荒川三歩

東京下町を自転車で散策しています。

子規庵 糸瓜忌/2016

2016年09月21日 | 散文
台風があって、19日に訪問できませんでした。
正岡家使用の井戸の跡を見ています。


庭には子規の好きな赤い花が咲いています。




庭を巡ります。




「ごてごてと草花植えし小庭かな」


ここは加賀前田藩の土地でした。
主に隠居武士が住んでいた界隈です。
このように、住居と庭を半々に取った造りが一般的だったそうです。
そこに子規は草花を一杯植えました。


糸瓜が大きく育っています。


庭から主が居なくなった病室を見ます。


「小園は余が天地にして草花は余が唯一の詩料となりぬ」


今日21日は子規の葬儀の日です。

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一葉泉の変遷

2016年09月21日 | 散文
樋口一葉記念館の近くに「一葉煎餅」があります。


その向かい側に「一葉泉」がありました。




煎餅店と同じく、樋口一葉の名を借りた命名であって、一葉が入浴したのではないと思います(煎餅も食べていないと思います)。


一葉記念館脇から見たボイラー室です。


2013年の晩秋、解体されていました。


銭湯入口側からの様子です。


暫くぶりに、ふと思いついてやって来ました。


予想どおりマンションになっていました。


この辺りが、ボイラー室の入口があった所です。


この辺りでも多くのものが消えていきます。
でも、この看板店は健在でした。


光を通して観てください。

樋口一葉記念館入口の道路沿いにあります。
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一葉桜 光月通り

2016年09月21日 | 散文
粋な名前の通りがありました。


「旧光月通り材木の街」の記載があります。
千束と入谷の間を通っている道です。
左右には普通の民家が並んでいて、東京の中心地にしてはかなり広い道幅を持っていますが、人や車の通行量が極端に少ない通りです。

道幅の広さと「材木の街」の記述から想像するに、かつては多くの材木商が居て、製材所や材木倉庫があって、運送業者が居て、荷馬車やトラックが激しく往来した道路だったのではないでしょうか?
江戸・東京の一大製材木の供給地(木材の貯蔵所は木場)だったのかも知れません。
近くには吉原もあります。

日本の高度成長期以降、安い外材の使用が一般的になって、急激に林業・製材業が衰退しました。
その名残の街だと思います。

ところで、この桜は「一葉桜」という品種なのでしょうか?
この道は樋口一葉ゆかりの竜泉に通じ、そこは小説「たけくらべ」の舞台です。
そんな事から、かつて賑わった道路を桜並木にして、粋な命名をしたのだと思います。
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