2012. 12/29 1198
五十二帖 【蜻蛉(かげろう)の巻】 その38
さらにつづけて。
「『女も宮を思ひきこえさせけるにや、にはかに消えうせにけるを、身投げたるなめりとてこそ、乳母などやうの人どもは、泣きまどひ侍りけれ』と聞ゆ」
――「女も宮をお慕い申し上げていましたのでしょうか、急に姿を隠してしましましたのを、身を投げたのだろうと申して、乳母などが泣き騒いでいるそうでございます」と申し上げます――
「宮も、いとあさまし、と思して、『誰かさることは言ふとよ。いといとほしく心憂きことかな。さばかりめづらかならむことは、おのづから聞えありぬべきを、大将もさやうには言はで、世の中のはかなくいみじきこと、かく宇治の宮の族の、命の短かかりけることをこそ、いみじう悲しと思ひてのたまひしか』とのたまふ」
――中宮のそれはまあ大変だとお思いになって、「誰がいったいそんなことを言うのですか。哀れな嘆かわしいことですね。それほど珍しいことならば、自然に世間の噂になりそうなものなのに、大将はそのようにはお話にならず、人の世のはかなく無情なことや、宇治の宮の一族の寿命が短いことなどを、大そう悲しいと言っていられたが…」と仰せになります――
「『いさや、下衆は、たしかならぬことをも言ひ侍るものを、と思ひ侍れど、かあしこに侍りける下童の、ただこの頃、宰相が里に出でまうできて、たしかなるやうにこそ言ひ侍れけれ。かくあやしくて亡せ給へること、人に聞かせじ、おどろおどろしく、おぞきやうなり、とて、いみじく隠しけることどもとや。さてくはしくは聞かせたてまつらににやありけむ』と聞こゆれば」
――(大納言が)「いえ、身分の低い者は、でたらめも言うものだからと、私は思いますけれど、宇治におりました下仕えの童が、つい最近、小宰相の実家にやって参りまして、それが確かな事実のように言っておりました。あのように変な死に方をされたことを人に聞かせまい、重大事件で不気味なようだというので、ひた隠しに隠されたものですとか。そんなわけで詳しくはお聞かせ申さなかったのでございましょう」と申し上げますと――
「『さらに、かかること、またまねぶな、と言はせよ。かかる筋に、御身をももてそこなひ、人に軽く心づきなきものに思はれ給ふべきなめり』といみじく思いたり」
――(中宮は)「そのようなことは決して二度と言ってはいけない、とその童に言いなさい。匂宮がこうした恋愛沙汰から、お身を過って、人々に軽々しく疎ましい風に思われたりなさることでしょう」とご心痛のご様子です――
◆またまねぶな=まねぶ=おなじことを言う=二度と同じことを言ってはいけない
◆12/30~1/7までお休みします。では1/9に。みなさまよいお年を。
五十二帖 【蜻蛉(かげろう)の巻】 その38
さらにつづけて。
「『女も宮を思ひきこえさせけるにや、にはかに消えうせにけるを、身投げたるなめりとてこそ、乳母などやうの人どもは、泣きまどひ侍りけれ』と聞ゆ」
――「女も宮をお慕い申し上げていましたのでしょうか、急に姿を隠してしましましたのを、身を投げたのだろうと申して、乳母などが泣き騒いでいるそうでございます」と申し上げます――
「宮も、いとあさまし、と思して、『誰かさることは言ふとよ。いといとほしく心憂きことかな。さばかりめづらかならむことは、おのづから聞えありぬべきを、大将もさやうには言はで、世の中のはかなくいみじきこと、かく宇治の宮の族の、命の短かかりけることをこそ、いみじう悲しと思ひてのたまひしか』とのたまふ」
――中宮のそれはまあ大変だとお思いになって、「誰がいったいそんなことを言うのですか。哀れな嘆かわしいことですね。それほど珍しいことならば、自然に世間の噂になりそうなものなのに、大将はそのようにはお話にならず、人の世のはかなく無情なことや、宇治の宮の一族の寿命が短いことなどを、大そう悲しいと言っていられたが…」と仰せになります――
「『いさや、下衆は、たしかならぬことをも言ひ侍るものを、と思ひ侍れど、かあしこに侍りける下童の、ただこの頃、宰相が里に出でまうできて、たしかなるやうにこそ言ひ侍れけれ。かくあやしくて亡せ給へること、人に聞かせじ、おどろおどろしく、おぞきやうなり、とて、いみじく隠しけることどもとや。さてくはしくは聞かせたてまつらににやありけむ』と聞こゆれば」
――(大納言が)「いえ、身分の低い者は、でたらめも言うものだからと、私は思いますけれど、宇治におりました下仕えの童が、つい最近、小宰相の実家にやって参りまして、それが確かな事実のように言っておりました。あのように変な死に方をされたことを人に聞かせまい、重大事件で不気味なようだというので、ひた隠しに隠されたものですとか。そんなわけで詳しくはお聞かせ申さなかったのでございましょう」と申し上げますと――
「『さらに、かかること、またまねぶな、と言はせよ。かかる筋に、御身をももてそこなひ、人に軽く心づきなきものに思はれ給ふべきなめり』といみじく思いたり」
――(中宮は)「そのようなことは決して二度と言ってはいけない、とその童に言いなさい。匂宮がこうした恋愛沙汰から、お身を過って、人々に軽々しく疎ましい風に思われたりなさることでしょう」とご心痛のご様子です――
◆またまねぶな=まねぶ=おなじことを言う=二度と同じことを言ってはいけない
◆12/30~1/7までお休みします。では1/9に。みなさまよいお年を。