2012. 6/29 1127
五十一帖 【浮舟(うきふね)の巻】 その35
「かの岸にさし着きて下り給ふに、人に抱かせ給はむは、いと苦しければ、抱き給ひて、たすけられつつ入り給ふを、いと見ぐるしく、何人をかくもて騒ぎ給ふらむ、と見たてまつる」
――向こう岸に着いて舟をお降りになりますにも、他人に抱かせるのはたいそう痛々しいので、匂宮ご自身がお抱きになって、人々に助けられながら家の中にお入りになりますのを、まあ何という見ぐるしいことか、いったい誰をこのように大騒ぎなさるのだろうかと、供人たちはお見上げするのでした――
「時方が叔父の因幡の守なるが領ずる庄に、はかなうつくりたる家なり。まだいとあらあらしきに、網代屏風など、御覧じもしらぬしつらいにて、風もことにさはらず、垣のもとに雪むら消えつつ、今もかき曇りて降る」
――この家は時方の叔父の因幡の守が私有する荘園に、ごくざっくりと建てられたものでした。まだ造り上げられたばかりで手が行き届かず、網代屏風などのような、御覧になったこともないようなものが用意されていて、風も充分には塞ぎきれず、垣根の下には雪がまだらに消え残りながら、今も空がかき曇ると雪が降ってきます――
「月さし出でて軒の垂氷の光あひたるに、人の御容貌もまさる心地す。宮も、ところせき道の程に、軽らかなるべき程の御衣どもなり。女も、脱ぎすべさせ給ひてしかば、ほそやかなる姿つき、いとをかしげなり」
――月(日?)がさし始めますと、軒の氷柱(つらら)がそれぞれに響きあって、匂宮(又は浮舟の説あり)のご器量もいっそう美しくなり増さるようです。匂宮も人目を憚る旅先とて、簡素なお召し物でいらっしゃいます。女も匂宮が上着をお脱がせになってみますと、ほっそりとした姿が、また何ともいえず愛らしい――
「ひきつくらふこともなうちとけたるさまを、いとはづかしく、まばゆきまできよらなる人にさしむかひたるよ、と思へど、まぎれむかたもなし」
――(浮舟は)身繕いもせずにいる自分の姿がひどく恥かしく、眩いほど美しい匂宮に向かい合っているなどとは、と思いますが、どう紛らわしようもないのでした――
「なつかしき程なる白きかぎりを五つばかり、袖口裾のほどまでなまめかしく、色々にあまたかさねたらむよりも、をかしう着なしたり。常に見給ふ人とても、かくまでうちとけたる姿などは、見ならひ給はぬを、かかるさへぞ、なほめづらかにをかしう思されける」
――(浮舟は)着馴れて柔らかくなった白い衣を五枚ばかり、袖口や裾までなまめかしく着て、それが色合いのはなやかな衣を何枚も重ねて着るよりも、かえって優雅に着こなしています。匂宮は、常に見馴れておられる中の君や六の君などでも、これほど略装のお姿を御覧になったことがありませんので、今はこういうことまでが珍しく、美しいとお思いになるのでした――
◆7/1~7/6まで休みます。では7/7に。
五十一帖 【浮舟(うきふね)の巻】 その35
「かの岸にさし着きて下り給ふに、人に抱かせ給はむは、いと苦しければ、抱き給ひて、たすけられつつ入り給ふを、いと見ぐるしく、何人をかくもて騒ぎ給ふらむ、と見たてまつる」
――向こう岸に着いて舟をお降りになりますにも、他人に抱かせるのはたいそう痛々しいので、匂宮ご自身がお抱きになって、人々に助けられながら家の中にお入りになりますのを、まあ何という見ぐるしいことか、いったい誰をこのように大騒ぎなさるのだろうかと、供人たちはお見上げするのでした――
「時方が叔父の因幡の守なるが領ずる庄に、はかなうつくりたる家なり。まだいとあらあらしきに、網代屏風など、御覧じもしらぬしつらいにて、風もことにさはらず、垣のもとに雪むら消えつつ、今もかき曇りて降る」
――この家は時方の叔父の因幡の守が私有する荘園に、ごくざっくりと建てられたものでした。まだ造り上げられたばかりで手が行き届かず、網代屏風などのような、御覧になったこともないようなものが用意されていて、風も充分には塞ぎきれず、垣根の下には雪がまだらに消え残りながら、今も空がかき曇ると雪が降ってきます――
「月さし出でて軒の垂氷の光あひたるに、人の御容貌もまさる心地す。宮も、ところせき道の程に、軽らかなるべき程の御衣どもなり。女も、脱ぎすべさせ給ひてしかば、ほそやかなる姿つき、いとをかしげなり」
――月(日?)がさし始めますと、軒の氷柱(つらら)がそれぞれに響きあって、匂宮(又は浮舟の説あり)のご器量もいっそう美しくなり増さるようです。匂宮も人目を憚る旅先とて、簡素なお召し物でいらっしゃいます。女も匂宮が上着をお脱がせになってみますと、ほっそりとした姿が、また何ともいえず愛らしい――
「ひきつくらふこともなうちとけたるさまを、いとはづかしく、まばゆきまできよらなる人にさしむかひたるよ、と思へど、まぎれむかたもなし」
――(浮舟は)身繕いもせずにいる自分の姿がひどく恥かしく、眩いほど美しい匂宮に向かい合っているなどとは、と思いますが、どう紛らわしようもないのでした――
「なつかしき程なる白きかぎりを五つばかり、袖口裾のほどまでなまめかしく、色々にあまたかさねたらむよりも、をかしう着なしたり。常に見給ふ人とても、かくまでうちとけたる姿などは、見ならひ給はぬを、かかるさへぞ、なほめづらかにをかしう思されける」
――(浮舟は)着馴れて柔らかくなった白い衣を五枚ばかり、袖口や裾までなまめかしく着て、それが色合いのはなやかな衣を何枚も重ねて着るよりも、かえって優雅に着こなしています。匂宮は、常に見馴れておられる中の君や六の君などでも、これほど略装のお姿を御覧になったことがありませんので、今はこういうことまでが珍しく、美しいとお思いになるのでした――
◆7/1~7/6まで休みます。では7/7に。