生命哲学/生物哲学/生活哲学ブログ

《生命/生物、生活》を、システム的かつ体系的に、分析し総合し統合する。射程域:哲学、美術音楽詩、政治経済社会、秘教

Serious MOONLIGHT

2010年06月30日 12時01分00秒 | 生命生物生活哲学
2010年6月30日-2
Serious MOONLIGHT

 2010年6月29日夜、久しぶりに、ソフトでの映画を見た。Meg Ryan主演(者の一人)の最近作、『メグ・ライアンの男と女の取り扱い説明書』のDVD。
 新作なので、420円かかるところだが、更新手続き料の100円を払ったら、無料で借りれた。解釈し直せば、(或る条件下で)100円で借りたということ。さきだつ2回は、借りることもなく更新手続きだけをしていた(そのときは更新手続き料は無かった)。
 この数年間、テレビでの映画の再放送のほとんどは見たことがあるという状態が続いているほど、多くの本数を見た。学生のときは、京一会館という祇園近くにあった映画館では、一日に3本(だったと思う)を見ることを(間欠的に)続けたことがあった。ダブルヘッダーで6本(だったと思う)を続けてみたことがあったが、さすがに気分が悪くなった。練獄エロイカでは、なんらかの操作の誤ちで(憶測)、途中で先頭に戻って同一の映像が繰り返されたと思ったのだが、観客は平然としていたようで、気味が悪かった。とにかく、元に戻って(展開があるはずの)先に進まないのだから、シジフォスの神話みたいに永遠に繰り返されるのではないかという感じになって、映画館を出た。(脱線した。)
 数多くの映画を見たために、筋書きのパターン分類がおのずとできあがっしまったせいか、どの作品も筋書きが分かってしまって、先が読めてしまう(簡単な例は、The Sixth Sense〔第六感〕。ホラー映画は見ないことにしているが、これはそのカテゴリーに分類されているらしい)。むろん、読めてしまっても、数年ほど毎年見ていたような、(ハン・ソロが出てくる方の、かつ、digital映像挿入の無い旧作の方の)Star Wars三部作のように面白いものもある。つまり、筋書きが分かってしまうことは、(わたしにとって)面白くないことの十分条件ではない(また、必要条件でもない)。Star Wars三部作は、おすすめ。数年前に何かの本で出ていた、玄人筋では投票で100位中で一位だった、市民ケーンはかなりしょうもないと思う。後の人が古い作品をそう判断するのは、当然だろうと思うのだが。

 Meg Ryan(Germanyのアナグラム(ウィキペディア)だって、なぜ?)の、VHSで借りられるものはほとんど見た。

  トップガン Top Gun(1986年)
  恋人たちの予感 When Harry Met Sally...(1989年)
  めぐり逢えたら Sleepless in Seattle(1993年)
  男が女を愛する時 When a Man Loves a Woman(1994年)
  戦火の勇気 Courage Under Fire (1996年)
  シティ・オブ・エンジェル City of Angels(1998年)
  ユー・ガット・メール You've Got Mail(1998年)
  ニューヨークの恋人 Kate & Leopold(2001年)
  メグ・ライアンの 男と女の取扱説明書 Serious Moonlight (2009)
        (ウィキペディアから張りつけました。感謝。)

 (二度は見たが)トップガンに出ていたとは、気づかなかった。さて、ユー・ガット・メールのような、筋書きはありきたりでも、それなりに楽しいようなラブ・コメデイだと思ったら、違った。原題は、Serious MOONLIGHTだったのだ。half seriousなら、雑誌名にもあった、面白半分だが、halfはついていないので、深刻な月光〔月明かり〕。これは、冗談ではない月明かり、と訳すべきか。いずれにしろ、人のどちらかと言えば情緒的な判断を投影している。月光を物理的なものと解釈すれば、(量や程度が)かなりの月光。

 さて、21.5インチのiMacで見た。わりと最初の方で、「ストックホルム症候群」(これは、職を追われた岩月謙司氏の著書の、たぶん『娘の結婚運は父親で決まる:家庭内ストックホルムシンドロームの自縛』で知った)という言葉が、(Meg Ryan演じる)ルイーズから出たところで、む?と思った。6章のところでは、便器付き浴室の洋式便器に妻ルイーズが夫を縛りつけた状態の浴室へ、(にわか)泥棒がなぐって気絶したルイーズを浴室に運び入れてきて、手と足を縛る。この縛りの程度のところで、怪しい。決定的には、(ルイーズがやったことだが)夫が窓を見ることができて、かつ、口は塞がれておらず、したがって、芝刈り人(この者が泥棒になる)に助けを呼ぶことができた、という場面である。手抜きというか、出来過ぎというか、ははん、ルイーズが買い物に出かけたときに、夫に離婚を<心から>思いとどまらせるために、泥棒役の芝居を頼んだのだな。
 最後のシーン。夫婦が街に出たときに、泥棒役の男がルイーズに挨拶をするということで、(むろん!)種明かしがされる。推理映画だったのか。実に、期待はずれのものを見てしまった。出来も悪い。

 意志薄弱。わが優先順位を遵守しよう。

地球温暖化スキャンダル/IPCC信話〔神話ではない〕の崩壊 1

2010年06月30日 02時27分17秒 | 生命生物生活哲学
2010年6月30日-1
地球温暖化スキャンダル/IPCC信話〔神話ではない〕の崩壊 1

 2010年6月29日、オートポイエーシス論の参考になる記事があるという知らせを得て、特集「ネオ・サイバネティクスと21世紀の知」がある『思想』2010年第7号(No.1035)を買おうと、無害な二酸化炭素と水蒸気と有害物質である一酸化炭素、炭化水素、窒素酸化物や粒子状物質などを含む排気ガスexhaust gas(ウィキペディア)を出しつつも、大型書店へと走った(片道約7km)。生物体は環境に積極的に働きかけることをする。もし二酸化炭素を出せば(全地球ではなく)この地方が温暖化するのならば、多くの利益があるから、せっせと出すに限る。不利益はガソリン代がかかることと、有害物質の排出である。人はまず食べなければならない。東北地方でも、「寒さの夏はオロオロと歩く」ように、冷害は怖い。純粋な二酸化炭素を作って放出するというのはどうなのだろうか。
 さて、その大型書店では、検索して在庫書棚へと行き、前から気になっていた(1冊しか無かった)『地球温暖化スキャンダル』を買った。『思想』は入荷していないとのこと。

 結局、駅前にあるもう一つの大型書店へと走ったが、そこでも『思想』は無かった。そもそも入荷させていないのである。その書店には、『地球温暖化スキャンダル』は1冊しか無かった。一方、明日香壽川『地球温暖化:ほぼすべての質問に答えます!』(岩波書店)は、入り口近くの特別の棚に、表紙むけての少なくとも1冊と背表紙向けの5冊が並んでいた。「なので」!?、1冊買った。

 で、もっと後で検討する予定だったが、

[M]
モシャー,スティーブン & フラー,トマス.2010.(渡辺正訳 2010.6.15)地球温暖化スキャンダル:2009年秋クライメートゲート事件の激震.4(口絵)+2+xii+304pp.日本評論社.[ISBN 9784535786523 / y2,310] [Mosher, Steven & Fuller, Thomas. 2010. Climategate: the CRUtape Letters.] [B20100629]

を読み始めた。

 2009年11月17日、英国イーストアングリア大学の気候研究所(CRU)のサーバから、電子メール1073通と、演算プログラムを含む文書3485点が、インターネット上に(許可無く)公開された(1頁)。外部からのhacking(crackingではない)だと言われるが、著者は、内部からの流出と見ている[要、引用頁]。

  「IPCC関係者は、メールの文章を「深い意味はないイタズラ書き」、クライメートゲート(Climategate)の名がついたスキャンダル全体を「空騒ぎ」とみて、温暖化の科学は揺るがないと言い張った。」(2頁)。

 まったくのところ、日本でもそのような反応である。そこで、日本学術会議第三部主催のシンポジウムを聞きに出かけた(搭乗したJAL機は、一人分増の燃料を消費し、二酸化炭素を含む排気ガスをまき散らしたに違いない)のだが、たとえば草野完也氏のより妥当なモデルであり得る研究や米本昌平氏の面白い見方や伊藤公紀氏の冷静な見方やらがあったにせよ、これらとてクライメートゲート事件の解明に直接関係するものでもなく、またパネルディスカッションでもそのようになったわけでもなく、日本学術会議の少なくとも一部の予算は、税金の使い道の有効な使い方へと向けた事業仕分けの対象にすべきだ。と言いたいところだが、日本でのきちんとした議論への最初の一歩にはなり得る。そうなってほしい。

 ついさきほど検索すると、記者の岩上安身氏が文字起こしした、
2010年4月30日 日本学術会議 公開シンポジウム「IPCC(気候変動に関する政府間パネル)問題の検証と今後の科学の課題」全記録

http://www.iwakamiyasumi.com/column/politics/item_371.html
20100701リンク切れ↓
http://nagatsuki07.iza.ne.jp/blog/entry/1608578/
に、あった。と思ったら、さらに、音源にもとづいて修正されたのがあって、その下方にwebsiteがリンクされている。

日本学術会議公開シンポジウム全記録その1・開会の辞 岩澤康裕(日本学術会議 第三部 部長)
  100430_NihonGakujutu_01_Aisatu.pdf〔4pp.〕
日本学術会議公開シンポジウム全記録その2・中島映至(東京大学 大気海洋研究所 教授)講演
  100430_NihonGakujutu_02_Nakajima_c1.pdf〔11pp.〕
日本学術会議公開シンポジウム全記録その3・西岡秀三(国立環境研究所 特別客員研究員)講演
  100430_NihonGakujutu_03_Nishioka_c1.pdf〔12pp.〕
日本学術会議公開シンポジウム全記録その4・草野完也(名古屋大学 太陽地球環境研究所 教授)講演
  100430_NihonGakujutu_04_Kusano.pdf〔10pp.〕
日本学術会議公開シンポジウム全記録その5・米本昌平(東京大学先端科学研究センター 特任教授)講演
  100430_nihongakujutu_05_yonemoto.pdf〔9pp.〕
日本学術会議公開シンポジウム全記録その6・パネルディスカッション。
  100430_nihongakujutu_06_paneldiscussion.pdf〔49pp.〕
  (第二部 パネルディスカッションは、「IPCC問題が問いかけるもの:科学的作業、情報・倫理、科学者の行動規範」
   司会:岩澤 康裕(日本学術会議第三部 部長)、パネリスト:中島映至(東京大学 大気海洋研究所) 江守正多(国立環境研究所) 草野完也(名古屋大学 太陽地球環境研究所) 安成哲三(名古屋大学 地球水循環研究センター) 伊藤公紀(横浜国立大学 大学院工学研究院) 米本昌平(東京大学先端科学研究センター) 横山広美(東京大学 大学院理学系研究科))

 ご苦労様でした。感謝。

 有用な脱線をしたが、原著者は、「日本の読者に」で、
  「気候科学が「まともな科学」に戻るよう、ここから願っている」(v頁)。
と述べている。