永子の窓

趣味の世界

源氏物語を読んできて(1090)

2012年03月31日 | Weblog
2012. 3/31     1090

五十帖 【東屋(あづまや)の巻】 その(61)

「うちとけたる御ありさま、今すこしをかしくて入りおはしたるもはづかしけれど、もて隠すべくもあらで居給へり。女の御装束など、色々によくと思ひてしかさねたれど、すこし田舎びたることもうち交じりてぞ」
――くつろいだ薫のご様子が一段となまめかしく、魅力を湛えて入って来られす。女君は恥かしいながらも身を隠すすべもありませんので、そのまま座っております。女君の装束などは色様々に美しくと思って重ねてありますが、ちょっと田舎くさいところがあって――

「昔のいとなえばみたりし御姿の、あてになめめかしかりしのみ思ひ出でられて、髪のすそのをかしげさなどは、こまごまとあてなり。宮の御髪のいみじくめでたきにもおとるまじかりけり、と見給ふ」
――(薫は)昔の亡き大君の、ごく柔らかくなった衣を着ておられた姿が上品で優雅であったことばかりが思い出されるのでした。しかしこの浮舟のお髪の裾の美しさなどはなかなかに品があります。ふっと、ご立派な女二の宮(北の方)の御髪にも劣らないと、ご覧になっています――

「かつは、この人をいかにもてなしてあらせむとすらむ、ただ今、ものものしげにてかの宮に迎へすゑむも、音聞きびんなかるべし、さりとてこれかれある列にて、おほぞうにまじらはせむは本意なからむ、しばしここに隠してあらむ、と思ふも、見ずばさうざうしかるべく、あはれに覚え給へば、おろかならずかたらひ暮らし給ふ」
――その一方では、この浮舟をこの先どのように扱ったらよいのだろうか。今すぐに晴れがましく支度して三条の宮に迎え据えるのは、外聞が悪い。そうかといって、そこらに手をつけた女達と同列にして、とおり一遍の暮らしをさせるのは好ましくない。しばらくここに隠して置こう、などと思いますにも、遠く離れて逢わずにいては物足りない、責めてここにいる間だけでもと、濃やかに語らい合ってお過ごしになります――

「故宮の御ことものたまひ出でて、昔物語をかしうこまやかに言ひたはぶれ給へど、ただいとつつましげにて、いたみちにはぢたるを、さうざうしう思す。あやまりても、かう心許なきはいとよし、教えつつも見てむ、田舎びたるざれ心もてつけて、品々しからず、はやりかならましかばしも、形代不用ならまし、と思ひ直し給ふ」
――亡き父宮の事なども昔のことを面白おかしく細々と、冗談も交えてお話になりますが、浮舟はただただ恥かしそうに、ひたすらはにかんでばかりいますので、薫は物足りなく思うのでした。この成り行きが間違っていても、もしも、この女君に田舎じみた洒落っ気があって、品悪く軽率だったならば、それこそ大君の身代わりとしては役立つまいから、などと少し思いなおされるのでした――

◆音(おと)聞きびんなかるべし=音聞き(世間の取り沙汰、外聞)、びんなかるべし(都合が悪い)

◆これかれある列(つら)=幾人か居る思い人と同列にして

◆田舎びたるざれ心もてつけて=田舎じみた洒落っ気があって

◆品々しからず=品が悪く

◆はやりかならましかばしも=はやりか・ならましかば・しも=軽率であったならばこそ

では4/1に。


源氏物語を読んできて(1089)

2012年03月29日 | Weblog
2012. 3/29     1089

五十帖 【東屋(あづまや)の巻】 その(60)

「おはし着きて、あはれ亡き魂ややどりて見給ふらむ、誰によりて、かくすずろに惑ひありくものにもあらなくに、と思ひ続け給ひて、下りてはすこし心しらひて立ち去り給へり」
――宇治にお着きになると、ああ、亡き大君の魂がここに宿っていて、このさまをご覧になっておいでだろうか、いったい、他の誰のために自分はこうしてあてもなくさまよい歩くのか、みな大君恋しさのためなのに、と思い続けられて、車を下りますと、少し亡き御方へのお心遣いから、しばらく浮舟の側を立ち去られたのでした――

「女は、母君の思ひ給はむことなど、いと歎かしけれど、艶なるさまに、心深くあはれにかたらひ給ふに、思ひなぐさめて下りぬ。尼君はことさらに下りで、廊にぞ寄するを、わざと思ふべき住ひにもあらぬを、用意こそあまりなれ、と見給ふ」
――女君(浮舟)は、母君がどうお思いになられることかと、溜息も出ますが、薫がいかにも雅やかに思いやり深く、しんみりと話しかけてくださるので、心を慰めて車から下ります。尼君はわざとこちらには降りずに、廊の方へ車を寄せましたので、薫は、わざわざそんな注意をする程の住居でもないのに、弁の君の心遣いは遠慮が過ぎるとご覧になります――

 近くの薫の荘園から、例によって手伝いの人々が大勢集まって来ます。浮舟へのお食膳は尼君の方から差し上げます。道中はこんもりと木深かったけれども、ここは広々としていて、今までの憂欝さもすっかり紛れるような気がしますが、

「いかにもてない給はむとするにか、と、浮きてあやしう覚ゆ」
――(浮舟は)薫の君は私をいったいどうなさるおつもりかしら、と、不安で落ち着かないのでした――

 薫は、京に御文をお書きになります。

「なりあはぬ仏の御飾りなど見給へおきて、今日よろしき日なりければ、いそぎものし侍りて、みだり心地のなやましきに、物忌なりけるを思う給へ出でてなむ、今日明日ここにてつつしみ侍るべき、など、母宮にも姫宮にもきこえ給ふ」
――まだ出来上がらない仏像の御飾りなどを先日見ておきまして、今日は日柄もよいので急に思い立って検分に参りました。ところが気分がよくありません上に、物忌だったことを思い出しまして、今日明日はこちらにて謹慎していようと存じます、などと、母の女三宮へと、北の方の女二の宮へお便りを差し上げます――


◆女は=おんなは、の表現で、昨夜は薫との間に実事があったことを示す。女君も同じ。

では3/31に。

源氏物語を読んできて(1088)

2012年03月27日 | Weblog
2012. 3/27     1088

五十帖 【東屋(あづまや)の巻】 その(59)

「君も見る人はにくからねど、空のけしきにつけても、来し方の恋しさまさりて、山深く入るままにも、霧立ちわたる心地し給ふ。うちながめてより居給へる、袖のかさなりながら、長やかに出でたりけるが、川霧に濡れて、御衣のくれにゐなるに、御直衣の花のおどろおどろしう移りたるを、おとしがけの高きところに見つけて、引き入れ給ふ」
――薫も目の前の浮舟をいとしくはありますが、昔ながらの空の景色を見るにつけても、過ぎし日々が恋しくて、山深く分け入るにつれて目の前が涙でかすむ心地がなさいます。物思いに沈んで物に寄りかかっておられるその袖が、御衣に重なって長々と外にこぼれ出ていますのが川霧で濡れて、その御衣が紅なので、御直衣の縹色(はなだいろ)が喪服のようにひどく色変わりして見えますのを、車が道の窪みから急に登るときに見つけられて、内に引き入れなさる――

「薫の(歌)『かたみにぞ見るにつけてはあさつゆのところせきまでぬるる袖かな』と、心にもあらずひとりごち給ふを聞きて、いとどしぼるばかり、尼君の袖も泣きぬらすを、若き人、あやしう見ぐるしき世かな、心ゆく道に、いとむつかしきこと添ひたる心地す」
―薫の歌「浮舟を大君の形見と思いつつ行く道すがら、この袖は川霧と涙でしっとりを濡れることよ」と、思わずひとり言をおっしゃいます。それを聞いて尼君の袖もひとしお絞るばかりに濡れるのでした。若い侍従は訳が分からず、良き門出だというのに、縁起の悪いことと思っているようで、気の晴れる旅なのに、何か厄介なことが加わったような気がするのでした――

「しのびがたげなる鼻すすりを聞き給ひて、われもしのびやかにうちかみて、いかが思ふらむ、といとほしければ、『あまたの年ごろ、この道を行き交ふ度かさなるを思ふに、そこはかなくものあはれなるかな。すこし起き上がりて、この山の色も見給へ。いとうもれたりや』としひてかき起し給へば、をかしき程にさし隠して、つつましげに見出だしたるまみなどは、いとよく思ひ出でらるれど、おいらかにあまりおほどき過ぎたるぞ、心もとなかめる」
――弁の君が堪え難そうに鼻をすするのをお聞きになりますと、薫もこっそりと鼻をかみながら、浮舟はこの様子をどう思っているのかと可哀そうなので、『長い年月を、この道を何度も行ったり来たりしたことを思いますと、何ということもなく物のあわれを感じるのですよ。少し起き上がって、この山の景色を御覧なさい。たいそう沈み込んでいますね』と言って、無理にもお起しになりますと、ほどほどに扇でお顔を隠して、恥かしそうに外を眺めている目もとなどが、実によく亡き大君に似ていると思い出されるのでした。けれども一方では、この浮舟は、穏かすぎて鷹揚でもあり、それが頼りなく思われるのでした――

「いといたう児めいたるものから、用意の浅からずものし給ひしはや、となほゆく方なき悲しさは、むなしき空にも満ちぬべかめり」
――(大君は)非常に幼げなところもおありになったけれど、お心遣いは奥ゆかしいまでに行き届いていらっしゃったことだった、などと、持って行き場のない悲しさは、今にも果てしない虚空に満ちてしまいそうな気がするのでした――

◆むなしき空にも満ちぬ=古今集「わが恋はむなしき空に満ちぬらし思ひやれども行く方もなし」

では3/29に。


源氏物語を読んできて(1087)

2012年03月25日 | Weblog
2012. 3/25     1087

五十帖 【東屋(あづまや)の巻】 その(58)

 尼君はまた、

「こたみはえ参らじ。宮の上きこし召さむこともあるに、しのびて行きかへり侍らむも、いとうたてなむ」
――この度のお供はできません。匂宮の北の方(中の君)がお耳になさる手前もありますのに、こっそり行き帰りいたしますのも、大そう具合の悪いことです――

 と、申し上げます。薫はまだその時でもないのに、中の君にこの事をお聞かせもうすのも気恥ずかしく思われて、

「『それは後にも罪さり申し給ひてむ。かしこもしるべなくては、たづきなき所を』をせめてのたまふ。『人一人や侍るべき』とのたまへば、この君に添ひたる侍従と乗りぬ。乳母、尼君の供なりし童などもおくれて、いとあやしき心地して居たり」
――「その事なら、後でお詫び申されても済むでしょう。これから行く宇治も案内者が居なくては頼りない山里なのだから」と強くおっしゃいます。「誰か一人お供をするように」と仰せられますので、いつも姫君のお側に付き添っている侍従というのが、尼君と共に車に乗り込みました。乳母や尼君のお供をしてきた童などは、後に取り残されて、狐にでも化かされたようにぼんやりしています――

「近き程にや、と思へば、宇治へおはするなりけり。牛などひき替ふべき心設けし給へりけり。河原過ぎ法性寺のわたりおはしますに、夜は明けはてぬ。若き人はいとほのかに見たてまつりて、めできこえて、すずろに恋ひたてまつるに、世の中のつつましさも覚えず」
――行く先は近い所かと思っていますと、宇治へいらっしゃるのでした。遠方なので牛車の牛なども替わりを立てるような用意をしておられました。賀茂の河原を過ぎ、法性寺(ほっしょうじ)のあたりにさしかかった頃、夜がすっかり明けてしまいました。若い侍従は薫大将をほのかに拝見してからというもの、何とご立派な御方であろうと、ひたすらお慕わしく思うので、世間の思惑など気にならないのでした――

「君ぞ、いとあさましきに物も覚えで、うつぶし臥したるを、『石高きわたりは苦しきものを』とて、抱き給へり」
――浮舟は、あまりのことに夢うつつで、うつ伏しておいでになるのを、薫は「道路に石のごろごろしているところは、辛いでしょう」と抱いておあげになります――

「羅の細長を、車の中に引きへだてたれば、はなやかにさし出でたる朝日影に、尼君はいとはしたなく覚ゆるにつけて、故姫君の御供にこそ、かやうにも見たてまつりつべかりしか、在り経れば思ひかけぬことも見るかな、と悲しう覚えて、つつむとすれどうちひそみつつ泣くを」
――羅(うすもの)の細長を車の中に下げて仕切りにしてありますので、朝日の光がはなやかに差し込んできますのを、尼君は大そうきまり悪く思いながら、亡き大君のお供でこそ、こうして大将の君をお見上げしたかったのに、長生きをしていると思いがけない目にも遭うものだと悲しくもあって、こらえようとしてもつい泣き顔になって、涙のこぼれるのを――

「侍従はいとにくく、物のはじめにかたち異にて乗り添ひたるをだに思ふに、何ぞかくいやめなる、と、にくくをこにも思ふ。老いたる者は、すずろに涙もろにあるものぞ、と、おろそかにうち思ふなりけり」
――侍従は忌々しがって、せっかくのお目出度い結婚の初めに、尼姿でお供をしているのさえ不吉だと思うのに、なぜこんなに泣いたりするのかと、憎らしくも愚かしくも思うのでした。年寄りは訳もなくすぐ涙を流すものだと、うわべだけの考えで思うのでした――

◆羅(ら)=うすぎぬ=薄く織った絹布、

◆にくくをこにも思ふ=憎く痴こにも=憎らしく愚かな事だと思う

では3/27に。

源氏物語を読んできて(1086)

2012年03月23日 | Weblog
2012. 3/23     1086

五十帖 【東屋(あづまや)の巻】 その(57)

「かの人形の願ものたまはで、ただ、『おぼえなきもののはざまより見しより、すずろに恋しきこと、さるべきにやあらむ、あやしきまでぞ思ひ聞こゆる』とぞかたらひ給ふべき。人のさまいとらうたげにおほどきたれば、見おとりもせず、いとあはれとおぼしけり」
――(薫は)あの亡き御方の身代わりというようなことはおっしゃらず、ただ「思いがけない物陰からあなたを見て以来、分けもなく恋しいのは、何かの因縁でしょう。ただ事とは思われずお慕い申しています」とでもお話なさったことでしょうか。浮舟のご様子が大そう可愛らしくおっとりとしていますので、思ったよりも見劣りすることもなく、心からいとしいと思うのでした――

「程もなう明けぬる心地するに、鶏などは鳴かで、大路近き所に、おほどれたる声して、いかにとか聞きも知らぬ名のりをして、うち群れて行くなぞきこゆる。かやうの朝ぼらけに見れば、物いただきたる者の、鬼のやうなるぞかし、と聞き給ふも、かかる蓬のまろ寝にならひ給はぬ心地もをかしくもありけり」
――間もなく夜があけたようですが鶏などは鳴かず、大通りに近いので、締りのない声で何と言っているのか聞いた事もない妙な声を張り上げて、群がって行くのが見えます。こうした朝早くに見ますと、物を頭に載せて行く者たちは、まるで鬼のように見えるものだとお聞きになるにつけても、このような蓬の宿の転び寝(まろびね)に馴れておいでにならないお気持には、面白くも思われるのでした――

「宿直人も門あけて出づる音す。おのおの入りて臥しなどするを聞き給ひて、人召して、車妻戸に寄せさせ給ふ。かき抱きて乗せ給ひつ。誰も誰も、あやしう、あへなきことを思ひ騒ぎて、『九月にもありけるを、心憂のわざや、いかにしつることぞ』と嘆けば…」
――宿直人も門を開けて帰っていく音がします。めいめい自分の寝所に入って休むらしい様子をお聞きになって、薫は人を召して車を妻戸に寄せさせ、浮舟をかき抱いて車にお乗せになりました。誰もが皆あまりのことにお止め立てする術もなく、ただうろたえて、「今月は縁組を忌む九月でもありますのに、困ったことですね。どうしましょう」と歎き合っています――

 弁の君も、浮舟がお気の毒で、意外な事の成り行きとは思いますが、

「『おのづから思すやうあらむ。うしろめたうな思ひ給ひそ。九月は明日こそ節分と聞きしか]と言ひなぐさむ。今日は十三日なりけり」
――「きっと薫の君には、何かお考えがおありなのでございましょう。九月といっても明日がその季節に入る日だと聞きましたよ」と言って慰めています。今日は十三日なのでした――

◆おほどれたる声=締りがない声、乱れた声。

◆まろ寝=転び寝(まろびね)

では3/25に。

源氏物語を読んできて(1085)

2012年03月21日 | Weblog
2012. 3/21     1085

五十帖 【東屋(あづまや)の巻】 その(56)

「宿直人のあやしき声したる、夜行うちして、『家の辰巳の隅のくづれいとあやふし。この、人の御車入るべくは、引き入れて御門さしてよ。かかる、人の供人こそ、心はうたてあれ』など言ひ合へるも、むくむくしく聞きならはぬ心地し給ふ。『佐野のわたりに家もあらなくに』など口ずさびて、鄙びたる簀子の端つ方に居給へり」
――宿直人(とのいびと)の妙に東国訛りのある者が夜回りをして、「家の東南の隅の崩れた所がはなはだ不用心です。この御車は入れるものなら入れてしまって、ご門を閉めてくださいよ。こういうお客は実際気が利かないものだ」などと言い合っているのも、薫のお心には気味悪く、耳馴れない心地がなさいます。「佐野のわたりに家もあらなくに。困った雨だ」などと、小声で口ずさんで、鄙びた簀子(すのこ)の端の方に座っておいでになります――

薫の歌「さしたむるむぐらやしげき東屋のあまりほどふる雨そそぎかな」
――(歌)出入りを塞ぐ葎(むぐら)が繁ってでもいるのでしょうか。家の戸口で私はあまりにも長く、降り注ぐ雨を受けて待つことですね――

 と、降りかかる雨をちょっと掃われますと、その袖の香が風に乗って、芳しく漂いますので、東国育ちの田舎人たちも、さぞ驚いたことでしょう。

「とざまかうざまにきこえのがれむ方なければ、南の廂に御座引きつくろひて、入れたてまつる。心やすくしも対面し給はぬを、これから押し出でたり」
――何やかやと口実を設けて薫をお帰し申すすべもありませんので、南の廂の間に御座所をご用意してお入れ申し上げます。浮舟がなかなか気軽にはお逢いになろうとなさらないので、女房たちが無理やりにそちらへ押し出してさしあげます――

「遣戸といふもの鎖して、いささか開けたれば、『飛騨の匠もうらめしき隔てかな。かかる物の外には、まだ居ならはず』と憂へ給ひて、いかがし給ひけむ、入り給ひぬ。
――遣戸というものを間に立てて、お話ができるようにほんの少し開けてあります。「作った飛騨の匠さえ、恨めしい仕切りですね。こういう隔ての外に座らせられたことなど、まだありません」と愚痴をこぼしていらっしゃいましたが、どうしたものか、いつの間にか滑り入ってしまわれました――

では3/23に。


源氏物語を読んできて(1084)

2012年03月19日 | Weblog
2012. 3/19     1084

五十帖 【東屋(あづまや)の巻】 その(55)

「宵うち過ぐる程に、宇治より人参れり、とて、門しのびやかにうちたたく。さにやあらむ、と思へど、弁あかさせたれば、車をぞ引き入るるなる」
――宵を過ぎた頃に、「宇治から参上しました」と言って、門をそっと叩く者がおります。大将の君からのお使いではないかと思い、尼君が開けさせたところ、そのまま車を門内に引き入れた様子です――

 乳母などが、不審に思っていますが、

「『尼君に対面たまはらむ』とて、この近き御庄のあづかりの、名乗りをせさせ給へれば、戸口にゐざり出でたり。雨すこしうちそそぐに、風はいと冷やかに吹き入りて、言ひ知らず薫り来れば、かうなりけり、と、誰も誰も心ときめきしぬべき御けはひをかしければ、用意もなくあやしきに、まだ思ひあへぬ程なれば、心騒ぎて、『いかなることにかあらむ』と言ひ合へり」
――「尼君にお目にかかりたい」と言って、宇治の近くの薫大将の荘園の支配人の名を名乗るので、尼君は戸口にいざり出ます。雨がぱらぱらと降りかかり、風がひんやりと吹きこみ、それと一緒に言いようもなくよい薫りが漂ってきましたので、やはり薫ご自身がお見えになったのだと、誰もが胸をときめかさずにはいられません。そのご様子がいかにも艶めかしいのに、突然のこととて、こちらは何の用意もなくむさくるしい上に、まだ何のためにお出でになったのかもよく分かりませんので、どうお返事申し上げてよいものかと、人々は一層胸騒ぎがして「どういうことなのでしょうか」と言い合っています――

「『心やすき所にて、月ごろ思ひあまることもきこえさせむとてなむ』と言はせ給へり。いかにきこゆべきことにか、と、君は苦しげに思ひて居給へれば、乳母見ぐるしがりて、『しかおはしましたらむを、立ちながらやは返したてまつり給はむ。かの殿こそ、かくなむ、としのびてきこえめ、近き程なれば』といふ」
――「気兼ねのいらない所で、この間から思いあまっていたことを、お話申し上げたいと思いまして」と薫が弁の君を介して浮舟にお言わせになります。何とご挨拶申してよいやらと、浮舟が困っておいでになりますのを、乳母が見るに見かねて『折角こうしてお出でになりましたものを、立ったまま(お請じ入れもせず)お帰し申しあげられましょうか。ご本邸にだけはこれこれと、内々にお知らせ申しましょう。近い所ですから』といいます――

 尼が、

「うひうひしく、などてかさはあらむ。若き御どち物きこえ給はむは、ふとしもしみつくべくもあらぬを、あやしきまで、心のどかにもの深うおはする君なれば、よも人のゆるしなくて、うちとけ給はじ」
――世なれぬこと、どうしてそんな必要がありましょう。お若い同志がお話申されるのは、すぐにそう心に沁みつきそうもありませんものを。薫の君は不思議なほどお気持のゆったりした、分別もおありになるお方でいらっしゃいますから、まさか、お相手の承諾なく不躾に馴れ馴れしいことはなさいますまいに――

 などと、言っておりますうちに雨が次第に降り出して、空がいっそう暗くなってきました。

では3/21に。

源氏物語を読んできて(1083)

2012年03月17日 | Weblog
2012. 3/17     1083

五十帖 【東屋(あづまや)の巻】 その(54)

「のたまひしまだつとめて、むつまじくおぼす下の侍一人、顔知らぬ牛飼ひつくり出でてつかはす。庄の者どもの田舎びたる召し出でつつ『つけよ』とのたまふ」
――約束された日の未明に、気心の知れた下仕えの侍一人に、顔も知られていない牛飼いの男をつけて、宇治へお遣わしになります。荘園の者達で、田舎風なのを召し出して、「弁の車に付き添わせよ」とお申しつけになりました――

「必ず出づべくのたまへりければ、いとつつましく苦しけれど、うちけそうじつくろひて乗りぬ。野山のけしきを見るにつけても、いにしへよりの故ごとども思ひ出でられて、ながめ暮してなむ来着ける」
――是非京に上るようにと、薫からおっしゃられましたので、弁の君はたいそう極まり悪く気づまりでしたが、化粧をし身繕いをして車に乗りました。道々の野山の景色をながめていますと、昔からの古い出来事があれこれと心に浮かび、物思いにふけりつつ京に着きました――

「いとつれづれに人目も見えぬ所なれば引き入れて『かくなむ参り来つる』と、しるべの男して言はせたれば、初瀬の供にありし若人、出で来ておろす」
――浮舟の侘び住まいは、ひどくひっそりとして人の出入りもないところですので、心安く車を門内に入れて「これこれの次第で参上しました」と案内の男に取り次ぎを頼みますと、初瀬詣での折に供をしていた若い女房が出て来て、尼君を車から降ろします――

「あやしき所にながめ暮しあかあすに、昔語もしつべき人の来たれば、うれしくて呼び入れ給ひて、親ときこえける人の御あたりの人と思ふに、むつまじきなるべし」
――浮舟がこのようなみすぼらしい所にわびしく暮らしております折から、昔語りもすることができる人が訪れましたので、嬉しくて招き入れてお会いになります。弁の君は御父とお思い申した八の宮にお仕えした人だと思いますと、親しい気がするのでしょう――

 尼君が、

「あはれに、人知れず、見たてまつりし後よりは、思ひ出できこえぬ折りなけれど、世の中かばかり思ひ給へ棄てたる身にて、かの宮にだに参り侍らぬを、この大将殿の、あやしきまでのたまはせしかば、思ひ給へおこしてなむ」
――いつぞや、初瀬詣での中宿りの折、人知れずお目にかかりましてからは、思い出さない時とてございませんでしたが、この世を、これほどまで棄ててしまいました身で、今は兵部卿の宮(中の君の二条院)の御殿にさえ参上いたしませんのに、あの薫大将殿がしきりに仰せになりますので、心を引き立てて参りました――

 と、申し上げます。

「君も乳母も、めでたしと見置ききこえてし人の御さまなれば、忘れにさまにのたまふらむもあはれなれど、にはかにかくおぼしたばかるらむ、とは思ひも寄らず」
――浮舟も乳母も素晴らしいとお見上げ申した薫のご様子なので、薫が浮舟をお忘れではない風におっしゃられるのも身に沁みて思いますが、突然このような計画をめぐらされようとは、思いもよらないことでした――

◆(のたまひし)まだつとめて=まだ(いまだ)つとめて(朝)=約束の日の未明に

では3/19に。


源氏物語を読んできて(1082)

2012年03月15日 | Weblog
2012. 3/15     1082

五十帖 【東屋(あづまや)の巻】 その(53)

 弁の君は、面倒なことだ、どういうおつもりかしら、とは思いますものの、大将殿は思慮もなく軽はずみなことは決してなさらないご性質ではありますし、ご自身のためにも、世間体としても、差し障ることは慎まれるに違いないと思って、

「さらば承りぬ。近き程にこそ。御文などを見せさせ給へかし。ふりはへさかしらめきて、心しらひのやうに思はれ侍らむも、今更に伊賀姥にや、と、つつましくてなむ」
――それでは承知いたしました。浮舟の隠れ家はあなた様の御邸(三条宮)に近い所でございますよ。あらかじめ御文などをおやりくださいませ。私が殊更利口ぶって、進んでお取り持ちでもするように思われますのも、今更伊賀姥(いがたうめ)の類になりはせぬかと恥かしうございます――

 と申し上げます。薫は、

「文はやすかるべきを、人の物言ひいとうたてあるものなれば、『右大将は、常陸の守の女をなむよばふなる』なども、とりなしてむをや。その守のぬし、いと荒々しげなめり」とのたまへば、うち笑ひて、いとほし、と思ふ」
――文をやるのは容易いことだが、人の口ははなはだうるさいものだから、「薫右大将は常陸の介風情の娘に求婚するそうだ」などと取り沙汰されかねない。その常陸の介とやらは、気の荒い男というではないか。とおっしゃるので、尼君は笑いながら、細かい心遣いをなさる薫をおいたわしいと思うのでした――

 暗くなりましたので、薫は山荘をお出ましになります。

「下草のをかしき花ども、紅葉など折らせ給ひて、宮に御らんぜさせ給ふ」
――木の下草の風情ある花々や紅葉を折らせて、女二の宮へのお土産になさいます――

「かひなからずおはしぬべけれど、かしこまり置きたる様にて、いたうも馴れきこえ給はずぞあめる。内裏より、ただの親めきて、入道の宮にもきこえ給へば、いとやむごとなき方はかぎりなく思ひきこえ給へり。こなたかなたとかしづききこえ給ふ宮仕へに添へて、むつかしき私の心添ひたるも、苦しかりけり」
――(薫の御態度は)女二の宮に対して、決してよそよそしいというのではありませんが、薫がもっぱら敬いあがめておいでのご様子で、お二人はあまり打ち解けてはおられないようです。帝から普通の親のように、女三宮(薫の母君)にもお頼み申されますので、ただただこの上もない正夫人としてお扱い申し上げています。こうしてあちらこちらへの気遣いに加えて、この度また煩わしい浮舟への恋心が添うてきましたのは、何とも気苦労なことです――

◆ふりはへさかしらめきて=(ふりはへ=わざわざ、ことさらに)(さかしら=賢い)=ことさらに利口ぶって

◆伊賀姥(いがたうめ)=伊賀のキツネで、キツネは人を化かす

では3/17に。