(半紙)
「獨歩晴天」~晴天に独り歩す 碧眼録(禅問答の書)より
独歩とは、優劣や有無や色空などの相対の世界に住せず、絶対の世界に住すること。
晴天とは、人間の智慧(知識)分別を超越した世界のこと。
つまり、優劣を比べ合い、有無を論ずるところに、安心は存在しないということ、とな。
話はちょっと違うけど。
以前何かの番組で、日本人と在日外国人の対談があって。
日本人は外国人に対して「違う」を前提に、「同じ」を探そうとしないところがある、と。
けれど、色々な民族が住み、国境こそあれ地続きの国に暮らす人々は
「違う」を前提に「こんなに同じ」を探そうとするのだと。
「違う」を前提に・・は、意外と気づかないところかもしれないな・・と、ふと
日本人は「誰かと一緒」を探して追いかける癖があるような。
自分に見合った誰かと同じものを着たり、食べたり・・することで、
自分の居場所を確認しているような。
そのくせ「個性」ということばには敏感に反応する・・っていうか
個性はそれぞれ違うわけで。
でも、日本人とか欧米人とか関係なく、人間なんかどこかみんな似ていて。
ほんとは「だいたい同じ」なのに「人と違う」を探そうとするから、
焦ったり、羨んだり、悩んだり・・。
人間なんて同じようなものさって思えたら、自分も相手も許せるような気がしてくる
そしたら喧嘩も戦争もなくならないかな・・
「獨歩晴天」~晴天に独り歩す 碧眼録(禅問答の書)より
独歩とは、優劣や有無や色空などの相対の世界に住せず、絶対の世界に住すること。
晴天とは、人間の智慧(知識)分別を超越した世界のこと。
つまり、優劣を比べ合い、有無を論ずるところに、安心は存在しないということ、とな。
話はちょっと違うけど。
以前何かの番組で、日本人と在日外国人の対談があって。
日本人は外国人に対して「違う」を前提に、「同じ」を探そうとしないところがある、と。
けれど、色々な民族が住み、国境こそあれ地続きの国に暮らす人々は
「違う」を前提に「こんなに同じ」を探そうとするのだと。
「違う」を前提に・・は、意外と気づかないところかもしれないな・・と、ふと
日本人は「誰かと一緒」を探して追いかける癖があるような。
自分に見合った誰かと同じものを着たり、食べたり・・することで、
自分の居場所を確認しているような。
そのくせ「個性」ということばには敏感に反応する・・っていうか
個性はそれぞれ違うわけで。
でも、日本人とか欧米人とか関係なく、人間なんかどこかみんな似ていて。
ほんとは「だいたい同じ」なのに「人と違う」を探そうとするから、
焦ったり、羨んだり、悩んだり・・。
人間なんて同じようなものさって思えたら、自分も相手も許せるような気がしてくる
そしたら喧嘩も戦争もなくならないかな・・