2012. 4/29 1102
五十一帖 【浮舟(うきふね)の巻】 その10
「『さかし、昔も一度二度通ひし路なり。軽々しきもどきおひぬべきが、ものの聞こえのつつましきなり』とて、かへすがへすあるまじきことに、わが御心にも思せど、かうまでうち出で給へれば、え思ひとどめ給はず」
――(匂宮は)「その通りだ。昔も一度か二度通った道だし、多少の勝手は心得ているが、軽率だとの非難をきっと受けそうなので、それが外聞上憚られるのでね」とおっしゃって、あるまじき事とは御分別なされるものの、ここまで口に出してしまわれた以上思いとどまることはお出来になれそうもないのでした――
「御供に、昔もかしこにこの案内知れりし者二三人、この内記、さては御乳母子の蔵人よりかうぶり得たる若き人、むつまじきかぎりを選り給ひて、大将今日明日は、よもおはせじ、など、内記によく案内聞き給ひて、出で立ち給ふにつけても、いにしへを思し出づ」
――お供には、以前にもお付きして行って、宇治の様子を知っている者二三人と、この内記、その他に御乳母子(おんめのとご)の、蔵人から五位になった若者など、ごく気心の知れた者ばかりをお選びなります。薫は、今日明日は、まさか宇治には赴かれまいと、内記から十分様子をお聞きになった上で、いよいよご出発になるにつけても、あの山荘に中の君をお訪ねになったことが思い出されるのでした――
「あやしきまで心を合はせつつ率てありきし人のために、うしろめたきわざにもあるかな、と、思し出づることもさまざまなるに、京のうちだに、むげに人知らぬ御ありきは、さはいへど、えし給はぬ御身にしも、あやしきさまのやつれ姿して、御馬にておはする、心地ももの恐ろしくややましけれど」
――あの時はわがことのように薫が自分に協力してくれて宇治につれて行ってくらたものを、今日はまた何とやましい気の退けることよ、と、さすがにあれこれと思い乱れていらっしゃいます。京の中でも全く人に知られずのお忍び歩きはなかなかお出来になれぬご身分ですのに、粗末な狩衣姿に身をやつして、御馬でお出かけになるそのお気持は、ご自分でも空恐ろしく気がお咎めになりますが――
「もののゆかしきかたは、進みたる御心なれば、山深うなるままに、いつしか、いかならむ、見あはすることもなくて帰らむこそ、さうざうしくあやしかるべけれ、と思すに、心も騒ぎ給ふ。法性寺の程までは御車にて、それよりぞ、御馬にはたてまつりける」
――好奇心の強さは人一倍というご性分ですので、山深く分け入るままに、いつしか、一刻も早く見たいものだ、さていかがなものであろう、顔を合わせることもなく帰るようなことになったなら、さぞかし物足りなく、また心残りなことであろう、とお思いになっていらっしゃると、胸の内もあやしく波立ち騒ぐのでした。法性寺あたりまでは牛車で、それから先は御馬に乗られたのでした――
◆ややましけれど=心苦しいけれど。悩ましいけれど。
5/1~5/6までお休みします。では5/7に。
五十一帖 【浮舟(うきふね)の巻】 その10
「『さかし、昔も一度二度通ひし路なり。軽々しきもどきおひぬべきが、ものの聞こえのつつましきなり』とて、かへすがへすあるまじきことに、わが御心にも思せど、かうまでうち出で給へれば、え思ひとどめ給はず」
――(匂宮は)「その通りだ。昔も一度か二度通った道だし、多少の勝手は心得ているが、軽率だとの非難をきっと受けそうなので、それが外聞上憚られるのでね」とおっしゃって、あるまじき事とは御分別なされるものの、ここまで口に出してしまわれた以上思いとどまることはお出来になれそうもないのでした――
「御供に、昔もかしこにこの案内知れりし者二三人、この内記、さては御乳母子の蔵人よりかうぶり得たる若き人、むつまじきかぎりを選り給ひて、大将今日明日は、よもおはせじ、など、内記によく案内聞き給ひて、出で立ち給ふにつけても、いにしへを思し出づ」
――お供には、以前にもお付きして行って、宇治の様子を知っている者二三人と、この内記、その他に御乳母子(おんめのとご)の、蔵人から五位になった若者など、ごく気心の知れた者ばかりをお選びなります。薫は、今日明日は、まさか宇治には赴かれまいと、内記から十分様子をお聞きになった上で、いよいよご出発になるにつけても、あの山荘に中の君をお訪ねになったことが思い出されるのでした――
「あやしきまで心を合はせつつ率てありきし人のために、うしろめたきわざにもあるかな、と、思し出づることもさまざまなるに、京のうちだに、むげに人知らぬ御ありきは、さはいへど、えし給はぬ御身にしも、あやしきさまのやつれ姿して、御馬にておはする、心地ももの恐ろしくややましけれど」
――あの時はわがことのように薫が自分に協力してくれて宇治につれて行ってくらたものを、今日はまた何とやましい気の退けることよ、と、さすがにあれこれと思い乱れていらっしゃいます。京の中でも全く人に知られずのお忍び歩きはなかなかお出来になれぬご身分ですのに、粗末な狩衣姿に身をやつして、御馬でお出かけになるそのお気持は、ご自分でも空恐ろしく気がお咎めになりますが――
「もののゆかしきかたは、進みたる御心なれば、山深うなるままに、いつしか、いかならむ、見あはすることもなくて帰らむこそ、さうざうしくあやしかるべけれ、と思すに、心も騒ぎ給ふ。法性寺の程までは御車にて、それよりぞ、御馬にはたてまつりける」
――好奇心の強さは人一倍というご性分ですので、山深く分け入るままに、いつしか、一刻も早く見たいものだ、さていかがなものであろう、顔を合わせることもなく帰るようなことになったなら、さぞかし物足りなく、また心残りなことであろう、とお思いになっていらっしゃると、胸の内もあやしく波立ち騒ぐのでした。法性寺あたりまでは牛車で、それから先は御馬に乗られたのでした――
◆ややましけれど=心苦しいけれど。悩ましいけれど。
5/1~5/6までお休みします。では5/7に。