永子の窓

趣味の世界

源氏物語を読んできて(576)

2009年11月30日 | Weblog
09.11/30   576回

三十八帖 【鈴虫(すずむし)の巻】 その(6)

 この持仏供養には、例の通り親王方も大勢お出でになりましたのはもちろんのこと、紫の上をはじめとして、源氏に関係のあるご婦人方が我も我もと競って御仏前に御供物を献上なさいます。

「七僧の法服など、すべて大方の事どもは、みな紫の上せさせ給へり。綾のよそほひにて、袈裟の縫目まで、見知る人は、世になべてならずとめでけりとや。むつかしう細かなる事どもかな」
――七僧への法衣など、すべての御準備はみな紫の上のお指図で調えました。その法衣は綾織りで、袈裟の縫い目まで、目のきく人は実に立派だとお褒めになったそうです。細かいところまでかれこれ言う世間の口はうるさいものですね――

 講師(こうじ)がたいそう有難そうに供養の主旨を申し上げます。

「この世にすぐれ給へる盛りを厭ひ離れ給ひて、長き世々に絶ゆまじき御契りを、法華経に結び給ふ、尊く深きさまをあらはして、ただ今の世に才もすぐれ、ゆたけきさきらを、いとど心して言いつづけたる、いと尊ければ、皆人しほたれ給ふ」
――(女三宮が)美しく若い盛りの御年頃を出家されて、未来永劫変わらぬ源氏とのご縁を法華経によって結ばれるという、尊く深いお心を申し述べて、今の世に学才弁舌共に優れた高僧ぶりを一層発揮して述べ続けますのが、実に尊くて人々は皆涙を流されます――

◆七僧の法服=法会の際の、講師・読師・呪願師・三礼師・唄師・散華師・堂達の七つの僧官、これに布施として出す法衣

◆ゆたけきさきら=(ゆたけき)=豊かな、(さきら)先ら=才気が表に現れたもの。

◆写真:右の巻物が源氏の写経

ではまた。


源氏物語を読んできて(法事・僧侶1)

2009年11月30日 | Weblog
僧侶袍裳七條袈裟姿

法服ともいわれ、法衣として最高の儀式服。養老の衣服令の礼服(らいふく)の系列をひく。袍裳は同色同裂で、袍の襟は僧網襟といわれる広襟を頭の背後で方立(ほうたて)にした形式、これは本来僧網(そうごう)職にのみ許されたものであった。
 袍裳の下は衵、単、大帷(おおかたびら)、表袴(うえのはかま)、大口、襪(しとうず)、檜扇、数珠、鼻広[浅沓]。

◆写真と参考 風俗博物館

源氏物語を読んできて(575)

2009年11月29日 | Weblog
09.11/29   575回

三十八帖 【鈴虫(すずむし)の巻】 その(5)
 
 寝殿の北廂との間の障子も取り払って広くして、女房たちをそちらへお移しになって、やや静かになったところで、源氏は、

「宮にも物の心知り給ふべきしたかたを、聞こえ知らせ給ふ。いとあはれに見ゆ。」
――女三宮に、今日の法会についての予備知識をお聞かせになります。まことにあはれ深い情景です――

 女三宮がご自分のお居間をお貸しになった法会の場所のご設備をご覧になるにつけ、源氏はあれこれと胸にせまってきて、

「かかる方の御営みをも、もろともにいそがむものとは思ひ寄らざりし事なり。よし後の世にだに、かの花の中の宿に、隔てなくと思ほせ」
――こういうご法会のお手伝いを申そうとは思ってもおりませんでした。まあ、来世には同じ蓮の上に宿って、隔てなく暮らすことを御祈願ください――

 と、ほろほろと涙をこぼされて、(歌)

「はちす葉をおなじうてなと契りおきて露のわかるるけふぞ悲しき」
――来世は一つ蓮の上にと約束しても、今尼になったあなたと離れ離れになってしまったのが悲しい――

 女三宮の返歌、

「へだてなくはちすの宿をちぎりても君がこころやすまじとすらむ」
――未来は同じ蓮の上にとおっしゃっても、あなたはこだわりをお捨てにはならないでしょう――

 源氏は苦笑いをなさって、

「いふかひなくも思ほしくたすかな」
――折角私の心から申しましたのを、くさしておしまいになって――

 と、やはりしみじみと物思いに沈んでいらっしゃるご様子です。

◆したかた(下形)=模型、ひな形、心得、前もっての用意。

ではまた。

源氏物語を読んできて(574)

2009年11月28日 | Weblog
09.11/28   574回

三十八帖 【鈴虫(すずむし)の巻】 その(4)

 このように法会のお場所も整って、お説教の僧が参上し、行香の人々も参集されましたので、源氏もそちらへお出ましにまろうと、女三宮のいらっしゃる西の廂をのぞかれますと、常のお居間が法会に使われましたので仮の御座所に、仰々しく着飾った女房たち五六十人ばかりも集まっていて、薫物を咽かえるほど煽ぎたてていますので、源氏は、

「空に焼くは、いづくの煙ぞと思ひわかれぬこそよけれ、富士の峰よりもけに、くゆり満ち出でたるは、本意なきわざなり。講説の折は、大方の鳴りをしづめて、のどかに物の心も聞きわくべき事なれば、憚りなき衣の音なひ、人のけはひ、しづめてなむよかるべき」
――空薫きというものは、どこから漂ってくるのか分からないくらいが良いのだ。富士山の煙りかと思うほど辺り一面にけぶらせるのは、良くないね。お説法を伺うときは、あたりもしんとして、静かに説法の意味も聴きとるべきですから、無遠慮な衣ずれの音や、人声は立てないようにした方が良い――

 と、源氏は思慮の足りない若女房たちにお教えになります。

「宮は人気に圧され給ひて、いとちひさくをかしげにて、ひれ臥し給へり」
――(女三宮の)尼宮は、あまり人数の多いのに気圧されて、たいそう小柄な美しいご様子で、物に寄り臥しておいでになります――

 若君(薫)は悪戯ざかりなので、女房に抱かれてあちらへ連れて行かれました。

◆写真:尼姿の女三宮  風俗博物館

ではまた。

源氏物語を読んできて(573)

2009年11月27日 | Weblog
09.11/27   573回

三十八帖 【鈴虫(すずむし)の巻】 その(3)

 お仏前に薫く香は、唐風の百歩(ひゃくぶ)という薫衣香(くぬえこう)を焚いていらっしゃる。阿弥陀仏、脇持の菩薩ともに白檀で作らせてあります。閼伽の具は小さく作ってあって、青や白や紫の蓮の造花を飾り、荷葉(かよう=香の調合法)による名香が蜜で固めたことが目立たないように、ほろほろに焚き合わせてあって、それが百歩の香と一つに合わさって大変懐かしいげに薫っています。

「経は六道の衆生のために、六部書かせ給ひて、自らの御持経は、院ぞ御手づから書かせ給ひける。」
――お経は、六界に輪廻して迷う人々を救うために、法華経を六部写せられて、女三宮が朝夕お持ちになるお経は、源氏自ら写経なさったものです――

「これをだにこの世の結縁にて、かたみに導き交はし給ふべき心を、願文に作らせ給へり」
――(源氏は)せめてこの経を現世の夫婦の縁として、来世はその功徳で互いに手を取り合って浄土に往生できるようにとの意味を、仏前への願文にお書きになりました――

 また阿弥陀経も、唐の紙は脆くて朝夕お手になさるにはどうかと思われて、官用の紙屋紙(かんやがみ)を漉く人々を召して立派に作られた紙に、この春頃から、源氏はお心を込めてお書きになっただけに、眩しい程の見事さです。

「罫かけたる金の筋よりも、墨つぎの上に輝くさまなども、いとなむめづらかなりける。
……これはことに沈の花足の机にすゑて、仏の御おなじ帳台の上に飾られ給へり」
――(写経の)罫を引いてある金泥の線よりも、源氏の墨色の輝かしさの方がずっと珍しい見ものです。……源氏ご自筆の写経は、特に沈の香木の花足(けそく)のついた机にお載せして、ご本尊と同じ帳台の上に飾られました――

◆六道の衆生のため=六道(ろくどう)とは、地獄、餓鬼、畜生、修羅、人間、天上の六界のこと。

◆写真:源氏が書写したお経  沈の花足の机の上に置かれています。
     風俗博物館

ではまた。


源氏物語を読んできて(572)

2009年11月26日 | Weblog
09.11/26   572回

三十八帖 【鈴虫(すずむし)の巻】 その(2)

「花机の被いなど、をかしき目染めもなつかしう、清らなるにほひ、染めつけられたる心ばへ、目なれぬさまなり。」
――仏前に供える花瓶の台など、優雅な鹿の子絞りに染めてやさしい風情があり、美しい色艶や染め模様の趣向がめったに見られぬ立派さです――

「夜の御帳の帷子を、四面ながらあげて、後ろの方に法華の曼荼羅かけ奉りて、銀の花瓶に、高くことごとしき花の色を調えて奉れり」
――(女三宮の)夜の御帳台の垂れ布を四方とも上げて仏壇とし、後ろの方に浄土変相を描いた曼荼羅をお掛けさせになって、銀(しろがね)の花瓶に丈の高い大きな蓮華を彩りよく挿してあります――

◆写真:仏さまに施し奉られた夜の御帳台。
普段は上げられない帷子(かたびら)まで 四面とも上げられています。  
                  風俗博物館より。

ではまた。


源氏物語を読んできて(仏事・目染め)

2009年11月26日 | Weblog
◆をかしき目染め=優雅な鹿の子絞り。

 目染とは絞り染のことで、布を糸で結んで染めてから糸を解く染め方です。こうすると、結んだところが白く残るのですが、その様子がまるで目のようであることから「目染」と呼ばれました。 

                 風俗博物館