2011. 6/29 964
四十九帖 【宿木(やどりぎ)の巻】 その(25)
それぞれ女房たちが心配げに話しているのをお聞きになって、中の君は、
「今はいかにもいかにもかけて言はざらなむ、ただにこそ見め、とおぼさるるは、ひとには言はせじ、われ一人うらみきこえむ」
――今はもうあれこれと口に出して言わないでほしい。ただじっと、匂宮のなさることを見ていましょう。こうお思いになるのは、匂宮の事を人にはかれこれ言わせまい、ご自分一人でお恨み申していようとのお積りであろうか――
女房たちが、
「『いでや、中納言殿の、さばかりあはれなる御心深きを』など、そのかみの人々は言ひ合せて、『人の御宿世のあやしかりけることよ』と言ひ合へり」
――「ほんとにまあ、中納言殿(薫)が、あれほど深い御親切ぶりなのに」などと、大君が薫に中の君をお薦めになった当時の事情を知っている者たちが、顔を見合わせては「人の御運というものは、不思議なものでございますね」などと言い合っております――
さて、匂宮は、
「いと心ぐるしくおぼしながら、今めかしき御心は、いかでめでたきさまに待ち思はれむ、と心げさうして、えならず薫きしめ給へる御けはひ、いはむかたなし」
――中の君をたいそうお気の毒にお思いになりながらも、やはり派手好きな御性格から、お待ちかねの六の君側の人々に、立派な婿君と思われたいものだと精一杯気負い立って、御衣に並々ならぬ名香を薫きしめた御風采など、まことに申し分ありません――
「待ちつけきこえ給へる所のありさまも、いとをかしかりけり」
――お待ち申される夕霧邸の様子も実に風情を凝らしているのでした――
「人の程、ささやかにあえかになどはあらで、よき程になりあひたる心地し給へるを、いかならむ、ものものしくあざやぎて、心ばへも、たをやかなる方はなく、もの誇りかになどやあらむ、さらばこそ、うたてあるべけれ、」
――六の君の姿形は、小柄で華奢(きゃしゃ)などということはなく、良い具合に発育しきった感じがなさるのを、匂宮は、お人柄の方は一体どんなふうであろうか、ものものしく構えて内気なところはなく、気立てもやさしさに欠けていて、気位ばかり高いのではないだろうか、そんなふうならとても気に入るまい――
などと思っておいでになりましたが…。
◆心げさうして=心化粧して=相手を意識して気を使う。緊張して。
では7/1に。
四十九帖 【宿木(やどりぎ)の巻】 その(25)
それぞれ女房たちが心配げに話しているのをお聞きになって、中の君は、
「今はいかにもいかにもかけて言はざらなむ、ただにこそ見め、とおぼさるるは、ひとには言はせじ、われ一人うらみきこえむ」
――今はもうあれこれと口に出して言わないでほしい。ただじっと、匂宮のなさることを見ていましょう。こうお思いになるのは、匂宮の事を人にはかれこれ言わせまい、ご自分一人でお恨み申していようとのお積りであろうか――
女房たちが、
「『いでや、中納言殿の、さばかりあはれなる御心深きを』など、そのかみの人々は言ひ合せて、『人の御宿世のあやしかりけることよ』と言ひ合へり」
――「ほんとにまあ、中納言殿(薫)が、あれほど深い御親切ぶりなのに」などと、大君が薫に中の君をお薦めになった当時の事情を知っている者たちが、顔を見合わせては「人の御運というものは、不思議なものでございますね」などと言い合っております――
さて、匂宮は、
「いと心ぐるしくおぼしながら、今めかしき御心は、いかでめでたきさまに待ち思はれむ、と心げさうして、えならず薫きしめ給へる御けはひ、いはむかたなし」
――中の君をたいそうお気の毒にお思いになりながらも、やはり派手好きな御性格から、お待ちかねの六の君側の人々に、立派な婿君と思われたいものだと精一杯気負い立って、御衣に並々ならぬ名香を薫きしめた御風采など、まことに申し分ありません――
「待ちつけきこえ給へる所のありさまも、いとをかしかりけり」
――お待ち申される夕霧邸の様子も実に風情を凝らしているのでした――
「人の程、ささやかにあえかになどはあらで、よき程になりあひたる心地し給へるを、いかならむ、ものものしくあざやぎて、心ばへも、たをやかなる方はなく、もの誇りかになどやあらむ、さらばこそ、うたてあるべけれ、」
――六の君の姿形は、小柄で華奢(きゃしゃ)などということはなく、良い具合に発育しきった感じがなさるのを、匂宮は、お人柄の方は一体どんなふうであろうか、ものものしく構えて内気なところはなく、気立てもやさしさに欠けていて、気位ばかり高いのではないだろうか、そんなふうならとても気に入るまい――
などと思っておいでになりましたが…。
◆心げさうして=心化粧して=相手を意識して気を使う。緊張して。
では7/1に。