永子の窓

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蜻蛉日記を読んできて(92)の5

2016年01月18日 | Weblog
蜻蛉日記  中卷  (92)の5 2016.1.18

「『明けぬ』と言ふなれば、やがて御堂より下りぬ。まだいと暗けれど、湖の上しろく見えわたりて、さいふいふ人廿人ばかりあるを、乗らんとする舟の指し掛けのかたへばかりに見下されたるぞ、いとあはれにあやしき。御灯明たてまつらせし僧の、見送るとて岸に立てるに、たださし出でにさし出でつれば、いと心ぼそげにて立てるを見やれば、かれは目馴れにたらん心に、かなしくやとまりて思ふらんとぞ見る。男ども『いま、来年の夏ごろまゐらんよ』と呼ばひたれば、『さなり』と答へて、遠くなるままに影のごと見えたるも、いとかなし。」
◆◆「夜が明けた」という声が聞こえたので、すぐに御堂より下りました。まだとても暗いけれど、琵琶湖の湖面は白く見渡され、忍びの参詣とはいえ、供人は少人数ながらも二十人ほどいて、乗ろうとする舟が、差し掛けの沓の片方くらいの大きさに見下ろされたのは、とても心細く貧相な感じがしました。お灯明を仏様にお供えさせた僧が、見送りに出て岸に立っていて、私たちの乗った舟がどんどん棹をさして漕ぎ離れて行ったので、いかにも心細そうな様子で立っています。その姿に目をあてると、あの僧は、おそらく私たちに馴染んで親しみを覚えるようになったと思われるその寺に彼だけ留まって、さぞ寂しく思っていることであろうと察せられました。私の供の男どもが、「すぐまた、来年の七月に参りますよ」と大声で言うと、「はい、承知しました」と答えて、遠く離れて行くにつれて、影のようにぼんやりと見えているのも、ひどく悲しく感じられました。◆◆



「空を見れば月はいとほそくて、影は湖のおもてに映りてあり。風うち吹きて湖のおもていとさわがしうさらさらとさわぎたり。わかき男ども、『声ほそやかにて面やせにたる』といふ歌をうたひ出でたるを聞くにも、つぶつぶと涙ぞおつる。」
◆◆空を見上げれば月はとても細く、月影は湖面に映っています。風が吹いて、水の面がさらさらと波立っています。若い男達が、「声細やかにて、面痩せにたる…」という歌を歌い出したのを耳にすると、ぽろぽろと涙がこぼれました。◆◆


■『さなり』=直訳すれば、「そうです」「はい」に相当する返事。


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