2010.10/31 844
四十六帖 【総角(あげまき)の巻】 その(21)
薫は、はじめから大君との間柄を、こうあらわに誰彼にも口出しさせず、こっそりといつ出来た関係とも分からぬように、と思って来られたことでしたので、薫が、
「御心ゆるし給はずば、いつもいつもかくてすぐさむ」
――大君が御承知にならなければ、いつまでもこのままでいよう――
とおっしゃいますのを、この弁の君は、
「おのがじしかたらひて、顕証にささめき、さはいへど、深からぬけにや、老いひがめるにや、いとほしくぞ見ゆる」
――他の侍女たちと相談して、人目も憚らず、あからさまに振る舞っているようです。好意からと言っても、浅はかな上に、年寄りの片意地のせいか、何にしてもお気の毒な感じです――
大君は、ほとほと思案にくれて、丁度、弁の君が参上しました時に、
「年頃も、人に似ぬ御心よせとのみ、のたまひわたりしを聞きおき、今となりては、よろづに残りなく頼みきこえて、あやしきまでうちとけにたるを、思ひしに違ふさまなる御心ばへのまじりて、うらみ給ふめるこそわりなけれ。世に人めきてあらまほしき身ならば、かかる御事をも、何かはもて離れても思はまし」
――今までも父上が、余人とは違う薫の君のご親切のことを言っておられましたのを、お聞きしておりまして、この頃では万事すっかりお頼り申して、不思議なほど親しくしておりましたが、こちらが考えていたこととは違う風なお気持もあって、お恨みになるらしいのは、まことに御無体というものです。普通の女並みに暮らしたいわたしならば、こうした御申し出でに耳をかさない訳はないでしょう――
「されど、昔より思ひ離れそめたる心にて、いと苦しきを、この君のさかり過ぎ給はむもくちをし。げにかかる住ひも、ただこのゆかりにところせくのみ覚ゆるを、まことに昔を思ひきこえ給ふ志ならば、同じ事に思ひなし給へかし。身をわけたる、心の中は皆ゆづりて、見奉らむ心地なむすべきを。なほかうやうによろしげにきこえなされよ」
――けれども、私は昔から結婚のことは断念したつもりですので、たいそう困るのですが、中の君が年頃の盛りを過ぎるのが残念でなりません。こんな山住みも、そのこと一つが悩みの種となっているのです。薫の君が真実父上をお思い申される志でいらっしゃるなら、(わたしも中の君も同じこと)中の君をわたし同様にお考え頂きたいのです。そうしてさえいただけましたら、体は別々でも心はすべて中の君に預けて、共にあの方にお逢い申す気がすることでしょう。そこのところをそなたの口から、よろしく取り繕って申し上げてください――
と、恥じらいながらも、ご自分の胸の内を細やかに仰せになりますので、さすがに弁の君もお労しく思うのでした。
では11/1に。
四十六帖 【総角(あげまき)の巻】 その(21)
薫は、はじめから大君との間柄を、こうあらわに誰彼にも口出しさせず、こっそりといつ出来た関係とも分からぬように、と思って来られたことでしたので、薫が、
「御心ゆるし給はずば、いつもいつもかくてすぐさむ」
――大君が御承知にならなければ、いつまでもこのままでいよう――
とおっしゃいますのを、この弁の君は、
「おのがじしかたらひて、顕証にささめき、さはいへど、深からぬけにや、老いひがめるにや、いとほしくぞ見ゆる」
――他の侍女たちと相談して、人目も憚らず、あからさまに振る舞っているようです。好意からと言っても、浅はかな上に、年寄りの片意地のせいか、何にしてもお気の毒な感じです――
大君は、ほとほと思案にくれて、丁度、弁の君が参上しました時に、
「年頃も、人に似ぬ御心よせとのみ、のたまひわたりしを聞きおき、今となりては、よろづに残りなく頼みきこえて、あやしきまでうちとけにたるを、思ひしに違ふさまなる御心ばへのまじりて、うらみ給ふめるこそわりなけれ。世に人めきてあらまほしき身ならば、かかる御事をも、何かはもて離れても思はまし」
――今までも父上が、余人とは違う薫の君のご親切のことを言っておられましたのを、お聞きしておりまして、この頃では万事すっかりお頼り申して、不思議なほど親しくしておりましたが、こちらが考えていたこととは違う風なお気持もあって、お恨みになるらしいのは、まことに御無体というものです。普通の女並みに暮らしたいわたしならば、こうした御申し出でに耳をかさない訳はないでしょう――
「されど、昔より思ひ離れそめたる心にて、いと苦しきを、この君のさかり過ぎ給はむもくちをし。げにかかる住ひも、ただこのゆかりにところせくのみ覚ゆるを、まことに昔を思ひきこえ給ふ志ならば、同じ事に思ひなし給へかし。身をわけたる、心の中は皆ゆづりて、見奉らむ心地なむすべきを。なほかうやうによろしげにきこえなされよ」
――けれども、私は昔から結婚のことは断念したつもりですので、たいそう困るのですが、中の君が年頃の盛りを過ぎるのが残念でなりません。こんな山住みも、そのこと一つが悩みの種となっているのです。薫の君が真実父上をお思い申される志でいらっしゃるなら、(わたしも中の君も同じこと)中の君をわたし同様にお考え頂きたいのです。そうしてさえいただけましたら、体は別々でも心はすべて中の君に預けて、共にあの方にお逢い申す気がすることでしょう。そこのところをそなたの口から、よろしく取り繕って申し上げてください――
と、恥じらいながらも、ご自分の胸の内を細やかに仰せになりますので、さすがに弁の君もお労しく思うのでした。
では11/1に。