九二 めでたきもの (105)その3 2019.1.28
法師の才ある、すべて言ふべきにあらず。持経者の一人としてよむよりも、あまたが中にて、時など定まりたる御読経などに、なほいとめでたきなり。暗うなりて「いづら、御読経油おそし」など言ひて、よみやみたるほど、しのびやかにつでけゐたるよ。
◆◆法師で才学のあるのは、まったく言うまでもない。持読経が一人で読むよりも、大勢の中で、早朝・日中・日没・初夜(そや)・中夜・後夜・という六の時の勤行は一層立派である。暗くなって「どうした、御読経の灯明が遅い」などと言って、みなが読みやんでいる間、才学のある法師だけは声をひそめてあとの文句を空で読み続けて座っていることよ。◆◆
■持経者(ぢきょうじゃ)=『法華経』を読むことを専門にしている僧。まつりなどしたる、
后の昼の行啓。御産屋。宮はじめの作法。獅子、狛犬、大床子など持てまゐりて、御帳の前にしつらひすゑ、内膳、御へつひわたしたてまつりなどしたる、姫君など聞こえしただ人とぞつゆ見えさせたまはぬ。
◆◆供の女官・女房などの装いの美麗さが見える后の昼のお出まし。さまざまな儀式が行われる御産屋。立后の作法。立后の時には、御帳台の帷子の裾に据える獅子と狛犬の像、天皇の食膳を載せるための大床子(だいしょうし)などを持って伺って、御帳台の前に設け据え、内膳司が竈神の霊をお移し申し上げなどしているのは、以前姫君などと申し上げた普通の人とはまったくお見えあそばさない。◆◆
■御へつひ=竈(かまど=食事)の神。「竈つ霊(ひ)」の意という。后が天皇と同格であることを示すために后の膳司のほうに分祀するのだという。
一の人の御ありき、春日詣で。葡萄染めの織物。すべて紫なるは、何も何もめでたくこそあれ。花も、糸も、紙も。紫の花の中には、かきつばたぞすこしにくき。色はめでたし。六位の宿直姿のをかしきにも、紫のゆゑなンめり。ひろき庭に雪の降りしきる。今上一の宮、まだ童にておはしますが、御をぢに、上達部などのわかやかに清げなるに、抱かれさせたまひて、殿上人など召し使ひ、御馬引かせて御覧じあそばせたまへる、思ふ事おはせじとおぼゆ。
◆◆摂政・関白の御外出や、春日明神への御参詣。葡萄染めの織物。すべて紫いろであるのは、何でもかでもすばらしくあることだ。花も、糸も、紙も。紫の花の中では、かきつばたは、形が少しにくらしい。色はすばらしい。六位の蔵人の宿直姿が素晴らしいのは、紫だからだろう。広い庭に雪がしきりに降ってるの。今上の一条帝の一の宮様で、まだ幼児でいらっしゃるのが、御おじに、その上達部などの若々しくきれいな方に、お抱かれあそばして、殿上人などをお召し使いになり、御馬を引かせて御覧あそばして、お遊びになっていらっしゃるのは、何の思うこともおありになるまいと思われる。◆◆
■一の人=摂政・関白。
■春日詣で=春日神社は藤原氏の祖、天児屋根命(あめのこやねのみこと)を祭るから、藤原氏で摂関たる人は必ず参詣する。
■六位の宿直姿=六位蔵人の宿直姿は麴塵(きくじん)の法衣に紫色の指貫をつける。
■今上一の宮=一条帝第一皇子、敦康親王。母は定子中宮。長保元年(999)11月7日誕生。(翌年12月定子崩御)
法師の才ある、すべて言ふべきにあらず。持経者の一人としてよむよりも、あまたが中にて、時など定まりたる御読経などに、なほいとめでたきなり。暗うなりて「いづら、御読経油おそし」など言ひて、よみやみたるほど、しのびやかにつでけゐたるよ。
◆◆法師で才学のあるのは、まったく言うまでもない。持読経が一人で読むよりも、大勢の中で、早朝・日中・日没・初夜(そや)・中夜・後夜・という六の時の勤行は一層立派である。暗くなって「どうした、御読経の灯明が遅い」などと言って、みなが読みやんでいる間、才学のある法師だけは声をひそめてあとの文句を空で読み続けて座っていることよ。◆◆
■持経者(ぢきょうじゃ)=『法華経』を読むことを専門にしている僧。まつりなどしたる、
后の昼の行啓。御産屋。宮はじめの作法。獅子、狛犬、大床子など持てまゐりて、御帳の前にしつらひすゑ、内膳、御へつひわたしたてまつりなどしたる、姫君など聞こえしただ人とぞつゆ見えさせたまはぬ。
◆◆供の女官・女房などの装いの美麗さが見える后の昼のお出まし。さまざまな儀式が行われる御産屋。立后の作法。立后の時には、御帳台の帷子の裾に据える獅子と狛犬の像、天皇の食膳を載せるための大床子(だいしょうし)などを持って伺って、御帳台の前に設け据え、内膳司が竈神の霊をお移し申し上げなどしているのは、以前姫君などと申し上げた普通の人とはまったくお見えあそばさない。◆◆
■御へつひ=竈(かまど=食事)の神。「竈つ霊(ひ)」の意という。后が天皇と同格であることを示すために后の膳司のほうに分祀するのだという。
一の人の御ありき、春日詣で。葡萄染めの織物。すべて紫なるは、何も何もめでたくこそあれ。花も、糸も、紙も。紫の花の中には、かきつばたぞすこしにくき。色はめでたし。六位の宿直姿のをかしきにも、紫のゆゑなンめり。ひろき庭に雪の降りしきる。今上一の宮、まだ童にておはしますが、御をぢに、上達部などのわかやかに清げなるに、抱かれさせたまひて、殿上人など召し使ひ、御馬引かせて御覧じあそばせたまへる、思ふ事おはせじとおぼゆ。
◆◆摂政・関白の御外出や、春日明神への御参詣。葡萄染めの織物。すべて紫いろであるのは、何でもかでもすばらしくあることだ。花も、糸も、紙も。紫の花の中では、かきつばたは、形が少しにくらしい。色はすばらしい。六位の蔵人の宿直姿が素晴らしいのは、紫だからだろう。広い庭に雪がしきりに降ってるの。今上の一条帝の一の宮様で、まだ幼児でいらっしゃるのが、御おじに、その上達部などの若々しくきれいな方に、お抱かれあそばして、殿上人などをお召し使いになり、御馬を引かせて御覧あそばして、お遊びになっていらっしゃるのは、何の思うこともおありになるまいと思われる。◆◆
■一の人=摂政・関白。
■春日詣で=春日神社は藤原氏の祖、天児屋根命(あめのこやねのみこと)を祭るから、藤原氏で摂関たる人は必ず参詣する。
■六位の宿直姿=六位蔵人の宿直姿は麴塵(きくじん)の法衣に紫色の指貫をつける。
■今上一の宮=一条帝第一皇子、敦康親王。母は定子中宮。長保元年(999)11月7日誕生。(翌年12月定子崩御)