2011.1/31 889
四十六帖 【総角(あげまき)の巻】 その(66)
薫は匂宮の御事などをお聞きになって、どうしようもなくご心配で、あちこち掛けづり回っておられます。それにしても、と、お心の内で、
「我れが、あまり異様なるぞや、さるべき契りやありけむ、親王のうしろめたしとおぼしたりし様もあはれに忘れ難く、この君達の御ありさまけはひも、ことなる事なく、世におとろへ給はむ事の、惜しくもおぼゆるあまりに、人々しうもてなさばやと、あやしきまでもて扱はるるに」
――だいたい自分が世間と余りにも違いすぎるのだろうか。前世の因縁からか、故八の宮が姫君たちのことを、とても気懸りにお思いになっていらしたご様子が身に沁みて忘れられず、この姫君たちの美しいご容姿や感じも、格別の御運がなく落ちぶれて行かれることが、残念に思われるその余りに、人並みにして差し上げたいと、妙なくらいお世話せずにいられず――
「宮もあやにくにとりもちて責め給ひしかば、わが思ふかたは異なるに、譲らるる有様もあいなくて、かくもてなしてしを思へば、くやしくもありけるかな、いづれも我が物にて見たてまつらむに、とがむべき人も無しかし」
――匂宮もひどくご執心に仲立ちのことをお責めになりましたので、自分が思いを掛ける方は大君の方ですのに、大君からは中の君に、と言われたことも心外で、つい片意地を張って、このように中の君を匂宮にお世話申したのだった。考えてみれば何とも残念なことをしたものだ。大君と中の君のどちらを自分のものとしてお世話しようと、咎めだてする人などいなかったのに、(どちらも取り逃がして)――
と、今更悔いてもどうにもならないけれども、愚かしいことだったと、お心一つに思い悩んでいらっしゃる。
匂宮はましてや、中の君のことをお忘れになることが出来ず、恋い焦がれて、もしや宇治の方では、これ切りだと思っておいでではないかと、気が気ではないご様子です。
明石中宮は、匂宮に、
「御こころにつきておぼす人あらば、ここにまゐらせて、例ざまにのどやかにもてなし給へ。筋ことに思ひきこえ給へるに、軽びたるやうに人のきこゆべかめるも、いとなむ口惜しき」
――お気に召した女性がいるならば、お邸に引きとって、気安い形で(側女として)ご寵愛なさったらよいでしょう。帝がゆくゆくはあなたを東宮にもと思っておいでなのに、軽率なお振舞いと人が申し上げるらしいのは、本当に困ったことですこと――
と、朝に夕にやかましくご意見なさるのでした。
◆人々しうもてなさばや=人並みに扱う
◆かくもてなしてしを思へば=このように(中の君を匂宮に)お逢わせ申したことを思うと。
では2/1に。
四十六帖 【総角(あげまき)の巻】 その(66)
薫は匂宮の御事などをお聞きになって、どうしようもなくご心配で、あちこち掛けづり回っておられます。それにしても、と、お心の内で、
「我れが、あまり異様なるぞや、さるべき契りやありけむ、親王のうしろめたしとおぼしたりし様もあはれに忘れ難く、この君達の御ありさまけはひも、ことなる事なく、世におとろへ給はむ事の、惜しくもおぼゆるあまりに、人々しうもてなさばやと、あやしきまでもて扱はるるに」
――だいたい自分が世間と余りにも違いすぎるのだろうか。前世の因縁からか、故八の宮が姫君たちのことを、とても気懸りにお思いになっていらしたご様子が身に沁みて忘れられず、この姫君たちの美しいご容姿や感じも、格別の御運がなく落ちぶれて行かれることが、残念に思われるその余りに、人並みにして差し上げたいと、妙なくらいお世話せずにいられず――
「宮もあやにくにとりもちて責め給ひしかば、わが思ふかたは異なるに、譲らるる有様もあいなくて、かくもてなしてしを思へば、くやしくもありけるかな、いづれも我が物にて見たてまつらむに、とがむべき人も無しかし」
――匂宮もひどくご執心に仲立ちのことをお責めになりましたので、自分が思いを掛ける方は大君の方ですのに、大君からは中の君に、と言われたことも心外で、つい片意地を張って、このように中の君を匂宮にお世話申したのだった。考えてみれば何とも残念なことをしたものだ。大君と中の君のどちらを自分のものとしてお世話しようと、咎めだてする人などいなかったのに、(どちらも取り逃がして)――
と、今更悔いてもどうにもならないけれども、愚かしいことだったと、お心一つに思い悩んでいらっしゃる。
匂宮はましてや、中の君のことをお忘れになることが出来ず、恋い焦がれて、もしや宇治の方では、これ切りだと思っておいでではないかと、気が気ではないご様子です。
明石中宮は、匂宮に、
「御こころにつきておぼす人あらば、ここにまゐらせて、例ざまにのどやかにもてなし給へ。筋ことに思ひきこえ給へるに、軽びたるやうに人のきこゆべかめるも、いとなむ口惜しき」
――お気に召した女性がいるならば、お邸に引きとって、気安い形で(側女として)ご寵愛なさったらよいでしょう。帝がゆくゆくはあなたを東宮にもと思っておいでなのに、軽率なお振舞いと人が申し上げるらしいのは、本当に困ったことですこと――
と、朝に夕にやかましくご意見なさるのでした。
◆人々しうもてなさばや=人並みに扱う
◆かくもてなしてしを思へば=このように(中の君を匂宮に)お逢わせ申したことを思うと。
では2/1に。