蜻蛉日記 中卷 (94) 2016.1.29
「かくて八月になりぬ。二日の夜さりがた、にはかに見えたり。あやしと思ふに、『あすは物忌みなるを、門つよく鎖させよ』など、うち言ひ散らす。いとあさましくものの沸くやうにおぼゆるに、これさし寄りかれひき寄せ、『念ぜよ念ぜよ』と耳おしそへつつまねささめきまとはせば、我か人かのおれ物にて向かひゐたれば、むげに屈じはてにたりと見えけむ。またの日も日暮らしいふこと、『我がこころの違はぬを、人の悪しう見なして』とのみあり。いといふかひなし。
◆◆こうして八月になりました。二日の夜分にあの人が急に訪れたのでした。変なことだと思っていると、「明日は物忌みだから、門をしっかり閉めさせよ」などと言い散らかしています。まったくあきれて、胸が煮え返るような気持ちでいますと、だれかれと無く侍女を引き寄せては、
「我慢するのだぞ、我慢我慢」などと、耳元へ口を寄せて、私の口癖のまねをして、ささやき回り、困惑させているので、私はあっけにとられて馬鹿のように向かい合って座っていましたが、それはきっと愚か者に見えたことだったでしょう。次の日も一日中あの人が言うことは、「私は心変わりをしないのに、あなたは私を悪くばかり考えて…」とばかり。まったくどうしようもない、あきれたことでした。◆◆
■物忌み=ものいみの時は、門を閉ざして謹慎し、人に会わない。
■ものの沸くやうに=湯が沸騰するように怒りがこみ上げるさま。本来の愛情ある訪問ではなく。
物忌みに利用されたことへの、作者の怒り。
■おれ物=おろか者、間抜け。
■わがこころの違はぬを=脛に傷持つ兼家は、作者のもとへ来にくい。しかし一方の北の方であり、作者を捨てる気持ちは毛頭ないので、たまには訪れなくてはならない。物忌みに事寄せて、照れ隠しで狂態を演じたり、兼家の性格が見える。
「かくて八月になりぬ。二日の夜さりがた、にはかに見えたり。あやしと思ふに、『あすは物忌みなるを、門つよく鎖させよ』など、うち言ひ散らす。いとあさましくものの沸くやうにおぼゆるに、これさし寄りかれひき寄せ、『念ぜよ念ぜよ』と耳おしそへつつまねささめきまとはせば、我か人かのおれ物にて向かひゐたれば、むげに屈じはてにたりと見えけむ。またの日も日暮らしいふこと、『我がこころの違はぬを、人の悪しう見なして』とのみあり。いといふかひなし。
◆◆こうして八月になりました。二日の夜分にあの人が急に訪れたのでした。変なことだと思っていると、「明日は物忌みだから、門をしっかり閉めさせよ」などと言い散らかしています。まったくあきれて、胸が煮え返るような気持ちでいますと、だれかれと無く侍女を引き寄せては、
「我慢するのだぞ、我慢我慢」などと、耳元へ口を寄せて、私の口癖のまねをして、ささやき回り、困惑させているので、私はあっけにとられて馬鹿のように向かい合って座っていましたが、それはきっと愚か者に見えたことだったでしょう。次の日も一日中あの人が言うことは、「私は心変わりをしないのに、あなたは私を悪くばかり考えて…」とばかり。まったくどうしようもない、あきれたことでした。◆◆
■物忌み=ものいみの時は、門を閉ざして謹慎し、人に会わない。
■ものの沸くやうに=湯が沸騰するように怒りがこみ上げるさま。本来の愛情ある訪問ではなく。
物忌みに利用されたことへの、作者の怒り。
■おれ物=おろか者、間抜け。
■わがこころの違はぬを=脛に傷持つ兼家は、作者のもとへ来にくい。しかし一方の北の方であり、作者を捨てる気持ちは毛頭ないので、たまには訪れなくてはならない。物忌みに事寄せて、照れ隠しで狂態を演じたり、兼家の性格が見える。