http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20131101-00000210-yom-soci
さて,詐欺罪について勉強するにはいい素材です。ホテル側の主張は,例えば「3000円の料理オーダーに対して,3000円相当の料理は提供したから損害はない」とでも言う感じでしょうか。さてどう考えるか。論文突破レジュメを見てみましょう。
【相当対価の給付】
①「たとえ価格相当の商品を提供したとしても,事実を告知する時は相手方が金員を交付しないような場合」には詐欺罪は成立するとした判例(最決昭和34年9月28日)
②「ある薬を相当価格で売る場合において,自分が医者であると詐称した事例について被害者に財産上の損害は無いから詐欺罪は不成立とした判例(大決昭和3年12月21日)
「この2つの判例は矛盾しないのか。被害者が失ったものと得たものとが金銭的価値において客観的に同じであれば財産上の損害が無いという考え方をとれば矛盾しよう。しかし,比較すべきは,被詐欺者が当該取引において「獲得しようとしたもの」と「給付したもの」でなければならない。①判例は被害者が獲得しようとしていたものは,購入価格以上の価値であり,そこに財産上の損害があるといえる。②判例において被害者が得ようとしたものは,まさしくその薬であり,定価通りで効能も同じであれば,医者と詐称したことは財産上の損害を基礎付ける要因足り得ない。このように実質的な財産上の損害の有無は被害者が獲得しようとして失敗したものが,経済的に評価して損害と言いうるものかどうかということにより決定すべきである(実質説:西田)」
この件は,「相当の対価を得たにもかかわらず,財産的損害があると言えるのかが問題。被欺もう者の主観的な取引目的が達せられなかったことが財産的損害である」という部分の抜粋ですが,本件に当てはめるとどうなるでしょうか。
分かりやすく極端な事例で考えて見ましょう。「3000円の黒毛和牛サーロインステーキを注文したのに,3000円相当の黒豚ステーキだった」,という場合だとしたらどうでしょうか。ホテル側の言い分は通るのでしょうか。この場合に,お客が「得ようとして得られなかった経済的利益」とは,「3000円相当の食事を受ける利益」なのでしょうか。そうは思えません。黒毛和牛を食べたい人にとって,如何に美味でも黒豚では満足できないですし,真実を知れば注文することは無かったと言えるでしょう。ですから,「損害はない」という主張は通らないのではないか,と思います。もちろん,虚偽表示の「ズレの程度」は問題になるでしょう。加工肉使用の有無,産地のズレ,冷凍素材か生の素材か,宣伝の仕方やメニューによってはかなり微妙な判断が必要なケースも出てきます(ホテル側は「許容範囲内のズレ」と見たのでしょう)。
ところで,ホテル側は,「料理の種類なんて関係ない,要は値段相応なら良いのだ」,とでも考えているのしょうか。だとしたらプロとしての見識を疑いますよねぇ。
因みに,ここでは「損害」の話をしているのであって,即「詐欺罪成立」になるわけではないので慌てないように(笑)故意の問題とかありますからね。
恐らく,37万人以上の返金には到底応じられない,という経営判断が先行しているのは間違いないと思いますが,これは「経営判断」として如何なものでしょう。確かに一時的には,莫大な損害になると思いますが,返金に応じない場合,この「延べ37万人の顧客」を失うことになるでしょう。逸失利益は莫大です。またこの人達が知人に何を言うかは容易に想像つきます。マーケティングの世界では,「ネガティブキャンペーンは1人が7人に対してする」,といわれています。単純計算したら,恐ろしい数字になります。
更に,他の多くのホテルが返金に応じるとすると,ホテルのイメージは非常に悪化しますし,深刻な客離れが生じる可能性が高いです。むしろ,返金に応じた上,1000円なり2000円なりの無料チケットを配るくらいが正解だと思います。返金だけだと,結局2度と来ない可能性は高いですが,無料チケットがあれば,「勿体無いので一度は行こうか」,という気になるでしょう。もし来てもらえれば,謝罪のチャンスも増えますし,信頼回復のチャンスも得ます。実際にはチケットよりも多めに使ってくれる可能性もあります。そういう意味では,単なる返金だけというのは得策ではないと思いますし,ましてや一切応じないというのは,かなりリスクがでかい判断のような気がします。