2012. 9/29 1161
五十二帖 【蜻蛉(かげろう)の巻】 その1
薫(大将殿) 27歳3月~秋
浮舟 22歳
中の君 27歳
明石中宮 46歳
匂宮(兵部卿の宮)28歳
夕霧 53歳
「かしこには、人々、おはせぬをもとめ騒げど、かひなし。物語の姫君の、人に盗まれたらむ朝のやうなれば、くはしくも言ひつづけず」
――翌朝、宇治の邸では、人々が浮舟のお姿が見えず大騒ぎしますが、今更何の甲斐もありません。古い物語の姫君のように、人に盗み出された朝のような有様で、ここでは詳しくは記しません――
「京より、ありし使ひの帰らずなりにしかば、おぼつかなし、とて、また人おこせたり。『まだ鳥の鳴くになむ、出だし立てさせ給へ』と使ひの言ふに、いかにきこえむ、と乳母よりはじめて、あわてまどうふこと、かぎりなし」
――京の母君の許から、昨夜宇治へやった使いが帰って来ないので気懸りだと言って、また使いを寄こしました。『ご命令で、まだ鶏が鳴いている朝早いうちに出立してまいりました』と使いが言うので、何とお返事したものかと、乳母をはじめとして皆慌て惑うこと限りもありません――
「さらに思ひやるかたなくて、ただ騒ぎあへるを、かの心知れるどちなむ、いみじくものを思ひ給へりしさまを思ひ出づるに、身を投げ給へるか、とは思ひ寄りける」
――全く思い当たる節とてなく、ここの者達は騒ぎあっていますが、ただ、事情を知っている右近と侍従は、浮舟がひどく物思いに沈んでいらしたご様子を思い出して、身投げなさったのではないかと、そこへ考えが及んでいくのでした――
「泣く泣くこの文を開けたれば、『いとおぼつかなさに、まどろまれ侍らぬけにや、今宵は夢にだに、うちとけても見えず、ものにおそはれつつ、心地も例ならずうたて侍るを、なほいとおそろしく、ものへわたらせ給はむことは近かなれど、その程ここに迎へたたえまつりてむ。今日は雨降り侍りぬべければ。』などあり」
――(右近が)泣く泣く母君からのお手紙を開けてみますと、「あなたのことがひどく気懸りで、うとうとすることもできなかったせいか、今夜は夢でさえ貴女に逢えず、何かにうなされては、気分もいつになく悪いのですが、良くないことが起きそうで、京へ移られる日も近いそうですが、それまでの間、私のところへお迎えしましょう。今日は雨が降っていますので、そのうちに」などと書かれています――
「昨夜の御返りをもあけて見て、右近いみじく泣く」
――浮舟が昨夜母君へ書かれたお返事をも開けてみて、右近ははげしく泣くのでした――
「さればよ、心細きことは聞こえ給ひけり、われに、などかいささかのたまふことのなかりけむ、幼かりし程より、つゆ心おかれたてまつることなく、塵ばかり隔てなくてならひたるに、今はかぎりの道にしも、われをおくらかし、けしきをだに見せ給はざりけるがつらきこと、と思ふに、足ずりといふをして泣くさま、若き子どものやうなり」
――やはり、そうだったのか、それであのように心細いことをおっしゃっていたのだ。どうして私に一言でも打ち明けてくださらなかったのだろう。自分は幼い時分から浮舟に隠し事をされた事などなく、ほんのちょっとの分けヘだてもなくお仕え慣れしてきたのに、これが最後の死出の道に限って、私を後に残し、そのけぶりさえお見せにならなかったとは、ほんとうにひどい!と情けなく思うと、足ずりして泣く様子が、まるで子供のようです――
◆9/30~10/8までお休みします。 では10/9に。
五十二帖 【蜻蛉(かげろう)の巻】 その1
薫(大将殿) 27歳3月~秋
浮舟 22歳
中の君 27歳
明石中宮 46歳
匂宮(兵部卿の宮)28歳
夕霧 53歳
「かしこには、人々、おはせぬをもとめ騒げど、かひなし。物語の姫君の、人に盗まれたらむ朝のやうなれば、くはしくも言ひつづけず」
――翌朝、宇治の邸では、人々が浮舟のお姿が見えず大騒ぎしますが、今更何の甲斐もありません。古い物語の姫君のように、人に盗み出された朝のような有様で、ここでは詳しくは記しません――
「京より、ありし使ひの帰らずなりにしかば、おぼつかなし、とて、また人おこせたり。『まだ鳥の鳴くになむ、出だし立てさせ給へ』と使ひの言ふに、いかにきこえむ、と乳母よりはじめて、あわてまどうふこと、かぎりなし」
――京の母君の許から、昨夜宇治へやった使いが帰って来ないので気懸りだと言って、また使いを寄こしました。『ご命令で、まだ鶏が鳴いている朝早いうちに出立してまいりました』と使いが言うので、何とお返事したものかと、乳母をはじめとして皆慌て惑うこと限りもありません――
「さらに思ひやるかたなくて、ただ騒ぎあへるを、かの心知れるどちなむ、いみじくものを思ひ給へりしさまを思ひ出づるに、身を投げ給へるか、とは思ひ寄りける」
――全く思い当たる節とてなく、ここの者達は騒ぎあっていますが、ただ、事情を知っている右近と侍従は、浮舟がひどく物思いに沈んでいらしたご様子を思い出して、身投げなさったのではないかと、そこへ考えが及んでいくのでした――
「泣く泣くこの文を開けたれば、『いとおぼつかなさに、まどろまれ侍らぬけにや、今宵は夢にだに、うちとけても見えず、ものにおそはれつつ、心地も例ならずうたて侍るを、なほいとおそろしく、ものへわたらせ給はむことは近かなれど、その程ここに迎へたたえまつりてむ。今日は雨降り侍りぬべければ。』などあり」
――(右近が)泣く泣く母君からのお手紙を開けてみますと、「あなたのことがひどく気懸りで、うとうとすることもできなかったせいか、今夜は夢でさえ貴女に逢えず、何かにうなされては、気分もいつになく悪いのですが、良くないことが起きそうで、京へ移られる日も近いそうですが、それまでの間、私のところへお迎えしましょう。今日は雨が降っていますので、そのうちに」などと書かれています――
「昨夜の御返りをもあけて見て、右近いみじく泣く」
――浮舟が昨夜母君へ書かれたお返事をも開けてみて、右近ははげしく泣くのでした――
「さればよ、心細きことは聞こえ給ひけり、われに、などかいささかのたまふことのなかりけむ、幼かりし程より、つゆ心おかれたてまつることなく、塵ばかり隔てなくてならひたるに、今はかぎりの道にしも、われをおくらかし、けしきをだに見せ給はざりけるがつらきこと、と思ふに、足ずりといふをして泣くさま、若き子どものやうなり」
――やはり、そうだったのか、それであのように心細いことをおっしゃっていたのだ。どうして私に一言でも打ち明けてくださらなかったのだろう。自分は幼い時分から浮舟に隠し事をされた事などなく、ほんのちょっとの分けヘだてもなくお仕え慣れしてきたのに、これが最後の死出の道に限って、私を後に残し、そのけぶりさえお見せにならなかったとは、ほんとうにひどい!と情けなく思うと、足ずりして泣く様子が、まるで子供のようです――
◆9/30~10/8までお休みします。 では10/9に。