2012. 3/31 1090
五十帖 【東屋(あづまや)の巻】 その(61)
「うちとけたる御ありさま、今すこしをかしくて入りおはしたるもはづかしけれど、もて隠すべくもあらで居給へり。女の御装束など、色々によくと思ひてしかさねたれど、すこし田舎びたることもうち交じりてぞ」
――くつろいだ薫のご様子が一段となまめかしく、魅力を湛えて入って来られす。女君は恥かしいながらも身を隠すすべもありませんので、そのまま座っております。女君の装束などは色様々に美しくと思って重ねてありますが、ちょっと田舎くさいところがあって――
「昔のいとなえばみたりし御姿の、あてになめめかしかりしのみ思ひ出でられて、髪のすそのをかしげさなどは、こまごまとあてなり。宮の御髪のいみじくめでたきにもおとるまじかりけり、と見給ふ」
――(薫は)昔の亡き大君の、ごく柔らかくなった衣を着ておられた姿が上品で優雅であったことばかりが思い出されるのでした。しかしこの浮舟のお髪の裾の美しさなどはなかなかに品があります。ふっと、ご立派な女二の宮(北の方)の御髪にも劣らないと、ご覧になっています――
「かつは、この人をいかにもてなしてあらせむとすらむ、ただ今、ものものしげにてかの宮に迎へすゑむも、音聞きびんなかるべし、さりとてこれかれある列にて、おほぞうにまじらはせむは本意なからむ、しばしここに隠してあらむ、と思ふも、見ずばさうざうしかるべく、あはれに覚え給へば、おろかならずかたらひ暮らし給ふ」
――その一方では、この浮舟をこの先どのように扱ったらよいのだろうか。今すぐに晴れがましく支度して三条の宮に迎え据えるのは、外聞が悪い。そうかといって、そこらに手をつけた女達と同列にして、とおり一遍の暮らしをさせるのは好ましくない。しばらくここに隠して置こう、などと思いますにも、遠く離れて逢わずにいては物足りない、責めてここにいる間だけでもと、濃やかに語らい合ってお過ごしになります――
「故宮の御ことものたまひ出でて、昔物語をかしうこまやかに言ひたはぶれ給へど、ただいとつつましげにて、いたみちにはぢたるを、さうざうしう思す。あやまりても、かう心許なきはいとよし、教えつつも見てむ、田舎びたるざれ心もてつけて、品々しからず、はやりかならましかばしも、形代不用ならまし、と思ひ直し給ふ」
――亡き父宮の事なども昔のことを面白おかしく細々と、冗談も交えてお話になりますが、浮舟はただただ恥かしそうに、ひたすらはにかんでばかりいますので、薫は物足りなく思うのでした。この成り行きが間違っていても、もしも、この女君に田舎じみた洒落っ気があって、品悪く軽率だったならば、それこそ大君の身代わりとしては役立つまいから、などと少し思いなおされるのでした――
◆音(おと)聞きびんなかるべし=音聞き(世間の取り沙汰、外聞)、びんなかるべし(都合が悪い)
◆これかれある列(つら)=幾人か居る思い人と同列にして
◆田舎びたるざれ心もてつけて=田舎じみた洒落っ気があって
◆品々しからず=品が悪く
◆はやりかならましかばしも=はやりか・ならましかば・しも=軽率であったならばこそ
では4/1に。
五十帖 【東屋(あづまや)の巻】 その(61)
「うちとけたる御ありさま、今すこしをかしくて入りおはしたるもはづかしけれど、もて隠すべくもあらで居給へり。女の御装束など、色々によくと思ひてしかさねたれど、すこし田舎びたることもうち交じりてぞ」
――くつろいだ薫のご様子が一段となまめかしく、魅力を湛えて入って来られす。女君は恥かしいながらも身を隠すすべもありませんので、そのまま座っております。女君の装束などは色様々に美しくと思って重ねてありますが、ちょっと田舎くさいところがあって――
「昔のいとなえばみたりし御姿の、あてになめめかしかりしのみ思ひ出でられて、髪のすそのをかしげさなどは、こまごまとあてなり。宮の御髪のいみじくめでたきにもおとるまじかりけり、と見給ふ」
――(薫は)昔の亡き大君の、ごく柔らかくなった衣を着ておられた姿が上品で優雅であったことばかりが思い出されるのでした。しかしこの浮舟のお髪の裾の美しさなどはなかなかに品があります。ふっと、ご立派な女二の宮(北の方)の御髪にも劣らないと、ご覧になっています――
「かつは、この人をいかにもてなしてあらせむとすらむ、ただ今、ものものしげにてかの宮に迎へすゑむも、音聞きびんなかるべし、さりとてこれかれある列にて、おほぞうにまじらはせむは本意なからむ、しばしここに隠してあらむ、と思ふも、見ずばさうざうしかるべく、あはれに覚え給へば、おろかならずかたらひ暮らし給ふ」
――その一方では、この浮舟をこの先どのように扱ったらよいのだろうか。今すぐに晴れがましく支度して三条の宮に迎え据えるのは、外聞が悪い。そうかといって、そこらに手をつけた女達と同列にして、とおり一遍の暮らしをさせるのは好ましくない。しばらくここに隠して置こう、などと思いますにも、遠く離れて逢わずにいては物足りない、責めてここにいる間だけでもと、濃やかに語らい合ってお過ごしになります――
「故宮の御ことものたまひ出でて、昔物語をかしうこまやかに言ひたはぶれ給へど、ただいとつつましげにて、いたみちにはぢたるを、さうざうしう思す。あやまりても、かう心許なきはいとよし、教えつつも見てむ、田舎びたるざれ心もてつけて、品々しからず、はやりかならましかばしも、形代不用ならまし、と思ひ直し給ふ」
――亡き父宮の事なども昔のことを面白おかしく細々と、冗談も交えてお話になりますが、浮舟はただただ恥かしそうに、ひたすらはにかんでばかりいますので、薫は物足りなく思うのでした。この成り行きが間違っていても、もしも、この女君に田舎じみた洒落っ気があって、品悪く軽率だったならば、それこそ大君の身代わりとしては役立つまいから、などと少し思いなおされるのでした――
◆音(おと)聞きびんなかるべし=音聞き(世間の取り沙汰、外聞)、びんなかるべし(都合が悪い)
◆これかれある列(つら)=幾人か居る思い人と同列にして
◆田舎びたるざれ心もてつけて=田舎じみた洒落っ気があって
◆品々しからず=品が悪く
◆はやりかならましかばしも=はやりか・ならましかば・しも=軽率であったならばこそ
では4/1に。