永子の窓

趣味の世界

枕草子を読んできて(123)

2019年09月21日 | 枕草子を読んできて
110  二月つごもり、風いたく吹きて(123) 2019.9.21

 二月つごもり、風いたく吹きて、空いみじく黒きに、雪すこしうち散るほど、黒戸に主殿寮来て、「かうして候ふ」と言へば、寄りたるに、「公任の君、宰相の中将殿」とあるを見れば、懐紙、ただ、
すこし春ある心地こそすれ
とあるは、げに今日のけしきに、いとようあひたるを、これが本はいかがつくべからむと思ひわづらひぬ。「たれたれか」と問へば、「それそれ」と言ふに、みなはづかしき中に、宰相中将の御いらへをば、いかが事なしびに言ひ出でむと心ひとつに苦しきを、御前に御覧ぜさせむとすれども、うへもおはしまして、御とのごもりたり。
◆◆二月の末、風がひどく吹いて、空が真っ黒で、雪が少しちらつくころ、黒戸に主殿寮(とのもりづかさ)の男が来て、「こうしてお伺いしております」と言うので、私が近寄ると「公任の君、宰相の中将殿のお手紙」ということで持ってきているのを見ると、懐紙に、ただ、
 「少し春があるような気がする」
と書いてあるのは、なるほど今日の空模様に、とてもうまく合っているのを、この上の句はどう付けたら良いだろうと思案にくれてしまう。「どなたたちか」と同席の方をたずねると、「これこれの方々」と言うのに、みな恥ずかしいほど立派な方々の中で、宰相の中将への御応答は、どうしていい加減に言い出せようかと、自分の心ひとつで苦しいので、中宮様の御前にご覧に入れようとするけれども、主上もおいであそばして、御寝あそばしていらっしゃる。◆◆

■「かうして候ふ」=現代の「ごめんください」という挨拶にあたる。
■「公任の君、宰相の中将殿」=「公任の宰相殿の」に従う。


 主殿寮は、「とくとく」と言ふ。げにおそくさへあらむは、取り所なければ、「さはれ」とて、
  空寒み花にまがへて散る雪に
と、わななくわななく書きて取らせて、いかが見たまふらむと思ふにわびし。これが事を聞かばやと思ふに、そしられたらば聞かじとおぼゆるを、「俊賢の中将など、『なほ内侍に申してなさむ』と定めたまひし」とばかりぞ、右兵衛佐中将にておはせし、語りたまひし。
◆◆主殿寮の男は、「早く、早く」と言う。いかにもこれ以上遅くあっては、取り柄がないので、「まあ、それでは」というわけで、
 「空が寒いので花に見まぐばかりに散る雪に」
と、震え震え書いて渡して、どうご覧になっておいでかと思うと、心細い。これの評判を聞きたいと思うのに、
そうでなかったなら聞きたくないという感じになるのを、「俊賢(としかた)の中将などが、『やはり内侍にと任命をお願い申し上げて、内侍にしよう』と評定なさったよ」とだけ、右兵衛の佐の、そのころ中将でおいでになった方が、お話になった。◆◆

■俊賢(としかた)の中将=源俊賢。西宮の左大臣源高明の三男。長保六年(1004)正月権中納言。のち権大納言に至る。長保三年(1001)八月から右近中将を兼ねているが、この当時の呼称としては疑わしい。



枕草子を読んできて(122)

2019年09月09日 | 枕草子を読んできて
109   殿上より (122) 2019.9.9

 殿上より、梅の花の散りたるに、その詩を誦して、黒戸に殿上人いとおほくゐたるを、うへの御前きかせおはしまして、「よろしき歌などよみたらむよりも、かかる事はまさりたりかし。よういらへたり」と仰せらる。
◆◆殿上の間から、梅の花が散っているのに、(以下脱文があるか?)その詩を誦んじて、黒戸に殿上人がとてもたくさん座っているのを、主上がお聞きあそばしていらっしゃって、「並み一通りの歌などを詠んでいようのよりも、こういうことはずっと優れていることだね。うまく応答したことだ」と仰せになる。◆◆
   
■その詩=「その詩」は何を指すか分からない。

■黒戸=清涼殿の北の廊にある戸。ここはその戸のある部屋。