永子の窓

趣味の世界

源氏物語を読んできて(342)

2009年03月31日 | Weblog
09.3/31   342回

三十一帖【真木柱(まきばしら)の巻】 その(13)

 玉鬘への御文は、

「よべ、にはかに消え入る人の侍りしにより、雪の気色もふり出で難く、やすらひ侍りしに、身さへ冷えてなむ。御心をばさるものにて、人いかに取りなし侍りにけむ」
――昨夜は、急に気を失った人がいました上に、雪が降りだして出掛けにくくおりましたら、体も冷えまして。貴女はもちろんのこと、周りの方々がどう思われましたかと気にかかりまして――

大将の歌、
「心さへ空にみだれし雪もよにひとりさえつるかたしきの袖」
――心までうわの空に乱れた大雪に、私は淋しく一人寝をしました――

 と、書かれました書体はどっしりとして、字は大変上品です。漢学にすぐれておいでで、白い紙にたいそう真面目に書かれております。尚侍の君は、

「夜がれを何とも思されぬに、かく心ときめきし給へるを見も入れ給はねば、御返しなし。男胸つぶれて、思ひくらし給ふ」
――(玉鬘は)髭黒大将が通って来られないことを、何とも思っていませんので、大将がこのように胸を焦がして心配してのお文へも、見向きもされず、ご返事もお書きになりません。大将はお返事の無いのに気落ちして、沈み暮らしていらっしゃる――

 あれからの北の方は、お身体が優れず、御修法(みずほう)などおさせになります。髭黒の大将は、心の中で、せめても当分の間正気でいて欲しいと願っておいでです。北の方のかつての可憐なご様子を知らなかったならば、とうてい我慢できそうもない気味悪さよ、と困っておいでです。

 暮れてきました頃、大将は急いで玉鬘の許にお出でになろうと、

「御装束の事なども、めやすくもてなし給はず、世にあやしう、うちあはぬさまにのみむつかり給ふを、鮮やかなる御直衣なども、え取りあへ給はで、いと見苦し。」
――大将のご衣裳なども、北の方は正気でいらっしゃらないので、粗末で不釣り合いな様子だと、苦情をおっしゃいますが、きちんとした御直衣なども間に合わず、見苦しいお姿です――

「よべのは焼けとほりて、うとましげに焦がれたるにほひなどもことやうなり。御衣どもに移り香もしみたり。ふすべられける程あらはに、人もうんじ給ひぬべければ、脱ぎかへて、御湯殿など、いたう繕ひ給ふ」
――昨夜の直衣は焼け穴ができて、妙にくすぶった臭いも異様です。下着にもその臭いが染み付いていますので、北の方の嫉妬の痕がはっきりして、玉鬘に疎まれそうに思われて、脱ぎ換えて湯殿にいらしたり、あれこれとお支度に憂き身をやつしておいでになります――

◆御修法(みずほう)=密教で行う加持祈祷。

◆うちあはぬさまに=打ち合わぬさま=ぴったり調和していない。

◆むつかり給ふ=憤り給う=不快に思う

◆鮮やかなる=際立って美しい

ではまた。、

源氏物語を読んできて(伏籠)

2009年03月31日 | Weblog
伏籠(ふせご)

 衣裳に香を移すための道具。単に「籠」ともいう。
竹または金属でできた大きな籠を伏せてその上に衣裳を掛け、中に火取(ひとり)を仕組み香を焚きしめるもの。
 
 ◆写真:方向を変えて再度、風俗博物館

源氏物語を読んできて(341)

2009年03月30日 | Weblog
09.3/30   341回

三十一帖【真木柱(まきばしら)の巻】 その(12)

「正身はいみじう思ひしづめて、らうたげに寄り臥し給へりと見る程に、にはかに起きあがりて、大きなる籠の下なりつる火取を取り寄せて、殿の後ろに寄りて、さと浴びせかけ給ふ程、人のややみあふる程もなう、あさましきに、あきれてものし給ふ。」
――ご当人の北の方は、可憐なさまで、物に寄り臥しておられると見る間に、急に起き上がられて、伏籠の中にある火取をお取りになって、髭黒大将の後ろからさっと浴びせかけられます。侍女たちがあっという間もなく、恐ろしい出来事に、大将はただ呆然となさった――

「さる細かなる灰の、目鼻にも入りて、おぼほれて物も覚えず。払い棄て給へど、立ち満ちたれば、御衣ども脱ぎ給ひつ。現心にてかくしたまふぞ、と思はば、また顧りすべくもあらずあさましけれど、例の御物の怪の、人に疎ませむとするわざ、と御前なる人々も、いとほしう見奉る」
――その細かな灰が目にも鼻にも入って、大将はぼうっとしておられます。灰を払いますが余りに沢山で、衣装も脱いでしまわれました。正気でこのようなことをなさったのならば、大将は二度と見向きもせず浅ましいとも思われますが、例の物の怪が北の方を疎ませようとする業なので、お側の人々もお気の毒なことと思うのでした――

 女房たちが大急ぎで大将の着替えをなさいますが、灰だらけで、髪の鬢にまで白く入り込んでしまいましたので、とても華美を尽くされた六条院の玉鬘の許へは、このまま参上なさる訳にもいきません。大将は、

「心違いとはいひながら、なほめづらしう見知らぬ人の御有様なりや、と爪弾きせられ、うとましうなりて、あはれと思ひつる心も残らねど、(……)呼ばひののしり給ふ声など、思ひ疎み給はんに道理なり」
――ご病気とはいうものの、やはりめったに見ることもない北の方のご様子だ、と、不愉快そうに爪など弾いて、疎ましさに不憫な人よと思う心も消えてしまい、(今、事を荒立てては大事件になりそうだと心を落ち着けて、夜中ではありましたが、僧を呼んで加持祈祷をおさせになるという具合でした)北の方がわめき叫ぶお声などをお聞きになれば、髭黒大将が愛想をつかされますのも、もっともだと思うでしょう。――

 この夜一晩中、北の方は加持の僧に打たれたり、引きずられたりして、明け方になってやっとお疲れもあって静かに横に臥しておられる時を見計らって、大将は玉鬘の許に文を差し上げます。

◆ややみあふる程=やや・見合ふる程=あっと互いに見合わせる間も

◆おぼほれて=惚ほれて=本心を失う、ぼんやりする

ではまた。


源氏物語を読んできて(火取)

2009年03月30日 | Weblog
火取(ひとり)

 香を焚くための道具。

 写真の下に見える黒い部分を火取母(ひとりも)と言い、直径が約22cmの八葉形入隅の木製の器で、内側は銅または陶器で作られています。
この火取母の中に、銅や銀などの金属 あるいは陶器製の薫炉(「火入れ」とも)を入れ、その中で香を焚きます。また、火取母の上には、高さが約30cmほどの釣り鐘形の火取籠(「火屋(ほや)」とも)をかぶせます。

◆写真:火取  風俗博物館

源氏物語を読んできて(340)

2009年03月29日 | Weblog
09.3/29   340回

三十一帖【真木柱(まきばしら)の巻】 その(11)

 北の方は、大将のお話をお聞きになって、

「立ちとまり給ひても、御心の外ならむは、なかなか苦しうこそあるべけれ。余所にても、思ひだにおこせ給はば、袖の氷も解けなむかし」
――お出かけにならぬとしても、ご本心が他所に行ってしまっているのでしたら、却って辛うございます。余所に行っていらしても思い出していて下さるのでしたら、涙にぬれた袖の氷も解けることでしょう――

 などと、穏やかにおっしゃって、北の方は、香を焚きしめる為の香爐を取出されて、大将のご衣裳に、いっそう香を薫きしめて差し上げています。ご自分は糊気の失せたお召物を繕わずに着ている常着のままで、細々と弱々しく、泣き腫らした御目もあはれに沈み入っておいでになるのが、いかにもお痛わしい、とも大将はお思いになるものの、

「いとあはれと見る時は、罪なうおぼえて、いかで過ぐしつる年月ぞ、と、名残なううつろふ心のいと軽きぞや、とは思ふ思ふ、なほ心げさうは進みて、そら歎きをうちしつつ、なほ装束し給ひて、ちひさき火取りよせて、袖に引き入れてしめ居給へり。」
――(北の方を)可愛いと思ったときは何も気にならず、よくもまあ、長い年月一緒に暮らしてきたものだ、それなのにこうしてすっかり玉鬘に移った心の何と軽率なことよ、と思い思い、やはり玉鬘の方に心惹かれて逢いたい気持ちは募るばかり。大将はわざと億劫そうに溜息をつくふりをしながら、やはり衣装を調えて、小さい火取を引きよせて、袖に香を薫きしめていらっしゃる。――

 大将のご様子は、かの比類ないご容姿の源氏には劣るものの、なかなかご立派です。供人の詰所では、お出掛へのご催促の咳払いなどが聞こえます。侍女で髭黒大将の愛人たちの中将や木工などは「なんと情けないこと」と歎きがちに臥しております。

◆写真:衣裳に香を薫きしめる。 風俗博物館

ではまた。


源氏物語を読んできて(339)

2009年03月28日 | Weblog
09.3/28   339回

三十一帖【真木柱(まきばしら)の巻】 その(10)

「この御気色も、憎げにふすべうらみなどし給はば、なかなかことつけて、われもむかへ火つくりてあるべきを、いとおいらかにつれなうものし給へるさまの、いと心苦しければ、いかにせむと思ひ乱れつつ」
――北の方のご様子が、憎らしげで、嫉妬で恨むような仕草でもなさっていらっしゃるなら、却ってそれを口実にこちらも意地を張って出て行くものを、今日の北の方は至極穏やかで、静かな様子でおられますので、それがお気の毒で、大将は、どうしたものかと思案しつつ――

 大将が、格子を上げて、端近くに外を眺めていらっしゃる。北の方は髭黒大将の様子をご覧になって、

「あやにくなめる雪を、いかで分け給はむとすらむ。夜も更けぬめりや」
――生憎な雪で道が大変でございますね。夜も更けたようでございますし――

と、まるで勧めるような口ぶりにおっしゃいます。

「今は限り、とどむとも、と思ひめぐらし給へる気色、いとあはれなり」
――(北の方は)もうこれ以上は止めても無駄なことと、思っておられるご様子が、いかにもいじらしい――

 大将は「こんな雪では出かけるのはとても難しい」と言いながらも、

「なほこの頃ばかり。心の程を知らで、とかく人の言ひなし、大臣たちも左右に聞き思さむ事を憚りてなむ、とだえあらむはいとほしき。思ひしづめてなほ見はて給へ。(……)」
――あちらへ通うのも当分の間です。私の本心も知らずに何かと人が取りざたされますし、太政大臣も内大臣もとやかく御案じなさろうかと気にかかるので、あちらへの通いを、途絶えるようなのは気がかりなのです。貴女は気持を鎮めて後々を見ていてください。(玉鬘をここに引き取ってさしあげれば、気兼ねもなくなるものを)――

 と、お話しになります。

◆ふすべうらみ=燻べ恨み=ねたみ恨み

◆あやにくなめる雪=意地の悪い雪模様、あいにくな雪

ではまた。

源氏物語を読んできて(338)

2009年03月27日 | Weblog
09.3/27   338回

三十一帖【真木柱(まきばしら)の巻】 その(9)

 髭黒大将の言い訳をお聞きになって、北の方は、

「人の御つらさは、ともかくも知り得ず。世の人にも似ぬ身の憂きをなむ、宮にもお思し歎きて、今さらに人笑へなること、と御心を乱り給ふなれば、いとほしう、いかでか見え奉らむとなむ」
――貴方の薄情さは、何とも思っておりません。普通でない身の病を父宮も心配されて、
今更外聞の悪い事とお心を砕いておられるとのこと、それがお気の毒で、実家に帰りましてもどうしてお目にかかれるでしょう、と思っているのです――

 さらに、つづけて、

「大殿の北の方と聞こゆるも、他人にやはものし給ふ。かれは、知らぬ様にて生い出で給へる人の、末の世にかく人の親だちもてない給ふ辛さをなむ、お思ほし宣ふなれど、ここにはともかくも思はずや。もてない給はむ様を見るばかり」
――源氏の君の北の方(紫の上)にしましても、まったくの他人ではありません。あの方は、父宮に知られずに成長なさった方で、後になって玉鬘の親のように振舞われるのを、父宮は辛くおっしゃるようですが、私はそんなことなど思っておりません。ただ貴方のなさり方を辛いと見るばかりです――

 北の方の、このような申し上げ方に、大将は、

「いとよう宣ふを、例の御心違いにや、苦しき事も出でこむ。大殿の北の方の知り給ふ事にも侍らず。(……)」
――なかなか、筋の通ったことをおっしゃいますが、例によってお気が変わると困る事も出てきましょう。太政大臣の北の方は全くご存知のないことなのですよ。(あの方はおっとりと、大切にされていらっしゃる方で、玉鬘のことなどご存知なものですか。大体あなたの父宮は親らしくない方でした。こんなことが評判になりましたらさぞお困りでしょう)――

 などと、一日中、なにやかにやと、お話しになったのでした。

 この日も暮れ近くになりますと、大将は心も空に浮き立って、玉鬘の許にお出かけになりたいと思いますが、雪が降ったり止んだりの生憎の空模様です。

ではまた。


源氏物語を読んできて(337)

2009年03月26日 | Weblog
09.3/26   337回

三十一帖【真木柱(まきばしら)の巻】 その(8)

 髭黒大将の愛妾のような形で仕えている木工の君(もくのきみ)や、中将の御許(ちゅうじょうのおもと)でさえ、それなりに玉鬘の事を不満に思ってお恨み申しておりますが、この時の北の方は正気でいらっしゃったので、ただただしおらしく、泣いてばかりいらっしゃいます。それでも、

「自らを、呆けたりひがひがしと宣ひはぢしむるは道理なる事になむ。宮の御事さへ取りまぜ宣ふぞ、洩り聞き給はむはいとほしう、憂き身のゆかり軽々しきやうなる。耳なれにて侍れば、今はじめていかにも物を思ひ侍らず」
――私を呆けているの、ひがんでいるのと辱められますのはもっともでございます。でも父宮のことまで引き合いに出しておっしゃるのは、もしお聞きつけられましたなら、お気の毒です。私のような不運な娘をお持ちになったばかりに、軽々しく人の噂にのぼることでしょうと。私はもう聞き慣れておりますから今更何とも思いはいたしませんが――

 と、お顔を背けていらっしゃるご様子は、やはりいじらしく痛々しい。

 北の方は小柄な上に、日頃のご病気の為に痩せ衰えて弱々しく、かつては御髪も美しく長かったのですが、いまでは大分抜け落ちてしまって、そのうえ櫛梳ることもなさいませんので、その髪が涙に濡れて固まっております。もともと照り映えるようなお美しさはなかったものの、父宮に似て上品なご容姿でしたのに、今はご衣裳もきちんと召されないので、どこにも華やかさが見られないのでした。

 大将が、

「宮の御事を軽くは如何聞こゆる。恐ろしう、人聞きかたはにな宣ひましそ」
――私がどうして父宮のことを軽んじて申しましょう。恐ろしい。人聞きの悪いことをおっしゃいますな――

 と、なだめられて、

「かの通ひ侍る所のいと眩き玉の台(たまのうてな)に、うひうひしうきすぐなる様に出で入る程も、方々に一目たつらむと、かたはらいたければ、心やすくうつろはしてむと思ひ侍るなり。(……)なだらかにて、御中よくて、語らひてものし給へ。(……)」
――あの通い先の至極立派な御殿に、私のように物慣れず、生真面目な様子で出入りします折も、何かと人目に立つかと気が引けますので、こちらへでも気軽にお移りいただこうかと思うのです。(ご立派な六条院のお暮らしの所に、こちらの嫉妬沙汰などの噂が聞こえては、畏れ多いでしょう)とにかく玉鬘と穏やかに仲良くしてください。(実家に御帰りになるなどとは人聞きも悪く、私のためにも困ります。お互いに今まで通りの状態を保つのですよ。)――

◆ひがひがし=避が避がし=ひねくれている、素直でない

◆かたはにな宣ひましそ=片端=見苦しいことをおっしゃいますな

◆うひうひしうきすぐなる様=初々しき直ぐなるさま=うぶで実直なありさま

ではまた。

源氏物語を読んできて(336)

2009年03月25日 | Weblog
09.3/25   336回

三十一帖【真木柱(まきばしら)の巻】 その(7)

髭黒の大将としては、

「住居などのあやしうしどけなく、物の清らもなくやつして、いとうもれいたくもてなし給へるを、玉を磨ける目うつしに心もとまらねど、年頃の志ひきかふるものならねば、心にはいとあはれと思ひ聞こえ給ふ」
――北の方のお部屋はひどく乱雑で、身仕舞もせずみすぼらしげな様子で、鬱つ鬱つとしてばかりおられますので、玉を磨いたような輝かしい六条院の玉鬘のお部屋を見慣れた目には、心も留まらないのですが、長年一緒に暮らしてきた情愛が、そう急に変わるものではありませんので、心の底ではあわれに思っておいでです――

 そしておっしゃるには、

「昨日今日のいと浅はかなる人の御中らひだに、よろしき際になれば、皆思ひのどむる方ありてこそ見果つなれ。いと身も苦しげにもてなし給ひつれば、聞こゆべきこともうち出で聞こえにくくなむ。(……)」
――ほんの昨日今日の浅い間柄でも、それ相当の身分の者であれば、皆辛抱して添い遂げるものなのですよ。貴女はご持病があってひどく苦しそうにしていらっしゃるので、言いたい事も言い出しにくくて困っているのです。(普通とは違って病気がちなあなたを、最後まで見てあげようと思えばこそ、我慢してきましたのに、その我慢さえできなくなるような、良くないお考えを起こして私をお嫌いなさいますな)――

 さらに、

「幼き人々も侍れば、とざまかうざまにつけて疎にはあらじ、と聞こえわたるを、女の御心の乱りがはしきままに、かく恨みわたり給ふ。一わたり見はて給はぬ程、さもありぬべき事なれど、任せてこそ今しばし御覧じはてめ」
――幼い子供たちもいることですから、どのみち貴女を粗末にしまいと申してきましたのに、女心の慎みの無さから、こうもお恨みになる。一通りの私の真意を見定められるまでは、ご無理のないことですが、私に任せてもうしばらく見ていてください――

また一言つづけて、

「宮の聞し召し疎みて、さわやかにふと渡し奉りてむと思し宣ふなむ、却りていと軽がるしき。まことに思し掟つる事にやあらむ、しばし勘事し給ふべきにやあらむ」
――父宮が聞きつけられて、私を疎んじて、すぐにきっぱりと貴女を引き取ってしまおうと仰るのは、却って軽々しいようです。それも本気でそう決められたものやら、しばらく私を懲らしめなさるお積りやら――

 と、笑いながらおっしゃいますが、聞いておられる北の方にとりましては、悔しく腹立たしいのでした。

◆うもれいたく=埋もれいたし=気が晴れ晴れしない

◆思ひのどむる=心を落ち着かせる、のんびりと構える

ではまた。


源氏物語を読んできて(335)

2009年03月24日 | Weblog
09.3/24   335回

三十一帖【真木柱(まきばしら)の巻】 その(6)

「女君、人におとり給ふべきことなし。(……)あやしう執念き御物の怪にわづらひ給ひて、この年頃人にも似給はず、現心なき折々多くものし給ひて、御中もあくがれて程経にけれど、やむごとなきものとは、また並ぶ人なく思ひ聞こえ給へるを」
――北の方としましても、決して劣るような方ではありません。(あれほど高貴な親王でいらっしゃった父宮の式部卿の宮が大切にお育てになって、世間の信望も重く、ご器量も美しく、ご様子も良くていらっしゃいましたのに)怪しくしつこい物の怪(もののけ)に取りつかれてからというもの、ここ数年は常の人のようではなく、ともすれば正気を失っていらっしゃることも多いのでした。自然ご夫婦仲も離れ離れのまま長い間になりますが、それでも髭黒大将は正妻として誰よりも大事にされておりましたのに――

 珍しく心の移った方(玉鬘)が、稀なほどご立派な上に、源氏との御仲も清らかなままであったことなど、感激もひとしおで、ますます御執心になることもこれもまた当然のことでした。

 御父の式部卿の宮がこのことをお聞きになって、

「今はしか、今めかしき人を渡して、もてかしづかむ片隅に、人わろくてそひ物し給はむも、人聞きやさしかるべし。おのがあらむこなたは、いと人わらへなるさまに従ひ靡かでも、ものし給ひなむ」
――今更、華やかな人を引き取って大切にしている片隅に、見苦しく北の方が纏わりついているのも外聞が悪いだろう。私の存命中は、そんな笑い者になってまで大将に従っていることもあるまい――

 と、おっしゃって、宮邸の東の対を整えてお迎えになろうとされますが、北の方は、

「親の御あたりといひながら、今はかぎりの身にて、たち返り見え奉らむ事」
――いくら親の家だといっても、今は人の妻になっている身で、再び実家に戻って親に顔を合わせるなどとは――

 と、煩悶なさっていますと、一層狂おしくなって、ずっとそのまま病床に臥しておられます。北の方は本性はごく物静かで、気立ても良くおっとりしている方ですが、時々物の怪のために発作を起こして、人に疎まれるようなこともおありになるのでした。

ではまた。