打越通信

日記ふういろいろ

博多駅ビル

2011-03-05 06:43:23 | 写真投稿
これは開業前の3月1日の博多駅ビル。
阪急百貨店や東急ハンズなど九州に初進出、専門店街も「アミュプラザ博多」として開業している。



高さの制限は近くに福岡空港があるため制限されたと聞く。



まあそれにしても大きな駅ビルなのだ。
日本でも最大級なのではないのだろうか?



こんな新しい商業施設が出来、天神との客の奪い合いにはならないのだろうかと心配する。
しかし地元の同僚達の話を聞くと、駅ビルでの買い物はほとんど無いという、やっぱり買い物となると天神に足が向いてしまうそうだ。



となると九州各地からの集客となるわけだ。
九州各地への特急列車の発着駅としての起点の駅だから集客はあるのだ。
しかしこれまで新幹線の発着駅だったのだが、九州新幹線が開業してしまえば、通過駅になってしまう。
新幹線通勤している同僚達が、今までは終着駅という事で、小倉、博多間は定期や通常切符でもしている指定席があれば乗れたのだが、開業後は通過駅のためそれが出来なくなると嘆いていた。
そういえば山陽新幹線の車内アナウンスでそのような事を言っていた。



福岡マラソンの過去の優勝者の足型(足跡?)は一箇所にまとめて展示してあった。



そして筑紫口に出ると、新しい駅の看板が出来ていた。
博多織の献上柄でデザインされたものだ、数名の若者達がその前で写真を撮っていた。
「すみません、写してもらえませんか?」
と言うので、2枚ばかしシャッターを切ってあげた。
さあ、九州は新幹線開業に向けていよいよ新しい時代に突入する。

カウントダウン9

2011-03-04 06:47:33 | 日記ふう
娘と近くの焼肉屋に行った。
彼女の前に住んでいたアパートの近くに店だった。



今回で2回目、生ビールの小と中を取って、何を焼くのかは彼女に任せ、腹が減っていたのでご飯の小をひとつ頼んだ。



娘も元気一杯、旨そうな顔をしてモリモリ食っている、そんな旨そうな顔を見ているとこちらまでうれしくなる。



娘のアパートの部屋は最上階の14階、夜景がすばらしい。



翌日は娘も8時まで会社に行かなくてはならなくて、7時半にはアパートを出て娘と別れた。
そのまま仕事場に行き、仕事から解放されたのは4時過ぎだった。
そのままてくてく歩いて博多駅。



4時53分のリレーつばめに乗り込む。





今日はクルマでは無いので、ゆっくりとビールを飲みながら、しみじみと車窓を眺めながら帰る。
カウントダウンもついに10を切った、これが最後の私にとってのリレーつばめのラストランになるのだろうか・・・。

6時半には上熊本駅に着いた。



青カエルが来ていたので、慌てて乗り込む。
車内は学生達の話し声で賑やかだった。



5分もしないうちに打越駅についてのだ。

カウントダウン10

2011-03-03 12:07:04 | 日記ふう
三寒四温に季節に入ったようだ。
数日間汗ばむような気候が続いたと思えば、ここ数日は厳しい寒さが戻ってきた。
そんな中、3月1日と2日、泊りがけの出張に出る、困るのはコートなのだ。
暖かければ、まったく不要の荷物になるし、着ていかないと寒い時に寒い思いをしなくてはならない。
とりあえず天気予報を信じて、コートを着て妻に上熊本駅まで送ってもらう。
在来線の上熊本駅の上の高架を試運転中のつばめが博多方面へ過ぎ去っていく。
切符を買って改札を出てホームでリレーつばめを待っていると、高架の上を新幹線が通過していく。



8時55分のリレーつばめに乗り込む。
この列車は熊本駅で新八代からの列車に、前4両を連結して11両編成の列車になる。



その前4両に乗り込む、この時間帯は割りと空いていた。
博多駅に10時過ぎに到着した。
よく考えると、後10日もすればリレーつばめは無くなってしまう、博多駅の在来線ホームに降り立つ事が無くなる。



そんな思いでホームを眺めていると、ホームの先におもちゃ屋が出来ている。
そして駅ビルでは3月3日の開店に向けて最後の準備をしていた。



北九州に午後1時に入れば良いので、同僚に電話を入れて駅で落ち合って、新幹線で小倉まで移動、小倉駅内の小倉食堂で昼食をとって客先に向かった。



小倉駅にさくらが来ていた。



打ち合わせは難なく終わったが、エラー処理などあり九州の北の果ての駅を6時過ぎの電車で博多に向かった。
途中で娘に電話を入れた。
寒い小雨の降る中、娘のアパートに着いたのは8時頃だった。

ひな祭り

2011-03-02 07:10:32 | 日記ふう
一人暮らしを始めた母が、雛人形があるなら持って来てという。
人形だけは持って来たが、5段飾りの台を持ってくるのを忘れた。
老々介護を1年2ヶ月、やっと父を施設に入れて、在宅介護から施設介護に変った。
そんな老々介護をしている母を、息子の私達は見ているだけで、何も出来なかった。
夫婦愛というべき姿を見ながらも、しかし現実は厳しかった。
父は施設に入ってかえって良かったと思っている。
良かったと思っているというのは、病院が併設されているので、いざ何かあった場合に対応が出来るという意味でだ、しかし、父も内心では自宅に帰りたいのが痛いほどわかる。
今度は母が独居老人になり、長男の私としてはまたまた心配事が増えてしまった。

妻と母と父の病院に行って、父といろいろな話をして、自宅に帰る。
この雛人形は娘のもので、父からお祝いとしてもらったものだ。
こっそりとソファーのテーブルを持って来て、お内裏様とお雛様を飾った。
あまりに殺風景だったので装飾品も並べてみた。
帰り際に言うのを忘れて、電話をしたら。
「うん、畳の間に飾ってあったね。しばらくその前に座って眺めていた。」
と言っていた。

明日はひな祭り、母がお雛さまの前に座って、甘酒でも飲んでいてくれれば良いのだが・・・

髭てらさんの写真展

2011-03-01 07:46:57 | people
1月の中旬に1枚の案内状が届いていた、第二回髭てらさんの風景写真展の案内状だった。
気にはなっていたのだが、土日も結構忙しくしていて、やっと時間を作って妻とクーを連れて出かけた。
場所は「フードパル」のホール内ギャラリー、クーは入ることが出来ず玄関でお留守番だった。



去年、10年ぶりに再会して、それから1年ぶりの再会だった。
古希を過ぎられたとは思えない若々しいお姿で
「体が動くうちに、どこそこ行っておこうと思っとります」
と言われるように、本格的なキャンピングカーで全国狭しと撮影旅行をされている。
そんな様子は「髭てらのデジカメ撮影記」なるblogを通じて紹介されている。



今回は長野県の上高地や安曇野、北海道の風景画が展示されていた。
「この紅葉の写真の次の日は大雪だったでしょう」
と私が言うと
「そうそう、良く知ってるね。これがその時の写真です。」
blogと通じて1年ぶりとは思えない会話も飛び出した。
上高地などは環境への配慮などでマイカー規制を行っていて、指定された駐車場からシャトルバスに乗らないと現地入りは出来ないなどと裏話も聞くことが出来た。
今日は休日だったので他にも多くの来場者が来られている。



髭てらさんと展示写真と記念撮影。
今度は3月中旬から別の場所で写真展をされるそうで、案内状を頂いた。
またの再開を約束して会場をあとにしたのだ。

去年の個展の様子