4(1)時効取得者と取得時効の完成後に抵当権の設定を受けてその設定登記をした者との関係が対抗問題となることは,所論のとおりである。しかし,不動産の取得時効の完成後,所有権移転登記がされることのないまま,第三者が原所有者から抵当権の設定を受けて抵当権設定登記を了した場合において,上記不動産の時効取得者である占有者が,その後引き続き時効取得に必要な期間占有を継続したときは,上記占有者が上記抵当権の存在を容認していたなど抵当権の消滅を妨げる特段の事情がない限り,上記占有者は,上記不動産を時効取得し,その結果,上記抵当権は消滅すると解するのが相当である。その理由は,以下のとおりである。
ア 取得時効の完成後,所有権移転登記がされないうちに,第三者が原所有者から抵当権の設定を受けて抵当権設定登記を了したならば,占有者がその後にいかに長期間占有を継続しても抵当権の負担のない所有権を取得することができないと解することは,長期間にわたる継続的な占有を占有の態様に応じて保護すべきものとする時効制度の趣旨に鑑みれば,是認し難いというべきである。
イ そして,不動産の取得時効の完成後所有権移転登記を了する前に,第三者に上記不動産が譲渡され,その旨の登記がされた場合において,占有者が,上記登記後に,なお引き続き時効取得に要する期間占有を継続したときは,占有者は,上記第三者に対し,登記なくして時効取得を対抗し得るものと解されるところ(最高裁昭和34年(オ)第779号同36年7月20日第一小法廷判決・民集15巻7号1903頁),不動産の取得時効の完成後所有権移転登記を了する前に,第三者が上記不動産につき抵当権の設定を受け,その登記がされた場合には,占有者は,自らが時効取得した不動産につき抵当権による制限を受け,これが実行されると自らの所有権の取得自体を買受人に対抗することができない地位に立たされるのであって,上記登記がされた時から占有者と抵当権者との間に上記のような権利の対立関係が生ずるものと解され,かかる事態は,上記不動産が第三者に譲渡され,その旨の登記がされた場合に比肩するということができる。また,上記判例によれば,取得時効の完成後に所有権を得た第三者は,占有者が引き続き占有を継続した場合に,所有権を失うことがあり,それと比べて,取得時効の完成後に抵当権の設定を受けた第三者が上記の場合に保護されることとなるのは,不均衡である。
(2)これを本件についてみると,前記事実関係によれば,昭和55年3月31日の経過により,被上告人のために本件旧土地につき取得時効が完成したが,被上告人は,上記取得時効の完成後にされた本件抵当権の設定登記時において,本件旧土地を所有すると信ずるにつき善意かつ無過失であり,同登記後引き続き時効取得に要する10年間本件旧土地の占有を継続し,その後に取得時効を援用したというのである。そして,本件においては,前記のとおり,被上告人は,本件抵当権が設定されその旨の抵当権設定登記がされたことを知らないまま,本件旧土地又は本件各土地の占有を継続したというのであり,被上告人が本件抵当権の存在を容認していたなどの特段の事情はうかがわれない。
そうすると,被上告人は,本件抵当権の設定登記の日を起算点として,本件旧土地を時効取得し,その結果,本件抵当権は消滅したというべきである。
裁判官古田佑紀の補足意見は,次のとおりである。
法廷意見は,取得時効の完成後所有権移転登記をする前に,第三者が抵当権の設定を受けその登記がされた場合,抵当権が実行されると占有者は所有権を失うことになることに着目して権利の対立関係を認め,第三者が譲渡を受けてその登記がされた場合と同様に,登記の時から取得時効の進行を認めるものである。確かに,抵当権の実行により占有者が所有権を失うことがあるという意味においては,第三者が譲渡を受けて登記をした場合と共通性が認められる。
しかしながら,第三者が抵当権設定を受けた場合に,これが譲渡を受けた場合と「比肩する」として,占有者について取得時効の進行を認めるためには,占有者の法的状況について上記の共通性が認められるだけでは足りず,第三者の法的状況も観察して,双方の観点から,第三者が譲渡を受けた場合と同様の状況といえるかどうかを検討する必要がある。占有者が所有権(時効の援用によって取得される所有権又は所有権を取得できる地位)を失うこととなるのは,抵当権により履行が担保されている債務の不履行があって抵当権が実行された場合であるから、抵当権が設定されても,そのことによって直ちに占有者の所有権が失われることとなるわけではなく,両者は併存する。第三者側からすると,第三者が不動産の譲渡を受け登記を経た場合であれば,占有者は確定的にその所有権を失い,第三者は占有者に対して所有権に基づきその明渡しを求めるなど,その権利を行使して取得時効の完成を妨げ,取得した所有権の喪失を防止できるのに対し,抵当権の設定を受けた場合は占有者の所有権が失われることにならないところ,抵当権は債務不履行がないにもかかわらず実行することはできないし,また占有権原や利用権原を伴うものではないからこれらの権原に基づいて占有を排除することもできないのであって,所有権のように前記のような権利の消滅を防止する手段が当然には認められない。
この点は,譲渡を受けた場合と抵当権の設定を受けた場合とで大きく相違する点であって,このような差があることを踏まえても,取得時効の進行に関し,なお法的状況が同様であるといえるためには,抵当権の設定を受け登記を経た第三者において,抵当権の実行以外に,占有者に抵当権を容認させる手段など,取得時効期間の経過による抵当権の消滅を防止する何らかの法的な手段があることが必要と考える。このような手段がないとすれば,抵当権者は,本来の権利保全の仕組みからすれば自らにその権利を対抗できない者との関係で,防止する手段がないまま自己の権利が消滅することを甘受せざるを得ないことになり,均衡を失するものといわざるを得ない。法廷意見はこの点について明示的に触れるところがないが,抵当権者において抵当権の消滅を防止する手段があることを前提としているものと解され,その理解の下で法廷意見に与するものである。
なお,法廷意見は被上告人が本件旧土地を時効取得した結果抵当権が消滅する旨判示する。この点については,従来の一般的理解に沿うものであり,また取得時効期間の進行を認めるならばその結果としての取得時効の完成も認めることが論理的であるという考えもあり得ないわけではなく,本件の結論に影響するものではないので,あえて異を唱えるものではない。しかしながら,第三者に所有権が移転された場合には,占有者が確定的に所有権を失うのに対して,第三者に抵当権が設定された場合には,そのような事情はないから,取得時効が完成している状態が変わるものではないにもかかわらず,抵当権が消滅する理由として,再び取得時効の完成を認めることは技巧的で不自然な感を免れない。第三者が所有権を取得した場合は,占有者が再度所有権を取得するためには改めて取得時効が完成することが必要であるが,第三者が抵当権の設定を受けた場合は,民法397条の規定から取得時効期間占有が継続されたこと自体によって抵当権が消滅すると解することが可能である。原始取得であることをもって他の権利が当然に消滅するとはいえないのであって,法は所有権以外の物権について所有権の時効取得によって当然にこれが消滅すべきものとしているとは必ずしもいえず,占有に関わらない物権については個別に消滅するかどうかを判断すべきものとしていると見る余地があり(民法289条,290条参照),複数の担保権が存在する場合の調整やこれらの権利の消滅を防止する手段などに関して,そのような観点からの検討をすることが適切な場合があるのではないかと思われることを付言しておきたい。