永子の窓

趣味の世界

源氏物語を読んできて(1115)

2012年05月31日 | Weblog
2012. 5/31    1115

五十一帖 【浮舟(うきふね)の巻】 その23

「参りて、さなむ、とまねびきこゆれば、げにいかならむ、と思しやるに、『ところせき身こそわびしけれ。軽らかなる程の殿上人などにて、しばしあらばや。いかがすべき。かうつつむべき人目も、え憚りおふまじくなむ。大将もいかに思はむとすらむ。さるべき程とは言ひながら、あやしきまで、昔よりむつまじき中に、かかる心のへだての知られたらむ時、はづかしう、また、いかにぞや、世のたとひにいふこともあれば、待ち遠ほなるわがおこたりをも知らず、うらみられ給はむをさへなむ思ふ。夢にも人に知られ給ふまじきさまにて、ここならぬ所に率て離れたてまつらむ』とぞのたまふ」
――右近は匂宮の御前に参って、これこれと時方の言葉どおり申し上げますと、なるほど、京ではどんな様子かと、「ああ、窮屈なわが身が憎らしい。気軽な身分の殿上人などになって、しばらく過ごしてみたいものだ。どうしたらよいか。こんなにいつまでも世間を憚ってばかりはいられないだろうし。薫もどう思うことだろう。薫と自分が親しいのは当然なことながら、不思議なくらい昔から睦まじかった仲なのに、このような裏切り行為が分かった時には、顔向けが出来ない位恥かしいことだ。それに何とやら世間の譬えにいうように、自分の事は棚に上げて、待ち遠しく思わせた薫の怠りは問題にしないで、女の方が恨まれるであろうことも気になる。ゆめにも人に知られないようにして、ここではなく別のところに浮舟をお連れしよう」とおっしゃる。

「今日さへかくて籠り居給ふべきならねば、出で給ひなむとするにも、袖の中にぞとどめ給ひつらむかし」
――昨日の上に今日までも、このまま籠っていらっしゃることは出来ませんので、お帰りになろうとしますが、ご自身の魂は、あの古歌にいう、「恋しき人の袖の中」にお残しになったことでしょう――

「明け果てぬさきに、と、人々しはぶきおどろかしきこゆ。妻戸にもろともに率ておはして、え出でやり給はず」
――夜が明け果てませんうちに、などと供人が咳払いをしてお急き立てします。女君を妻戸のところまでご一緒にお連れ出しになって、それからはなかなかお立ち出でになれません――

「『世に知らずまどうふべきかなさきに立つ涙も道をかきくらしつつ』女も、限りなくあはれと思ひけり」
――(匂宮の歌)「いざあなたに別れるとなると、先立つ涙で道も見えぬくらい譬えようもなく困惑してします」女もやるせなく思い乱れています――

◆袖の中にぞ=古今集「飽かざりし袖の中にや入りにけむわが魂のなき心地する」

6/1から6/6までお休みします。では6/7に。

源氏物語を読んできて(1114)

2012年05月29日 | Weblog
2012. 5/29    1114

五十一帖 【浮舟(うきふね)の巻】 その22

「夜さり、京へつかはしつる大夫参りて、右近に逢ひたり。后の宮よりも御使参りて、右の大殿もむつかりきこえさせ給ひて、『人に知られさせ給はぬ御ありきは、いと軽々しくなめげなることもあるを、すべて、内裏などに聞こし召さむことも、身のためなむいとからき』と、いみじく申させ給ひけり」
――夜になりましてから、京へ遣わした大夫の時方が戻ってきて、右近に会い、中宮様(明石中宮=匂宮の母君)からも、匂宮のお留守宅に御使いがありまして、「左大臣様もご機嫌を損なわれて、誰にも知らせないお忍び歩きは、ご身分柄まことに軽々しく、何かと無礼なことも起こりがちですのに、帝がお聞きつけにでもなりましたら、私の立場もありません」ときついお叱りでした――

「『東山に聖御覧じに、となむ、人にはものし侍りつる』など語りて、『女こそ罪深うおはするもににはあれ。すずろなるけそうの人をさへ惑はし給ひて、そらごとをさへせさせ給ふよ』と言へば」
――(時方が)「宮様は、東山に聖に会いに行かれました、と人にはそう言っておきました」などと言って、「女君というものは罪深くいらっしゃいますね。何でもない家来の我々まで、まごつかせて、嘘までおつかせになるのですから」と言いますと――

 右近は、

「『聖の名をさへつけきこえさせ給ひてければ、いとよし。わたくしの罪も、それにてほろぼし給ふらむ。まことに、いとあやしき御心の、げにいかでならはせ給ひけむ。かねてかうおはしますべし、とうけたまはらましにも、いとかたじけなければ、たばかりきこえさせてましものを、奥なき御ありきにこそは』とあつかひきこゆ」

――「浮舟に『聖』の名までおつけ申されたからには、もう安心です。あなた個人の嘘つきの罪もそれで消えたことでしょう。それにしても、匂宮様はどうしてこんな妙な御癖があおりなのでしょう。前もってこうしてお越しになると承っておりましたなら、畏れ多いことでございますから、何とかうまく取り計らって差し上げましたものを、ほんとうに軽々しいお出歩きでございますこと」と、おせっかいを申し上げます――

では5/31に。

源氏物語を読んできて(1113)

2012年05月27日 | Weblog
2012. 5/27    1113

五十一帖 【浮舟(うきふね)の巻】 その21

「硯ひきよせて、手習ひなどし給ふ。いとをかしげに書きすさび、絵などを見どころ多く書き給へれば、若き心地には、思ひも移りぬべし。『心よりほかに、え見ざらむ程は、これを見給へよ』とて、いとをかしげなる男女、もろともに添ひ臥したる書をかき給ひて、『常にかくてあらばや』などのたまふも、涙落ちぬ」
――(匂宮は)硯を引き寄せて、なにやらお書きになっておられ、興にのって大そう見事に字などをお書きになり、絵も上手にお描きになりますので、若い浮舟の女ごころには、きっと匂宮に愛情が移る筈でしょう。匂宮が「心ならずも私が逢いに来られないときは、これを見ていらっしゃい」といって、非常に美しい男女が寄り添って臥している絵をお描きになって、「いつもこうしていられたら」などと仰るにつけても、涙がこぼれ落ちるのでした――

「『長き夜をたのめてもなほかなしきはただ明日知らぬ命なりけり』いとかう思ふこそゆゆしけれ。心に身をもさらにえまかせず、よろづにたばからむ程、まことに死ぬべくなむ覚ゆる。つらかりし御ありさまを、なかなか何にたづね出でけむ、などのたまふ」

――匂宮は歌で、「未来永劫変わることはないと約束してもなお悲しいのは、ただ明日知れぬはかない命だから」まったくこのような事を思うとは、縁起でもないこと。私は思いのままに行動できない身の上で、あれこれとあなたに逢うために工夫をしなければならない。そのようなことをしている間に、事実死んでしまいそうな気がきてならないのです。二条院であれほど冷たかったあなたなのに、どうしてなまじ探しだしたりしたのだろう、などとおっしゃる――

「女、濡らし給へる筆を取りて、『心をばなげかざらまし命のみさだめなき世とおもはましかば』とあるを、変わむをばうらめしう思ふべかりけり、と見給ふにも、いとらうたし」
――女(浮舟)は、匂宮が墨を含ませてくださった筆を取って、「命だけが定めないものでしたら、男ごころの定めなさを悲しんだりしないで済むでしょうに」と書いたのを、匂宮は心変わりするのを恨めしく思う、と言っているのだと御覧になって、ますます愛おしくなるのでした――

「『いかなる人の心がはりを見ならひて』など、ほほ笑みて、大将のここにわたしはじめ給ひけむ程を、かへすがへすゆかしがり給ひて、向かひ給ふを、苦しがりて、『え言はぬことを、かうのたまふこそ』とうち怨じたるさまも、若びたり。おのづからそれは聞き出でてむ、と思すものから、言はせまほしきぞわりなきや」
――匂宮は「いったい誰の心変わりを見て言うのですか」などと微笑んで、薫大将がはじめてこの隠れ家に浮舟を移された時のことを、しきりに知りたそうにお訊ねになりますが、浮舟は辛そうに、「申し上げにくいことを、どうしてそのようにお聞きになるのでしょう」と恨みごとを言う様子も、あどけない。いずれは聞き出せる筈だとお思いになるにつけても、どうしても言わせたくてたまらないのは困ったご性分ですこと――

では5/29に。


源氏物語を読んできて(1112)

2012年05月25日 | Weblog
2012. 5/25    1112

五十一帖 【浮舟(うきふね)の巻】 その20

「右近、いかにせむ、殿なむおはする、と言ひたらむに、京にさばかりの人おはしおはせず、おのづから聞き通ひて、隠れなきこともこそあれ、と思ひて、この人々にも、ことに言ひ合はせず、かへりごと書く」
――右近は、さてどうしたものか。薫の君がお見えになっていますと言いましたなら、京で薫程の御方の在、不在は、母君も自然に伝え聞いていて、よくご承知のおそれもある、と思って、他の女房たちにも相談せずに、母君の北の方へお返事を書きます――

「『昨夜より穢れさせ給ひて、いとくちをしきことを思し歎くめりしに、今宵夢見さわがしく見えさせ給ひつれば、今日ばかりつつしませ給へ、とてなむ、物忌にて侍る。かへずがへすくちをしく、もののさまたげのやうに見たてまつりはべる』と書きて、人々に物など食はせてやりつ。尼君にも、『今日は物忌にて、わたり給はぬ』と言はせたり」
――お文には、「姫君は、昨夜より折悪しく、お身の穢れがはじまりまして、まことに残念なこととお嘆きになっていらっしゃいましたところ、夢見もよろしくございませんので、今日一日はお慎みくださいと申し上げまして、物忌をなさっていらっしゃいます。かえすがえすも口惜しく、なにやら邪魔立てするものがあるように存じます」と、したためて、迎えにきた人々には、物などを食べさせて帰してやります。弁の尼君にも「今日はあいにく物忌になりまして、石山へはお出かけになりません」と使いをだして言わせます――

「例はくらしがたくのみ、霞める山際をながめわび給ふに、暮れゆくはわびしくのみ思し焦らるる人にひかれたてまつりて、いとはかなう暮れぬ」
――(浮舟は)いつもはつれづれなままに、日をおくるばかりで、どうしようもなく霞む山際をながめておいででしたのに、今日は日が暮れるのがただただ辛いと、そればかり気に病んでおられる御方に惹かれ申して、一日は大そう早く過ぎていきました――

「まぎるることなくのどけき春の日に、見れども見れども飽かず、そのことぞと覚ゆる隈なく、愛敬づきなつかしくをかしげなり。さるは、かの対の御方には似おとりなり。大殿の君のさかりに匂ひ給へるあたりにては、こよなかるべき程の人を、たぐひなう思さるる程なれば、また知らずをかし、とのみ見給ふ」
――他に気のまぎれることもないのどかな春の日に、女はいくら見ても見飽きることのない容貌(みめかたち)で、これという欠点もなく、愛らしくやさしく美しい。そうはいっても、あの二条の中の君には、やや劣っている。まして夕霧の六の君の、今を盛りの美しさとは、比べものにならぬのに、今匂宮は、浮舟を格別のものを思いこんでいらっしゃるときですので、他には例えようもなく美しいとばかり、御覧になっています――

「女はまた、大将殿を、いときよげに、またかかる人あらむや、と見しかど、こまやかに匂ひ、きよらなることは、こよなくおはしけり、と見る」
――浮舟のほうではまた、薫の君をこれほど気品の高い方がおられるかしらと、思っていましたが、この匂宮のお顔色が艶やかに輝くようで、お美しいという点では、匂宮の方がずっと優れていらっしゃる、とお見上げするのでした――

では5/27に。

源氏物語を読んできて(1111)

2012年05月23日 | Weblog
2012. 5/23    1111

五十一帖 【浮舟(うきふね)の巻】 その19

「御手水など参りたるさまは、例のやうなれど、まかなひめざましう思されて、『そこは洗はせ給はば』とのたまふ。女、いとさまよう心にくき人を見ならひたるに、時の間も見ざらむは、死ぬべし、と思しこがるる人を、こころざし深しとは、かかるを言ふにやあらむ、と思ひ知らるるにも、あやしかりける身かな、誰も、もののきこえあらば、いかに思さむ、と、先づかの上の御心を思ひ出できこゆれど」
――御手水などを差し上げますのは、薫大将の時と変わりがないのですが、何分右近一人ですし、浮舟にも自分の世話をさせるのはあまりのことと思われて、「あなたがお洗いになったら…」とおっしゃいます。女(浮舟)は、今まで薫の君の、ほどほどに控えめで奥ゆかしいお人柄を見馴れていましたのに、今、こうして目前に、ちょっとの間も逢わないでは死にそうだと私を恋い焦がれておいでの匂宮に、愛情の深いというのは、こういう方のことを言うのであろうかと分かるにつけても、何という不思議な宿命を持った我が身であろう、このようなことを噂にお聞きになったならどなたでも、何とおもわれることか、と、それにつけても先ず、中の君のお心が思い案じられるのでした――

「知らぬを、『かへすがへすいと心憂し。なほあらむままにのたまへ。いみじき下衆といふとも、いよいよなむあはれなるべき』と、わりなう問ひ給へど、その御いらへは、たえてせず。こと事は、いとをかしくけぢかきさまにいらへきこえなどして、なびきたるを、いとかぎりなうらうたし、とのみ見給ふ」
――(匂宮は何もご存知ありませんので)「何ともまったく情けないことだ。是非ありのままに言ってもらいたい。どんな賤しい生まれだと聞いても、ますます愛しくなるであろうに」と、理屈ぬきでお訊ねになりますが、浮舟はまさかお返事申し上げない。その他のことでは、たいそう愛らしく打ち解けたお返事など申し上げて、匂宮のなされるままにまかせておいでになるので、匂宮はこの上なく可愛らしく思うのでした――

「日高くなる程に、迎への人来たり。車二つ、馬なる人々の、例の、荒らかなる七八人、男ども多く、例の、品々しからぬけはひ、さへづりつつ入り来たれば、人々かたはらいたがりつつ、『あなたに隠れよ』と言はせなどす」
――日が高くなってきました頃、母君からの迎えの人が来ました。車二台と、馬に乗った例のとおりの荒くれた男が七、八人、供廻りの男どもが大勢、東国なまりの下品な様子でがやがやしゃべりながら入って来ましたので、女房たちは気まりわるがりながら、「あちらに控えていなさい」と言わせたりしています。(薫、実は匂宮の目に触れぬようにとの、女房たちの心遣い。女房たちは薫とまだ信じている)

では5/25に。


源氏物語を読んできて(1110)

2012年05月21日 | Weblog
2012. 5/21    1110

五十一帖 【浮舟(うきふね)の巻】 その18

「人々起きぬるに『殿はさるやうありて、いみじうしのびさせ給ふ、けしき見たてまつれば、道にていみじきことのありけるなめり。御衣どもなど、夜さりしのびて持て参るべくなむ、仰せられつる』など言ふ」
――女房たちが起きてきましたので、「薫大将殿は訳があって、大そう人目を避けておいでのご様子です。昨夜は途中で何か恐ろしいことでもあったのでしょう。お召し物などを夜になってから、そっと持って参るようにとおっしゃっておいでです」と右近が言います――

「『あなむくつけや。木幡山は、いとおそろしかなる山ぞかし。例の、御先駆も追はせ給はず、やつれておはしましけむに、あないみじや』と言へば、『あなかま、あなかま。下衆などの、ちりばかりも聞きたらむに、いといみじからむ』と言ひ居たる、心地おそろし。あやにくに殿の御使ひのあらむ時いかにいはむ、と、『長谷の観音、今日事なくて暮らし給へ』と、大願をぞ立てける」
――(女房が)「何と気味悪いこと!木幡山(こはたやま)はとても恐ろしい山だそうですよ。いつもの通り、先駆もお連れにならず、お忍びでいらしたでしょうに、まあなんとお気の毒な」と言うので、右近が「しっ。召し使いなどがちょっとでも聞きつけたら、とんだことになりますよ」とは言うものの、右近は内心ひやひやして、生憎なことに薫大将からお使いでも参りましたときには、どう申し上げようかと、『初瀬の観音様、今日一日を無事に過ごさせてくださいませ』と大願を立てて祈らずにはいられません――

「石山に今日詣でさせむ、とて、母君の迎ふるなりけり。この人々もみな精進し、潔まはりてあるに、『さらば、今日は、えわたらせ給ふまじきなめり。いとくちをしきこと』と言ふ」
――今日は石山に参詣させようとして、母君が迎えを寄こされることになっていて、ここの女房たちもみな、精進して身を浄めていたのですが、『それでは、(薫大将がお出でになっているので)今日はお出かけになるわけには参らないのでしょうね。本当に残念なことだわ』などと言っています――

「日高くなれば、格子などあげて、右近ぞ近くて仕うまつりける。母屋の簾はみな降ろして、『物忌』など書かせて付けたり。母君もやみづからおはする、とて、夢見さわがしかりつ、と言ひなすなりけり」
――日が高くなりましたので、格子を上げて、右近がお側近く御用を承ります。母屋の簾はみなすべて降ろして、「物忌」などと書かせて付けてあります。母君御自身がお出でになったなら、昨夜は夢見が悪かったとでも言わせるおつもりです――

◆『物忌』=物忌(ものいみ)の折は、小さい木札に「物忌」と書いて、簾などに掛けておきます。物忌はこのように勝手に利用することも多かった。

では5/23に。


源氏物語を読んできて(1109)

2012年05月19日 | Weblog
2012. 5/19    1109

五十一帖 【浮舟(うきふね)の巻】 その17

「およずけても言ふかな、と思して、『われは月ごろもの思ひつるに、ほれ果てにければ、人のもどかむも言はむも知られず、ひたぶるに思ひなりにたり。すこしも身のことを思ひはばからむ人の、かかるありきは思ひ立ちなむや。御かへりには、今日は物忌など言へかし。人に知らるまじきことを、誰がためにも思へかし。こと事はかひなし』とのたまひて、この人の、世に知らずあはれに思さるるままに、よろづのそしりも忘れ給ひぬべし」
――(匂宮は)偉そうに指図がましく言うものだ、とお思いになって、「自分は長いこと浮舟を思い続けたので、すっかりぼけてしまったから、人が非難しようと何と言おうと、一途な気持ちになってしまっているのだ。少しでもわが身のことを考えるなら、こんな危険な出歩きを思い立つだろうか。母君への返事には、今日は物忌だとでも言って置くが良い。人に気付かれないような注意を、浮舟のためにも私のためにもしてくれ。今の私には何を言っても無駄だ」とおっしゃって、浮舟をたとえようもなく可愛くお思いになって、すべての非難などお忘れになってしまうにちがいないご様子です――

 右近が出て来て、お帰りを促す供人の内記に、

「『かくなむのたまはするを、なほいとかたはならむ、とを申させ給へ。あさましうめづらかなる御ありさまは、さ思し召すとも、かかる御供人どもの御心にこそあらめ。いかで、かう心をさなうは率てたてまつり給ふこそ。なめげなることを聞こえさする、山がつなども侍らましかば、いかならまし』と言ふ。内記は、げにいとわづらはしくもあるかな、と思ひ立てり」
――「宮様はこのようにおっしゃるのですが、いくら何でもそれではあまりにも見ぐるしいことでしょうと、そのように貴方からも申し上げてください。尋常でない変わったお振舞いは、たとえ宮様としてはそうお望みでも、そこはお供の方々の心ひとつで、どうにでもなることではございませんか。なぜこうも考え無しにお連れ申しなどなさったのですか。無礼なことを申し上げる田舎者でもおりましたなら、どんなことになったでしょう」といいます。内記はまことに困った事だと思いながら立っています――

「『時方と仰せらるるは、誰にか。さなむ』と伝ふ。笑ひて、『勘へ給ふことどもの恐ろしければ、さらずとも逃げてまかでぬべし。まめやかには、おろかならぬ御けしきを見たてまつれば、誰も誰も身を棄ててなむ。よしよし、宿直人も皆起きぬなり』とていそぎ出でぬ」
――(右近が)「時方とおおせられますのはどなたですか。宮様がこうおっしゃっていますが…」と伝えますと、時方は苦笑いをして「あなたのお叱りが怖いので、宮様の仰せがなくても逃げて帰りましょう。実を申しますと、宮様の並々ならぬご執心のほどを拝しまして、私どもは皆命がけでお供をして参ったのでございます。まあまあ宿直人もみなお起てきたようですから」と言って急いで出ていきます――

「右近、人に知らすまじうはいかがはたばかるべき、と、わりなう覚ゆ」
――右近は、誰にも知らせないためには、どう謀ったらよいものかと難儀におもうのでした――

では5/21に。


源氏物語を読んできて(1108)

2012年05月17日 | Weblog
2012. 5/17    1108

五十一帖 【浮舟(うきふね)の巻】 その16

「夜はただ明けに明く。御供の人来て声づくる。右近聞きて参れり。出で給はむ心地もなく、飽かずあはれなるに、またおはしまさむことも難ければ、京にはもとめ騒がるとも、今日ばかりはかくてあらむ、何ごとも生けるかぎりのためこそあれ、ただ今出でおはしまさむは、まことに死ぬべく思さるれば、この右近を召し寄せて」
――夜は見る間に明けていきます。お供の人が来て咳払いでお帰りを催促しています。右近がそれを聞きつけて御前に参ります。匂宮はお立ち出でになる気にもなれず、いつまでも名残りのつきぬお心で、またいつかこの宇治にお越しになることも難しいことをお思いになって、お心は乱れていらっしゃいます。京では自分の行方を探して騒がれようとも、今日だけはこのままここに留まろう、万事は生きている間のことだ、たった今ここを出て行かれることは、恋しさに命も絶えてしまうであろうと、お思いになりますので、この右近をお呼び寄せになって――

「『いと心地なしと思はれぬべけれど、今日はえ出づまじうなむある。男どもは、このわたり近からむところに、よく隠ろへてさぶらへ。時方は、京へものして、山寺にしのびてなむ、と、つきづきしからむさまに、いらへなどせよ』とのたまふに」
――(匂宮が)「いかにも無分別のように思われるだろうが、今日帰る事はとてもできそうにない。供人どもは、この近くの場所にうまく隠れ控えているように。時方は京へ帰って、宮は山寺にひそかに参籠したと、上手い具合に答えておくように」と仰せになります――

「いとあさましくてあきれて、心もなかりける夜のあやまちを思ふに、心地もまどひぬべきを、思ひしづめて、今はよろづにおぼほれ騒ぐとも、かひあらじものから、なめげなり、あやしかりし折に、いと深う思し入れたりしも、かうのがれざりける御宿世にこそありけれ、人のしたるわざかは、と思ひなぐさめて」
――(右近は、はじめて匂宮と気が付いて)はっと、あまりのことに呆れ果てて、薫だとばかり疑いもしなかった昨夜の自分の過ちを思いますと、今にも気分が乱れてしまいそうになりますのを、もうこうなったからには、あれこれ慌て騒いでも甲斐がないばかりか、却って匂宮には失礼でもあると思い直します。あの二条院で妙な具合だった時に、心底浮舟を思いこまれたのも、このように避けられぬ運命だったのだ、誰のせいでもないのだと、話が心になだめて――

「『今日御迎へにと侍りしを、いかにせさせ給はむとする御ことにか。かうのがれきこえさせ給ふまじかりける御宿世は、いと聞えさせ侍るらむかたなし。折こそいとわりなく侍れ。まほ今日は出でおはしまして、御志侍らば、のどかにも』と聞ゆ」
――(右近が)「(石山詣でのため母君から)今日お迎えに来られるとのことでございましたのに、一体どうなろうとのおつもりでございますか。このようにお避け申すことができませぬ御宿縁につきましては、何とも申し上げようがございません。まことに折が悪うございます。今日のところはやはりお帰り遊ばしまして、お志がございましたなら、またゆっくりとお出かけになりましたら」と申し上げます――

では5/19に。


源氏物語を読んできて(1107)

2012年05月15日 | Weblog
2012. 5/15    1107

五十一帖 【浮舟(うきふね)の巻】 その15

「いと細やかになよなよと装束きて、香のかうばしきことも劣らず。近う寄りて、御衣どもも脱ぎ、馴れ顔にうち臥し給へれば、『例の御座にこそ』など言へど、ものものたまはず。御衾まゐりて、寝つる人々起して、すこし退きて皆寝ぬ」
――絹ずれもしなやかな装束をお召しになり、香の芳しさも薫にたいそう似ていらっしゃる。匂宮は浮舟のお側に寄って、お召し物を脱ぎ、物慣れたご様子で横におなりになりますので、右近は、「どうぞいつもの御座所に、おいでになってください」などと申し上げますが、何もおっしゃらない。それで、御夜着をお掛けして、側に寝ていた女房たちを起して、一同は少し引き下がった場所で皆寝入ってしまいました――

「御供の人など、例の、ここには知らぬなたひにて、『あはれなる夜のおはしましざまかな。かかる御ありさまを御覧じ知らぬよ』など、さかしらがる人もあれど、『あなかま、たまへ。夜声は、ささめくしもぞかしがましき』など言ひつつ寝ぬ」
――薫のお供の人々は、いつもこちらではお構いをしませんので、なおさら人違いとは気が付かずに、『こんな夜更けに、よくまあ、お出かけ遊ばしましたこと。これほどまでのお心を姫君はお分かりにならないなんて』などと、利口ぶって言う女房に、右近は『静かになさい。夜はひそひそ声がかえって喧しい』などと言って寝てしまいました――

「女君は、あらぬ人なりけり、と思ふに、あさましういみじけれど、声をだにせさせ給はず。いとつつましかりしところにてだに、わりなかりし御心なれば、ひたぶるにあさまし」
――女君(浮舟)は、この御方は薫大将ではないと気が付いて、予想もしていなかったことと驚きますが、匂宮は浮舟にお声を立てさせないようになさる。いつぞやの二条院でさえも、あたりを憚ることなく御無理を押し通した御方であってみれば、今は全く話のほかというものです――

「はじめよりあらぬ人と知りたらば、いささかいふかひもあるべきを、夢の心地するに、やうやう、その折のつらかりし、年月ごろ思ひわたるさまのたまふに、この宮と知りぬ」
――初めから別の人と分かっていたならば、少しは何とか手立ても講じられましたでしょうに、ただ夢路をさまよう心地でおりますと、匂宮が、あの時の辛かったこと、それ以来慕い続けていたことなどをおっしゃいますので、匂宮だと浮舟は気が付いたのでした――

「いよいよはづかしく、かの上の御ことなど思ふに、またたけきことなければ、かぎりなう泣く。宮もなかなかにて、たはやすく逢ひ見ざらむことなどを思すに、泣き給ふ」
――(浮舟は)ますます恥かしく、匂宮の正妻(中の君)のことなどを思いますものの、今はどうしようもなくて、ただとめどもなく涙を流すのでした。匂宮もなまじ逢ったのが却って辛いことになりそうだとの御思いで、今後は容易にはお逢いできないことをお思いなって、こちらも泣いていらっしゃる――

◆御衾(ふすま)まゐりて=御夜着をお掛けして

では5/17に。

源氏物語を読んできて(1106)

2012年05月13日 | Weblog
2012. 5/13    1106

五十一帖 【浮舟(うきふね)の巻】 その14

「ねぶたしと思ひければ、いととう寝入りぬる、けしきを見給ひて、またせむやうもなければ、しのびやかにこの格子をたたき給ふ。右近聞きつけて、『誰そ』と言ふ」
――(右近は)よほど眠かったようで、すぐに寝入ってしまったようです。匂宮はその様子に、こうなってはしかたがなく、ひそやかにそこの格子をお叩きになります。右近がすぐに聞きつけて、「どなたでしょう」と言います――

「声づくり給へば、あてなるしはぶきと聞き知りて、殿のおはしたるにや、と思ひて、起きて出でたり。『先づこれ開けよ』とのたまへば、『あやしう、おぼえなき程にも侍るかな。夜はいたう更け侍りぬらむものを』といふ」
――(匂宮は)咳ばらいをなさると、それだけで尊い御方と察して、薫大将がお出でになったのかしらと思い、起き出てきます。「まず格子を上げよ」とおっしゃる。「妙なことですこと。思いがけない時分のお越しですもの。夜もすっかり更けていましょうに」と呟やいています――

「『ものへ渡り給ふべかなりと、仲信が言ひつれば、おどろかれつるままに出で立ちて、いとこそわりなかりつれ。先づ開けよ』とのたまふ声、いとようまねび似せ給ひて、しのびたれば、思ひも寄らず、かい放つ」
――「(浮舟たちが)どこかへお出かけになるらしいと、仲信が言うものだから、目が覚めるとそのまま出掛けてきたが、いや、ひどい目に遭った。まあとにかく格子を上げてくれ」とおっしゃる声が、大そう上手に薫の声音を真似られた忍び声でしたので、右近はまさか匂宮とは思いも寄らず、格子を開けます――

「『道にて、いとわりなく恐ろしきことのありつれば、あやしき姿になりてなむ。火暗うなせ』とのたまへば、『あないみじ』とあわてまどひて、火は取りやりつ。『われ人に見すなよ。来たりとて、人おどろかすな』と、いとらうらうじき御心にて、もとよりもほのかに似たる御声を、ただかの御けはひにまねびて入り給ふ。ゆゆしきことのさまとのたまひつる、いかなる御姿ならむ、といとほしくて、われも隠ろへて見たてまつる」
――「途中でひどく恐ろしい目に遭ったので、見ぐるしい姿をしている。灯を暗くしておいてほしい」と仰せになりますので、右近は「まあ、お気の毒に」と慌て急いで灯をあちらへやってしまいます。「だれにも見られたくない。私が来たからと言って、だれも起すのではないぞ」と、匂宮はすっかり物馴れたご様子で実に周到に、もともとどこか薫に似ていらっしゃる御声ですので、そっくりそのままのお感じで室内にお入りになります。右近は途中恐ろしい目に遭われたとおっしゃったことで、どんなお姿なのかしらと、お気の毒な気がして、物陰で拝見します――

では5/15に。