして外へ出た。

車の屋根、街灯、道、その中を歩く人、都会の雪景色。

何年に、いや何十年に一度かもしれないこの世界。

亜矢子が神社に近づいたとき再び雪がチラチラと降り始めてきた。

それは、神社に沿って流れる小さな川の水面に、吸い込まれるように消えていく…。

彼女は心の中にある父の面影を、その吸い込まれるように消えていく雪の中に見た。

「父も母も私も、何もかもがこの雪と同じなのだ。真っ直ぐ天から降ってきて、そのまま消える。

たとえ何日この地上にあろうといつかは消えてしまい、人生のほんのちっぽけな変化などもあっという間に消える。

でもそれは必要なもの…決して無意味なものではないのだろう」

そう思いながら、ひとつひとつ水面に消えてゆく雪を見つつ境内の階段を上って行った。

社は雪に包まれて荘厳さを増していた。

彼女はその社に向って、自分の再起を誓った。

かつて父のできなかった再起を・・・。

過去は、忘れることはできないし、忘れてもいけないかもしれない。

でも新しい一歩も踏み出さなくてはいけないと思った。

雪は止まず、亜矢子の肩につもり、体に降りかかっている。

心の中にあるすべての蟠りが、この雪と共に消えてくれればと思った。

恐怖で顔を強張らせた過去と共に…。

突然、下宿の男の子が近づいてきた。

「ああやっぱり、お姉ちゃんだ。一緒に帰ろう。雪がいっぱい降ってきたよ」

今まで、この雪の中で遊んでいたようだった。

「うん」

亜矢子は元気よく返事をすると、その子の手を取って、もと来た道を歩き始めた。

そして「今度こそほんとうに、新しい気持ちでわが家に帰ろう」そう思った。

そう思うと、とても嬉しかった。

「もうすぐ春が来る」

雪は幾筋も幾筋も、水面に吸い込まれるように消えていった・・・。

<完>

今回はユーチューブよりこの曲をお借りしました。

春よ、来い - 松任谷由実(フル)/high_note

松任谷由実さんも中島みゆきさんと並び称されるシンガーソングライターですね。

<足跡👣>

この文芸誌【すずかけ】を部費の足しにと畏れ多くも)文化祭で販売した時

突っ込みどころ満載のこの作品を、長々とツッコミ(批評)してくださった他校の男子・・・

・・・に辟易している私を、面白がった他の部員が写したものです。

この(文学青年さながら)を醸し出していた男子、その後どうしたの(どうしているの)でしょうか

多分、アポトキシン4869(☜コナンを見過ぎの私)でも飲んでいなければ、確実に、お爺さんになっていると思います!

時の流れは平等ですから~。

この写真の私は、困った顔をしているけれど髪のパッチン(ヘアーピン)が可愛い!

今見ると、まるで他人みたいです!

時の流れは速い(恐ろしい)です。

私の半世紀前の思い出に、長々とお付き合い下さりありがとうございました。

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消えゆく雪の中に~高校時代の創作Ⅱ-(3)~♪雪/中島みゆき

2022年03月02日 | すずかけ

【消えゆく雪の中に】(3)

父の死

運転していたのは若い男で、人が川に落ちたのを知ると一目散に逃げてしまった。

そのため発見が遅れ家に報せがあったのは三人がちょうど床に着いた頃だった。

玄関の戸を叩く音に急ぎ出て行った母は、その知らせを聞き心配そうな二人の前に青い顔をして戻ってきた。

家に戻った父には何の外傷もなく、冷たい川へ落ちたことによる心臓麻痺であることは明らかであった。

思わぬ事故で鬼籍に入ってしまった父、でもなぜかその表情は温和で…満足そうで…亜矢子の記憶の中にあったものと違っていた。

父の抱いていた現世の憎むべき何かは、その魂とともに消え去ったのだろうか…と思った。

でも生前にもっと幸を得るべきだったのではないのか、そう思うと悲しさと悔しさがこみ上げてくるのだった。

まだ早い、もっと生きていて欲しかった。

彼女は涙を流した。

母と文春は涙を少しも見せなかった。

それぞれじっと耐えているようだった。

二日後、葬儀が行われ、そして父は埋葬された。

葬儀以来、三人は寡黙になった。

四十九日が済んでから東京へ戻った亜矢子は、学生生活にピリオドをうった。

親切な下宿の奥さんの紹介で入ったある小さな会社の事務員として働き始めた。

その後の二年間、東京での亜矢子の生活は平穏であった。

月給は僅かだが、きちんと出るので少しずつ進学した弟のために仕送りができるようにもなっていた。

あえて友達づきあいもせず、会社と下宿の往復のような生活で、平穏と言えば平穏な…ただ単純な日々の繰り返しだった。 

(4)(完)へ続く・・・。

ユーチューブよりお借りしました。

雪 中島みゆき cover/1385hiro

1981年にリリースされたアルバム「臨月」に収録されている曲です。

歌詞を載せておきます。※1385hiroさんのユーチューブより転記

【雪】

作詞:中島みゆき

作曲:中島みゆき

雪 気がつけばいつしか なぜ こんな夜に降るの いま あの人の命が 永い別れ 私に告げました

あの人が旅立つ前に 私が投げつけたわがままは いつかつぐなうはずでした 抱いたまま 消えてしまうなんて

雪 気がつけばいつしか なぜ こんな夜に降るの いま あの人の命が 永い別れ 私に告げました

手をさしのべればいつも そこにいてくれた人が 手をさしのべても消える まるで 淡すぎる 雪のようです

あの人が教えるとおり 歩いてくはずだった私は 雪で足跡が見えない 立ちすくむ あなたを呼びながら

手をさしのべればいつも そこにいてくれた人が 手をさしのべても消える まるで 淡すぎる 雪のようです

あの人が教えるとおり 歩いてくはずだった私は 雪で足跡が見えない 立ちすくむ 

あなたを呼びながら

雪 気がつけばいつしか なぜ こんな夜に降るの

いま あの人の命が 永い別れ 私に告げました

【雪】は中島みゆきさんが、父親の亡くなった時、雪降る中、
火葬場から煙が上がっていくのをただ黙って見つめていたという思い出を書いた曲だと言われています。
(本人がツアーの中で語る)

ただこの詩は、誰とは定まっておらず、父・母・恋人・友人など、誰でもよくて、「それぞれの思っている人」として感情移入ができるところが凄いとされています。

現に私も父を亡くした時(56歳)母を亡くした時(69歳)も、そんな思いでした。

私もこんな詩が書ける「中島みゆきさんは凄い」と思います。

本人歌唱の曲はユーチューブでは探し出せず39万回ものアクセスのある、※1385hiroさんのカバーをお借りしました。

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消えゆく雪の中に~高校時代の創作Ⅱ-(2)~♪ 淡い雪がとけて/ZARD

2022年03月01日 | すずかけ

【消えゆく雪の中に】(2)

父は

その日、亜矢子の父はちょうど亜矢子が駅に着いたころ家を出た。

中心街まではいつもならば車で出るのだが、その日は歩いて行った。

歩いていけない距離でもないし、その方が二日酔いには真冬の寒気が心地良かった。

彼はこの日娘の帰るのを知っていた。

そして母親がその帰りを促したこともうすうす察していた。

それでなくては亜矢子が帰るはずがない。

大学に行くという名目はあったが、家出同然に出て行った娘であった。

都会に憧れを抱くようでない彼女が、出て行った理由はつまり、この自分のせいなのだ…と彼は彼なりに解釈していた。

酔って帰った日、その時々の鬱憤を妻に晴らす時必死になって止める亜矢子の顔には十六・七とは思えない表情があった。

素面の時にも凄然として彼に向ってくる、その目を思い出した。

彼はその時「すまない。」と心の底から詫びたいと思う気持ちに襲われるのであった。

しかしそれと同時に必要のない利己心が沸き上がり、そうできなかった。

「俺は悪くない。悪いのは俺でない。」と・・・そしてこの小さな自己防衛の言葉は、すぐに大きくなり、彼の心を征服してしまうのだった。

戦後の貧困生活、世の中の矛盾、そして複雑な人間関係によって蝕まれた彼の内面に積み重ねられたエゴイズムは、

愛情を受け止め応じるだけのことが出来ない人間にしてしまったのである。

妻も彼と同じように思う様に行かない人生を歩んでいるはずである。

しかし彼女はそこにあるものだけは掴もうと必死に努力する人であり、他には何一つ考えず、考えまいとして生きている。

自分の分身と思っている子供たちのために愚痴も言わずただ黙々と働いているだけだった。

だが、彼は妻のようにはなれなかった。

自分は自分であり、たとえ子供であっても、いくら愛情を持っていても自分ではなかった。

彼は自分が幸せになることで、家族もその幸せを掴むことが出来ると思い、疑わなかった。

大工職人としての腕には自信があったのだった。

確かに一度は、そうなるであろうというところまでにいった。

しかし仕事上一つの武器と思っていた彼の飲酒がまた彼を引き戻してしまったのだった。

「あんなに飲む人じゃ、安心して任せられない。」

そんな些細な言葉が毎日酔って帰る彼の後姿に囁かれ始めたときから、少しずつ仕事が消えていったのだった。

とき同じくして、発達してきた大手建設業が彼の前に立ちはだかった。

職人たちは一人二人と引き抜かれ、とうとう一人も居なくなってしまったのだ。

妻は愚痴も文句も言わなかった。

ただ歯を食いしばっているだけのそんな姿をみると、反対に自分が惨めに見えてきて無性に八つ当たりしたくなるのだった。

それを避けるため、友人の家や飲み仲間の家をまわり歩き、家もしばしばあけるようになった。

そして次第に仕事の無い日のほうが多くなっていた。

彼はこの日も何のあてもなく外へ出てみたくなった。

外へでれば少しは気が晴れて頭痛もましになるだろう。

そうしたあとで亜矢子を迎えようと、思ったのだった。

亜矢子の父が出かけたのは朝も早くまだあまり店は開いていなかった。

彼は暫くして途中にある公園に出た。

頭にはまだ少し二日酔いの痛みが残っており、時折、ズキンと痛む。

彼は自分の年齢を考えた。

この頃は、酔いは早いが、回復は遅い。

ちょうどよく、濡れたベンチのひとつに置き忘れのビニールが敷いてありそこへ腰を下ろした。

木々にはまだ雪が残っており、陽の光を受けた葉がキラキラと輝いている。

漠然とした空虚感が彼の胸の中に起こった。

そして残った。

彼はベンチに腰を下ろし、冷たそうな池の水面をただ眺めていた。

水面は時たま風で穏やかに波立つ。

どのくらいそうしていただろうか、彼はたち上がると再び歩き出した。

すでに太陽も高く昇り、木々の雪も溶け始めバサッと音をたてて落ち始めていた。

池の中にも大きな雪の塊がジャボッと音を立てて落ち、たちまち消えていった。

もう亜矢子は帰っているはずである。

彼の足は家に向っていた。

途中で知り合いに呼び止められたが、黙示したまま通り過ぎた。

彼の心の中には少しずつ変化が生じていた。

ある決心にたどり着いたのである。

「亜矢子も帰ってきた。今度こそやり直そう。生まれ変ったつもりで・・・。

五十過ぎて生まれ変わるも無いかもしれないけれど、とにかく俺がしっかりしなくてはならない。

妻と子供たちの信頼を取り戻すのだ。」

今は、そんな再起の思いに不思議と抵抗が無かった。

彼はふとしたこの微妙な心の変化に嬉しくなり、何故か笑ってみたくなったのである。

そして笑った。

すれ違った人が、急ににやにやとし出した彼を、訝しげに見ながら通り過ぎていった。

亜矢子の父が帰らぬ人となったのは…まさにその時であった。

その瞬間、前方から走ってきた車に突かれて川に落ちたのであった。

(3)へ続く・・・。

             

今回はユーチューブよりこの曲をお借りしました。

Love Letter【 淡い雪がとけて 】ZARD/カン・イジン

ZARDの坂井泉水さんの歌は私の好きな名探偵コナンのOPやED、映画主題歌などに何曲もあります。

もしご存命ならばこの綺麗な歌声を今も聞くことが出来たと思うと残念です。

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消えゆく雪の中に~高校時代の創作Ⅱ-(1)~♪なごり雪/イルカ

2022年02月28日 | すずかけ

高校時代、文芸部に所属していました。

部は1年に1度、部員の詩とか散文などを寄せて、文芸誌「すずかけ」を発行していました。

半世紀も前のもので誤字脱字はもとより僅かな人生経験読書の知識しか持たずに書いたもので内容も稚拙ですが、

自分の記録(思い出)としてブログにも残しておこうと思いました。

長いので何回かに分けました。

今回も最後に挿入歌としてひとつの曲をユーチューブよりお借りしました。

もしよろしければ…もしお時間がありましたら読んでみて下さい。 

前回「すずかけ32」【ある夏の終りに】リンク🔗(1)(2)(3)

今回「すずかけ33」【消えゆく雪の中に】

【消えゆく雪の中に】(1)

下宿にて

珍しく二日も降り続いた雪は、通りの激しい道路を除いた他は家々の屋根も木立もどこもかしこもすっかり埋め尽くしていた。

亜矢子の下宿している家の近くの神社も白一色になっていてそこでは子供たちが四、五人集まって遊んでいた。

いつの間にか雪は止み、空には曇天が広がっている。

彼女の二階の小さな部屋からはその光景がよく見てとることができた。

子供等は盛んに雪を投げ合い、大きな声で叫び合っている様である。

この雪は都会の刹那に、ちょっとした情緒を与えたようであった。

そして又、その寒気は亜矢子の風邪に良い影響を及ぼしたようである。

窓越しに体をよせて、白く広がっている銀世界をじっと眺め入っていた。

こうやって雨戸を開け外を眺めていると前から続いていた頭痛が少しずつ薄れていくような気がした。

机の上に母からの手紙がある。

無造作に封も切らず投げ出されたそれは再び亜矢子の手に取り上げられた。

友田亜矢子様

懐かしい母の字であった。

彼女はよく母の字を下手だと言い、そのたびに自分も母に似て下手だと笑ったものだった。

胸に熱いものがこみ上げてくるのを覚えた。

目が涙で霞んできた。

急いでそれを拳で拭き再び外に目をやった。

子供たちはまだ遊んでいる。

そんな光景に、幼い日の自分を懐かしく思った。

でも過去…それはすっかり捨てたはずある。

現在の自分を大切に生きると誓ったはずである。

それなのに終わってしまった過去の何がいったい私を引き戻すのだろう…。

ただそう思うだけでまた涙は彼女の頬を伝わってくるのであった。

外気が冷たく頬を通り過ぎていった。

回想

二年前、亜矢子は「絶対に帰れ」という母からの半ば命令的な手紙で帰省した。

帰途の車内は行楽客でごった返しており、何とも言えない不快感の中にいた。

そして席の近くでは雪山に行くらしい男女の群れの話し声が絶えず、不快感はさらに募り、早くこの車中から逃れたいと思っていた。

東京駅を夜十時過ぎに出発した亜矢子が郷里の駅に着いたのは次の朝七時ごろだった。

やっと解放され車外に出た亜矢子は深く呼吸をした。

前日に雪が降ったらしく、明け方の太陽に照らされて白く光っていた。

外は寒かった。

手に息を吹きかけてからホームを出ると、弟の文春が迎えに来ていた。

そして亜矢子の姿を見つけると足早に近づいてきた。

駅前で久しぶりに弟に会った亜矢子は 実家に向かう車の中で、彼に家の現状を聞いた。

母の手紙よりはるかに深刻化しているようだった。

「お母さん、ただいま。」

家に着き、玄関を入ると母が出てきた。

「お帰り。無理行って悪かったと思っているけれど、帰れるならもっとたびたび来るようにしなさいね。」

相変わらずの愚痴を玄関に入るやいなや聞いて亜矢子は、我が家に着いたのを実感した。

母は嬉しそうだった。

けれど、父の姿は無かった。

「お父さんは?」と亜矢子は母に聞いてみた。

すると文春と母が同時に彼女に目を向けた。

そして母が「お父さんは朝ちょっと出かけてくると出ていったきりだよ。」と少しばかり困ったような顔をしてそう答えた。

亜矢子はそれ以上聞かなかった。多分、聞いてもただ気まずくなるばかりだ。

文春から、酔っても必ず家だけには戻ってきた父の帰宅せぬ日があること、もうほとんど仕事には手を付けなくなってしまっているということは聞いていた。

「さあ二人とも、父さんのことはどうでもいいじゃないか、帰りたくなれば帰ってくるさ。それより姉さんの話でも聞こうよ。俺はその方が興味あるよ。」

と、文春の言葉で父の話は打ち消しとなった。

部屋には食事が用意され、少しばかりの馳走が乗っていた。

三人は食卓を囲んで彼女の土産話を聞くことになった。

父の空席が少し寂しげではあったが・・・。

(2)へ続く・・・。

             

今回はーチューブよりこの曲をお借りしました。

なごり雪 - イルカ/high_note

 

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ある夏の終わりに~高校時代の創作(3)♪secret base~君がくれたもの~ /ZONE COVER by Uru

2021年08月25日 | すずかけ

【ある夏の終わりに】(3)

滝子と菊代が外へ出た時はもう日はだいぶ西へ傾いており、夕陽が杉の木の間を縫って差し込み、木々に映えて美しかった。

五条の墓は、一番西の三列目の端にあった。

苔生した墓が並ぶ中の真新しい墓だったのですぐ分かった。

そこには菊の花がいっぱいさしてあった。それは確かに寺の花壇に咲いていたものだったので、滝子はすぐに菊代が生けたものと分かった。

「私ね、毎日換えているのよ。」

菊代は、運んできた手桶の水を下に置くと、その脇の杉の木に寄りかかった。

「それに私は、お稽古に使ったお花を全部ここへ持ってくるの。」

滝子は、誰も墓参り人の無い叔父の墓を想像してきただけに、そうした菊代の言葉を聞いて、嬉しく思った。

彼女にとって、わずか一年の間でも、叔父の墓が取り残される事は、大きな心配の種であったのだった。

彼女は持参した花を墓の上に置いた。

すると菊代が「まあ綺麗なお花。」と言って一本の花たてから花を全部抜き取ると滝子の花を代わりに生けた。

そして再び杉の木に寄りかかった。

墓の前にあらためて立つと、滝子は初めて涙を流した。線香の匂いが五条の死を確実のものにするのだった。

面白くない家庭や学校生活、人生を逆恨みでもするような彼女の心にとって一番の安らぎであり楽しみであったのは、

叔父に絵を習う事であり、共に絵や芸術について語り合い、情熱を燃やす事であった。

五条は彼女の先生であり、親であり、友人であった。

ゆえに彼の死によって彼女は一度にそのすべてを失ってしまったのだ。

「ねえ、滝子さん。叔父さんは何故、自ら死を選んだと思う。」

西の空の方を見つめながら菊代が言った。

滝子は後を振り向いた。

「私にはよくわかりません。でも、もしかすると、絵が原因なのかもしれません。叔父は絵描きとして世に出ることを願っていました。

きっとなって見せると言っていました。叔父はその時こそ、自分が生きるためのあらゆる敵に勝利を得た時だと言っていました。」

「それなのに叔父が何故絵を捨てたか…。つまり絵に対して自信を失ったのだと思います。そしてその時、叔父の人生も終わりだと考えたのだと思います。」

菊代はじっと聞いていた。

「私の考えはまだまだ幼いかもしれません。きっと大人というものはもっと複雑だと思います。」

「ううん私も、そう思うわ。原因の一つはその大人の世界かもしれない。でも私はそう考えたくない。

私たちだってずうっと深く物事を考えると生きていることが、何か全く無意味に思えてくるものね。でも結構みんな生きているじゃないの。

私は五条さんがこの世の中に負けたと思いたくない。だから絵に対する余りにも深い情熱のために亡くなったと思いたいの。」

菊代の目は輝いていた。二人は顔を見合わせた。滝子は自分の考えは何て単純なのだろうと思った。

それは全く現実離れした空想のような気もして、菊代の考えに賛成したいと思った。

「私たちどうやら何もかも考えることが同じらしいわね。」菊代はそう言うと、五条の墓の前に進み出て手を合わせた。

二人は肩並べて墓地を出た。そして、菊代は滝子に

「ねえ、よかったら夕ご飯を食べていかない。今母が親戚へ行っていて、ろくなおもてなしもできないけど。」としきりに誘った。

しかし滝子は遅くなるからという理由でそれを断った。

「私、来年きっとまた来ます。あの夏の絵を書こうと思います。その時はよろしくお願いします。」

帰り際に滝子は住職にもそう言って、夕食を辞した。彼は

「絶対来てくださいね。来年が待ち遠しい。絵もちゃんと用意して待っていますよ。」と言って快く彼女を送ってくれた。

そして滝子は、「お嫁に行っても帰ってくるわよ。」と言って笑った。

滝子が住職と菊代に別れを告げて再び寺の境内に立った時、夕陽はおおかた西へ傾いており、山間はオレンジ色に彩られていた。

彼女は五条の墓の方に向って言った。

「叔父さん、滝子は来年大学を受けます。そして絵の勉強を本格的にはじめます。今日はそれを告げにきました。

来年もきっと来ます。今度は叔父さんの絵を続いて書くために…。それまでどうか見守っていてくださいね。」

滝子自身、五条の後を継ぐ事に一抹の不安があった。それは「もしかすると自分も同じ道を歩くのではないか。」という事だった。

しかし彼女は、遣ろうと決心したのである。

そしてその決心は、今日の訪問でことさら強くなった。

石段の上から静かに下がっている百日紅のその可憐で寂し気な細かな花が、彼女の肩に散った。

そして風が彼女の頬をかすめて行った。秋風だった。それは確かに秋風だった。

石段を下りる滝子の背後から、五条の声がその風と共に聞こえてきた。

「だんだんと大人に近づくにつれて、苦しみや悲しみが多くなり、世の中の矛盾が大きくなるのを滝子も分かってきただろう。

しかし現実は想像以上に厳しいものなのだ。だが、人間誰しも生きていかなくてはならない。実際みんな生きている。

滝子だって、できないはずはない。頑張ってくれ叔父さんの分まで・・・。」

 

寺を出た滝子は、大きく息を吸い込んだ。

「もうじき秋だ…。そして来年の夏ももうすぐだ。それまでがんばるぞ。」

ふり返ると夕闇に包まれかけた寺が、美しく雄大にそびえていた。

滝子は、その寺をもう一度確かめるように見つめると駅へと道を急いだ。

<完>

今回はこの曲をお借りしました。

アニメ「あの日見た花の名前を僕たちはまだ知らない」のエンディング曲【君がくれたもの】

secret base~君がくれたもの~ /ZONE COVER by Uru

      

このアニメを視た時ほど泣いたことはありませんでした。

もう涙腺崩壊状態で、何回も繰り返し視て、半年ぐらいこの曲は頭の中を駆け巡っていました。

歌詞「♪君と夏の終わり 将来の夢 大きな希望忘れない 10年後の8月 また出会えるのを信じて~♪」の10年後がもう今年だそうです・・・。

私の半世紀も前の思い出にお付き合いいただきありがとうございました。

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