永子の窓

趣味の世界

源氏物語を読んできて(207)

2008年10月31日 | Weblog
10/31  207回 

【乙女(おとめ)】の巻】  その(17)

大宮は、
「いで、むつかしき事な聞こえられそ。人の御宿世、いと定め難く」
――まあ、そんな難しいことはおっしゃいますな。人の縁とい言うものは、めいめい予測などできないものですから。――

 宰相は、
「いでや、ものげなし、とあなづり聞こえさせ給ふに侍るめりかし。さりとも、げに、わが君や人におとり聞こえさせ給ふ、と、聞し召し合わせよ。」
――いえいえ、内大臣殿は夕霧様をもののかずでもないとお蔑み申されていらっしゃるのでございますよ。まあ、今はそうかも知れませんが、本当に若君が他のお方に劣っていらっしゃるかどうか、どなたにでもお聞きになっていただきたいものですわ。――

 と、腹立ちまぎれに言います。

 夕霧は、物陰に隠れて姫君を見ておいでですが、人が見咎めるのにも辛く、心細くてたまらず、涙をぬぐっておいででですので、乳母がお愛おしく思って、大宮の前をなにやかやと言いつくろって、黄昏時のざわめいている時に紛れて姫君にお合わせ申します。
お二人はお互いに恥ずかしく、胸が一杯でなにも言うことがおできになれず、お泣きになります。夕霧は、

「大臣の御心のいとつらければ、さばれ思ひ止みなむと思へど、恋しうおはせむこそ理なかるべけれ。」
――殿のお心があまりにもひどいので、もうこれで諦めてしまおうかとも思いましたが、そうしてしまったなら、どんなに恋しいことでしょう。――

雲井の雁も、
「まろもさこそはあらめ」
――わたしも、おなじですわ――

夕霧が、
「恋しとは思しなむや」
――別れても私を恋しいと思ってくださいますか――

とおっしゃると、少しうなずかれるさまが、とても可憐でいらっしゃる。

「御殿油まゐり、殿罷で給ふけはひ、こちたく追ひののしる前駆の声に、『そそや』など怖ぢ騒げば、いと恐ろしと思してわななき給ふ。」
――大殿油(おおとなぶら)が灯される頃になりまして、内大臣が内裏からご退出のご様子で、物々しい前駆(ぜんく=さきばらい)の声がしています。「それ、それ、お帰りになりました。」と侍女たちが騒いでおりますので、雲井の雁は恐ろしくなって、わなわなと震えていらっしゃいます。(内大臣は、雲井の雁を送りがてら内裏に参内し、帰り道に迎えに来たのです。)――

◆この時代は、男女とも、自分のことを「まろ」と、言います。

ではまた。


源氏物語を読んできて(年中行事・五節の舞姫)

2008年10月31日 | Weblog
五節の舞姫(ごせちのまいひめ)

 五節の舞姫の人数は、新嘗祭では4人、大嘗祭では5人が奉仕し、通常は公卿から2人(大嘗祭のときは3人)、受領から2人差し出しました。選ばれた家は名誉でした。

 それぞれの舞姫には、介添えの女房や女童、下仕えなどが従いました。
舞姫に付き従う人々は、恐らく役割毎に人数が決まっていたのだろうと思われますが、正確な規定などはよくわかりません。

 舞姫一行は、儀式初日である中の丑の日の夜に御所へ参入し、常寧殿の四隅に設けられた五節所に入って辰の日までそこに詰めました。

 重ね着の重い装束での舞いと、緊張で、しばしば途中で倒れたり、病気になったりすることもあったといいます。

◆写真:五節の舞い  風俗博物館


源氏物語を読んできて(206)

2008年10月30日 | Weblog
10/30  206回 

【乙女(おとめ)】の巻】  その(16)

 内大臣には、たくさんの君達がおられますが、夕霧に並ぶほどのご容姿ご器量のものはいないようです。大宮は、夕霧が勉学のために東の院へ移られてからは、ひたすら雲井の雁を可愛いものと身近に大事にされてきたものを、こうして離されることになって、淋しさは言葉に申せないのはもちろんです。
 
 内大臣はお心の内は、
「いふかひなきことを、なだらかに言ひなして、さてもやあらましと思せど、なほいと心やましければ、人の御程のすこしものものしくなりなむに、かたはならず見なして、その程志の深さ浅さのおもむきをも見定めて、ゆるすとも、ことさらなるやうに、もてなしてこそあらめ」
――二人のことは、いまさらどうにもならないことだから、穏便におさめて、許すことにしようかとも思われますが、それでもやはり、ひどく癪にさわって仕方がないのでした。夕霧がもう少し貫禄が出てきて、どっしりとしてきたならば、一人前に扱って、その時の雲井の雁への愛情の深さ浅さを見極めて、たとえ許すとしても、もったいをつけて許すのがよかろう。――

 こうして、大宮にも、正妻の四の宮にも、何とか言いつくろって、あちらへ姫君をお移しになりました。

 日がたって、大宮はお文を雲井の雁に、
「大臣こそうらみもし給はめ、君は、さりとも志の程も知り給ふらむ。渡りて見え給へ」
――内大臣は、なるほど私をお怨みでしょうが、あなたは私が愛おしく思っていることをご存じでしょう。こちらへ来てお顔をみせてくださいな――

 雲井の雁は、美しくお衣装を調えてお出でになりました。十四歳におなりの姫君は、まだ大人になりきれぬ初々しさで、しとやかで、可愛らしい様子をしておられます。

大宮は、
「長年、私の傍から離さずにおりましたので、もうとても淋しくてなりません。余命いくらもないのですから、あなたの行く末まで見届けることはできまいと、命というものを、つくづく考えました。」とお泣きになります。姫君もお顔を上げることもできずに、ご一緒にただ泣いておられます。

 そこへ、夕霧の乳母の宰相の君がお顔を出して、
「同じ君とこそ頼み聞こえさせつれ。口惜しくかく渡らせ給ふこと。殿はことざまに思しなる事おはしますとも、さやうに思しなびかせ給ふな」
――姫君を夕霧の君と同じようにご主人とお頼り申しておりました。口惜しくもこのようにお移りなさることになりまして。殿(父君の内大臣)が他の方へ御縁づけようとなさっても、決してご承知なさってはなりませんよ――

 などと小声で申し上げますので、姫君はますます恥ずかしそうにして、ものもおっしゃらない。

ではまた。


源氏物語を読んできて(年中行事・五節の起源)

2008年10月30日 | Weblog
五節の起源と名称

 五節舞は、天武天皇が吉野宮へ行幸し、日暮れに琴を弾くと雲の中から天女が現れ、降りてきて「乙女ども、乙女さびすも、から玉を袂にまきて、乙女さびすも」と詠じて袖を5度翻して舞ったとの故事を起源とされます。袖を振るのは呪術的であり、新嘗祭の前日に行われる鎮魂祭とも同じ意味があると考えられます。別名五節田楽ともいい、農耕の繁栄を祈る地方芸能が根底にあると考えられますが、朝廷の年中行事となったことが確認されるのは嵯峨天皇の弘仁五年(814)です。

源氏物語を読んできて(205)

2008年10月29日 | Weblog
10/29  205回 

【乙女(おとめ)】の巻】  その(15)

 大宮は気も抜けてがっかりなさって、おっしゃいますには、

「ひとりものせられし女子なくなり給ひて後、いとさうざうしく心細かりしに、うれしうこの君をえて、生ける限りのかしづきものと思ひて、明け暮れにつけて、老いのむつかしさもなぐさめむとこそ思ひつれ。思ひの外に隔てありて思しなすも、つらくなむ」
――ひとり娘の葵の上が亡くなりました後、とてもさびしく心細くておりましたときに、うれしくもこの姫君(雲井の雁)を得て、一生の大切なお宝と思って養い申し上げました。朝な夕なに老いの寂しさも慰められておりましたのに、あなたは案外思いやりのないことをなさるのが情けなく思われます。――

 内大臣は恐縮なさって、

「心の内の納得できかねます事を、そのまま申し上げただけでございます。ご養育くださった上に、ここまで成人させていただきましたご恩は、決して疎かには思いません。」と申し上げます。しかしこう思い立たれますと、後ずさりなさる内大臣のご気性ではないのです。

大宮は、残念にお思いになって、

「人の心こそ憂きものはあれ。とかく幼き心どもにも、われに隔ててうとましかりけることよ。また、さもこそあらめ、大臣の、物の心を深う知り給ひながら、われを怨むじて、かく率て渡し給ふこと。かしこにて、これより後ろやすきこともあらじ」
――人の心ほど厭のものはありませんね。幼いあの二人も私に打ち明けもせず、このような困ったことにしてくれました。まあ、それは幼い子供たちで仕方がないにしても、大臣は物の道理もよくお分かりでしょうに、私を怨んで、姫を連れて行ってしまわれます。あちらの邸だからといって、私の手元に置くより安心ということもないでしょうに。――

と、泣きながらおっしゃる。

 そこに丁度夕霧がお出でになりました。あいにく内大臣の御車がありますので、気まり悪く思われて、そっとご自分のお部屋にお入りになりました。

ではまた。


源氏物語を読んできて(年中行事・五節)

2008年10月29日 | Weblog

年中行事11月・五節(ごせち)の概略

 五節舞、五節の舞(ごせちのまい)とは、大嘗祭や新嘗祭に行われる豊明節会で、大歌所の別当が歌う大歌に合わせて舞われる、舞姫は、公卿の娘2人、受領・殿上人の娘2人という風に選ばれ、選ばれた家は名誉であった。また、女御が選ばれることもあった。
 時に雪の降る日もあり、山里ではいよいよ人の訪れもなく、寂しくなる時でもある。

 選ばれた舞姫は練習に明け暮れ、新嘗祭の前々日である丑の日の夜に宮中へ参上、直に、「帳台試(ちょうだいのこころみ)」と称して常寧殿にて天皇に練習を披露、前日の寅の日に「御前試(おんまえのこころみ)」と称して清涼殿にて天皇に練習を披露、当日の卯の日に「童女御覧(わらわごらん)」と称して舞姫に付き従う童女を清涼殿にて天皇が御覧になるなど、天皇自身からの試験も厳しかった。

 この舞は、天武天皇の時代、吉野に天女が現れて舞ったとの伝説に依拠している。五度、袖を振って舞う。袖を振るのは呪術的であり、新嘗祭の前日に行われる鎮魂祭とも同じ意味があると考えられる。

 次回から詳しくみていきます。

源氏物語を読んできて(204)

2008年10月28日 | Weblog
10/28  204回 

【乙女(おとめ)】の巻】  その(14)

 雲井の雁の、お部屋との間の襖障子を引いてみますが、今夜はぴたりと閉められていて、物音もしません。姫君も目を覚ましていて、風の音が竹を渡ってそよそよときこえますのでいっそう寂しく、
(歌)
「霧深き雲井の雁もわがごとや晴れせずものの悲しかるらむ」
――霧の深い雲の中を飛ぶ雁のように晴々とせずきっと悲しいのでしょう、今のわたしのように――
(ここから、この姫君を雲井の雁を呼ぶようです)

独り言を言っておいでの様子は、若々しく可愛らしい。夕霧は気がかりで耐えられない思いで、
「これあけさせ給へ。小侍従や侍ふ」
――この戸を開けて下さい。小侍従はいませんかー―

と、小声で言いますが、物音もしません。小侍従(こじじゅう)とは、雲井の雁の乳母子(めのとご)です。雲井の雁は、独り言を聞かれて恥ずかしくて、訳もなくお顔を夜具の中に隠されます。

「あはれは知らぬにしもあらぬぞ憎きや」
――恋のあわれを知らぬでもない、わが心がままにならないことよ――

 翌朝、夕霧はお文を書きますが、雲井の雁にはむろんのこと、結局小侍従をも見つけることができず、お文をお渡しできないままに、ただただ口惜しいと思うばかりです。雲井の雁よりも、もっと、たわいのないお歳ですので、年長のような機会も作れないのでした。

 内大臣は、この件以来、大宮の邸にお出でにならず、恨みに思っていらっしゃるご様子です。ご自邸では、難しいお顔でご機嫌も悪く、正妻の四の宮に、

「中宮のよそほいことにて参り給へるに、女御の世の中思ひしめりてものし給ふを、心苦しう胸痛きに、罷でさせ奉りて、心安くうち休ませ奉らむ。」
――梅壺中宮が、格別立派なお支度で改めて中宮として参内されましたため、わが娘の弘徽殿女御が冷泉帝とのご夫婦中を悲観しておいでのようです。それがお気の毒で苦にもなりますので、こちらにご退出おさせして、のんびり休ませてさしあげようと思います。――

と、おっしゃって、急に女御をご退出させられます。そして女御に、

「つれづれでいらっしゃるでしょうから、妹君の雲井の雁をこちらに呼び寄せようと思っています。ご一緒に合奏などなさいませ。大宮にお預けしていますのは安心の筈ですが、ひどくこまっしゃくれて、早熟な人が一緒に住んでいまして、自然親しくなるのも困る年頃になりましたのでね。」などとおっしゃって、急に雲井の雁を弘徽殿女御のもとにお移しになります。

ではまた。


源氏物語を読んできて(203)

2008年10月27日 | Weblog
10/27  203回 

【乙女(おとめ)】の巻】  その(13)

 大宮の御心の内は、
「二人をそれぞれに愛おしいとお思いの、中でも男君(夕霧)へのご愛情がより深いためか、こんな恋心があったことも可愛く思われますのに、内大臣が無情にもまるで釣り合わない事のように言われるのを、どうしてそんなに叱るほどのことでしょうか。
もともと内大臣は、この雲井の雁をそれほど可愛がっていらしたわけでもなく、大事にともお考えになっていませんでしたのに、私がこんなにお世話をしたからこそ、東宮に差し上げる気にもなられたのでしょう。その望みが叶わなくて臣下に縁組なさるとすれば、この若君より立派な方が他にいらっしゃるでしょうか。」

大宮はご自分の愛情のせいか、内大臣を恨めしくおもわれます。

夕霧は、こんなふうに騒がれているともお知りにならず、大宮の邸にお出でになります。先夜は人目も多く、雲井の雁にお心の内をお伝え出来ず終いでしたので、ますます思いが募っておいでのようです。

 大宮は、今夜は真面目なお顔で夕霧に、
「御事により、内大臣の怨じてものし給ひにしかば、いとなむ、いとほしき。(……)」
――あなたのことで、内大臣が恨み事をおっしゃったので、ほんとうにお気の毒です。(近親同志で問題をおこして、人に心配をおかけする様なことになりますのが、心配でなりません。こんなことはお耳に入れたくないのですが…)――

 夕霧は、かねてお心にかかっておられたことでしたので、すぐ気がつかれて、お顔を赤らめて、
「何事にか侍らむ。静かなるところに籠り侍りにし後、ともかくも人に交る折なければ、うらみ給ふべきこと侍らじ、となむ思う給ふる」
――何のことでしょうか。修業で東の院に籠りましてからは、どなたとも交際する折とてもございませんから、お怨みをうけるようなことはないと存じますが――

そのご様子が、大層恥ずかしそうで、あわれ深くもあり、大宮は愛おしくお思いになって、「今からはお気をつけるように」と仰って、他のお話に転じられました。

 これからは、お文を交わすことも難しくなると思いますと、夕霧はとても悲しくて、
お夕食も召し上がらず、お心も空に飛んで、眠ることもおできなれないので、人が寝静まったころに、姫君のお部屋の方に行かれます。

◆写真:夕霧


源氏物語を読んできて(202)

2008年10月26日 | Weblog
10/26  202回 

【乙女(おとめ)】の巻】  その(12)

 内大臣が雲井の雁のお部屋を覗かれますと、まことに無邪気で愛らしいご様子なので、胸のふさがる思いがなさいます。また乳母たちにもお小言しきりで、ご返事のしようもありませんが、でも乳母や女房も口々に、

「かやうの事は、限りなき帝の御いつき女も、自らあやまつ例、昔物語にもあめれど、気色を知り伝ふる人、さるべき隙にてこそあらめ。…」
「これは、明け暮れ立ち交じり給ひて年頃おはしましつるを、何かはいはけなき御程を、宮の御もてなしさし過ぐしても隔て聞こえさせむ」
「世づきたる人もおはあすべかめるを、夢に乱れたる所おはしまさざめれば、更に思ひよらざりけること」
 ――このようなことは、尊い帝の大切になさっていらっしゃる姫宮でも、いつの間にか間違いの起る例は、昔物語にもあるようですが、それは、事情を知っている侍女たちが人目を忍んでお合わせになるからでございましょう――
――なにしろこのお二人は、長い年月をお過ごしになったのですから、まだお小さいのに、どうして大宮のお取扱いを差し置いて、私どもがお隔てできましょうかー―
――ませた妙なことをなさる方もいらっしゃるようですが、あの若君に限っては、ゆめにも不真面目なところなど、あおりになりませんので、思いもよらぬことでした――

 内大臣は、このことは人に漏らすな。すぐ姫を私の邸に引き取ろう。それにしても大宮のなさりようはひどい。と散々恨み言を仰る。女房達はお二人をお可哀そうだと思いながらも、自分たちの責めの免れたことをうれしく思い、「ただの臣下(源氏も臣下となっていて、その子夕霧も身分は臣下)とのご縁組みを、あちらのお父上様(按察使大納言)もお喜びになる筈はございませんでしょう」などと申し上げます。

 雲井の雁は、まことに幼げなご様子で、内大臣があれこれと言ってお聞かせになりますが、少しも通じないようです。内大臣も、ついほろりとなさって、どうしたら雲井の雁が、身を過たずにお過ごしになれるかと、そっと、しかるべき乳母たちとご相談されては、ただただ大宮ばかりを恨めしがっております。

◆写真:雲井の雁 風俗博物館

ではまた。

源氏物語を読んできて(201)

2008年10月25日 | Weblog
10/25  201回 

【乙女(おとめ)】の巻】  その(11)

 二日ほどたって、内大臣はまた大宮の邸に参ります。母子ではありますが、面と向かわず、きちんと几帳を隔ててのお話をされます。内大臣は、

「よからぬものの上にて、恨めしと思ひ聞こえさせつべき事の出で参うて来るを、かうも思う給へじとかつは思ひ給ふれど、なほ鎮め難く覚え侍りてなむ」
――つまらぬ娘のために、母上を恨みに存じ上げたいほどのことが起こったのです。こうまでお怨みしてはいけないと一方では思いながら、こらえきれぬ気がいたしまして――

と、涙を押しぬぐいながらおっしゃると、大宮は、

「けさうじ給へる御顔の色違ひて、御目も大きになりぬ」
――大宮は、お化粧されたお顔の色が変わり、目も丸くなさって――

「いったい何事で、今さらこの歳になった私に恨み事をおっしゃるのですか」と、おっしゃる大宮を、内大臣は少しお気の毒の思われますが、「母上をお頼り所として、雲井の雁をお預けして参りましたのに、意外なことがありまして、口惜しくてなりません。
夕霧は、天下に並ぶもののない物知りでしょうが、近親者同志でこういうことになるのは、世間にも夕霧にもよくないことです。近親結婚は源氏の君もお考えなさるでしょう。
夕霧を婿にするとしても、算段がありますのに、若い者たちの自由に任せて放っておかれましたことは、心外でございます」と一気におっしゃいます。

 大宮は、夢にもご存じないことで、びっくりなさって、

「(……)もろともに罪を負わせ給ふは、うらめしき事になむ。見奉りしより、心殊に思ひ侍りて、そこに思し至らぬことをも、すぐれたるさまにもてなさむとこそ、人知れず思ひ侍れ。(……)」
――(それがほんとうならば、そう仰るのも分かりますが、二人のことはまったく気がつきませんでした。口惜しいのは私の方ですよ。)私まで一緒に罪を着せられて恨めしく思います。雲井の雁をお世話し始めてから、たいそう可愛く思いまして、あなたの気がつかない点をも立派に仕込みましょうと思っているのです。(可愛さに目がくらんで、早く一緒にさせようなどとは、思いもかけぬことです。無責任な世間の口を信じて大げさにおっしゃっては、姫君の不名誉になるかも知れませんよ)――

内大臣は、
「どうして根も葉もないことでしょうか。お側にいる女房達も目引き袖を引いて私を笑っているようですので、まことに悔しくてなりません。」と言い切って大宮の前を立っていかれます。事情を知っている女房達は、なんともあの若いお二人が気の毒に思え、あの夜の内緒話に心が責められて気が気ではなく、つくづく後悔しあうのでした。

ではまた。