荒川三歩

東京下町を自転車で散策しています。

多伎宮古墳群-2

2016年09月05日 | 散文
5号墳
ひと際大きな墓があります。


なるほど、ここが案内板で言う一番大きな古墳です。


5号墳の周囲に古墳が点在しています。
6号墳


7号墳


8号墳


こちらも石室が露出しています。


9号墳
この辺りは塚が崩れています。


10号墳


さて、もういいや、と清流沿いを歩きます。
左が多伎川です。


どこまで行っても橋が無いようなので引き返していました。
ふと左手の森を見ると、白い立札が見えました。


古墳群です。


13号墳


14号墳


15号墳


神社が見えて来ました。

さあ、帰りましょう。
えっ、11・12号墳が無いって?
律儀に順番に紹介するんじゃなかったな!
もういいです。帰ります。

見学し終わった私の手足は、小枝とイバラの引っ掻き傷が一杯でした。
頭には蜘蛛の巣がベタベタと・・・。
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多伎宮古墳群-1

2016年09月05日 | 散文
朝倉は古い村です。
各地に古墳が在ります。
ここ多岐川にも古墳群があります。

多岐川神社の奥に看板があります。


神社の入口に説明版があります。

「愛媛県指定史跡 多伎神社古墳群
多伎神社古墳群は、多岐川の上流が形成した扇状地奥の谷部にあり、東西約300m、南北約100mの範囲に分布しています。
この谷間に多岐川神社と15基余りの古墳があり、このうち横穴式石室を持つ円墳が3基開口しています。
中でも5号古墳は大きく、直径15m、高さ3m余りの墳丘を持っています。
石室は両袖式の横穴式石室で、全長は約6.2m、玄室の長さ約5m、幅約1.5m、高さ約1.9mです。
構造は持ち送り式で天井石を6枚使用しています。
羨道部では、天井石を3枚使用しています。
指定前に崩れていた古墳数基も横穴式古墳であることから、現存する多くは同形式(6世紀前半から7世紀前半頃)のものと見られています。
なお、社殿裏の1号古墳のみ、小石を積み上げて作った石積塚と思われ、他の古墳との違いが見られます。
昭和34年12月25日指定 愛媛県教育委員会・今治市教育委員会」

よく分かりませんが、この説明を念頭に見学します。
古い木製のベンチがある、見学者に配慮した古墳群です。
でも、蚊が居ます。蜘蛛の巣も沢山あります。

一方、私の足元はサンダルです。
それに半袖のTシャツだし・・・。
まさか、こんな事をするとは思わないものですから・・・。
でも、いつものように、もう来る事は無いのでこのチャンスを大事にします。

1号墳

案内板に記載が無かったら探しませんでした。
神社の裏に、立札が朽ちて倒れていました。
立て掛けます。
さんざん歩き回って、小高い場所を覗いてやっと見付けました。

なるほど、小石を積み上げています。
っていうか石が転がっています。
おそらく、大きな石を積みあげる技術が無い分、この形式の方が古いのでしょうね。


2号墳
冒頭の看板のすぐ先にありました。


大きな木の根元に石室が露出しています。


3号墳
墓の上で成長した木の大きさ多さが歴史を物語ります。


4号墳


石室を覗き込みましたが、暗くて何にも見えません。


神社の境内脇を流れる清流を渡って山の奥に入って行きます。


次回に続きます。

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