カド番だった豪栄道が9月場所で初優勝しました。
しかも、カド番から史上初の全勝優勝です。
ちょっと遠いけど訪ねてみました。
場所は足立区の舎人です。
初めて行きます。
舎人ライナーの終点見沼代親水公園駅の近くです。
自転車で2時間くらい掛かりました。

この辺りかなと探し始めたらいきなり出くわしました。
「優勝おめでとう。写真撮らせてね」と断って、
「よくやったね。全勝は凄いね。次は日本人横綱を期待するよ」等々と言いながら撮らせてもらいました。
お祝いの胡蝶蘭が届きました。

玄関先に明け荷を置いたまま、慌ただしく出入りしています。


お祝い客に親方が対応しているようです。

道を歩いていた小父さんがとことこと上がって行って玄関で覗き込んでいます。
下町の小父さん、好いです。

このあと親方がお見送りに出てきました。
元小結両国は今でもも大きい!
玄関前で見守るファン。
先ほどの小父さんもフェンスにもたれて待機しています。

やっぱり「初優勝」です。
優勝し慣れた伊勢ケ濱部屋とは全く雰囲気が違います。
部屋も、近所の人たちも、喜びと活気と忙しさと物珍しさが一度に来て、沸き立っています。
玄関の右手に今日の祝賀会用でしょうか、ビールが積まれていました。
え~と、8箱ですから160本ですね。
力士たちが手際よく、あっと言う間に運び込みました。

昨日も今日も大宴会でしょうね。
ふれあい橋から見た境川部屋です。
部屋は毛無川のほとりに在ります。
川からあと200mほど行けば埼玉県です。

対岸からも見てみました。
思いの外草深い川です。
豪栄道の他に、妙義龍、佐田の海、豊響の幕内力士を初め、年寄り2人、呼び出し1人、床山2人、十両佐田の富士以下20人以上を抱える大所帯です。

部屋の敷地内に石碑がありました。
吉の谷は輪湖時代の関取です。
小さい体ながら、全身闘志の塊というほどに気合いの入った相撲を見せました。
なんといっても十八番だったのが足取りで、「足取りといえば吉の谷」と言われるほどでした。

引退後は出羽海部屋付きの親方として後進の指導に当たり、同じ長崎県出身の中立親方(元小結・両国)が中立部屋(現・境川部屋)を興すと、これに同行してその弟子の育成に尽力したそうです。
2000年多臓器不全のため、僅か50年でその生涯を閉じたそうです。
境川親方はその恩を忘れることなく、そして弟子にも人としての生き方を教育すべく、こうして石碑を建てたのだと思います。
帰る前にもう一度、部屋の玄関に行きます。

「看板を撮らせてね」と言って、働いている若い衆をどかせて撮った、忙しくて運び込めていない明け荷とお祝いの品が見える玄関風景です。

しかも、カド番から史上初の全勝優勝です。
ちょっと遠いけど訪ねてみました。
場所は足立区の舎人です。
初めて行きます。
舎人ライナーの終点見沼代親水公園駅の近くです。
自転車で2時間くらい掛かりました。

この辺りかなと探し始めたらいきなり出くわしました。
「優勝おめでとう。写真撮らせてね」と断って、
「よくやったね。全勝は凄いね。次は日本人横綱を期待するよ」等々と言いながら撮らせてもらいました。
お祝いの胡蝶蘭が届きました。

玄関先に明け荷を置いたまま、慌ただしく出入りしています。


お祝い客に親方が対応しているようです。

道を歩いていた小父さんがとことこと上がって行って玄関で覗き込んでいます。
下町の小父さん、好いです。

このあと親方がお見送りに出てきました。
元小結両国は今でもも大きい!
玄関前で見守るファン。
先ほどの小父さんもフェンスにもたれて待機しています。

やっぱり「初優勝」です。
優勝し慣れた伊勢ケ濱部屋とは全く雰囲気が違います。
部屋も、近所の人たちも、喜びと活気と忙しさと物珍しさが一度に来て、沸き立っています。
玄関の右手に今日の祝賀会用でしょうか、ビールが積まれていました。
え~と、8箱ですから160本ですね。
力士たちが手際よく、あっと言う間に運び込みました。

昨日も今日も大宴会でしょうね。
ふれあい橋から見た境川部屋です。
部屋は毛無川のほとりに在ります。
川からあと200mほど行けば埼玉県です。

対岸からも見てみました。
思いの外草深い川です。
豪栄道の他に、妙義龍、佐田の海、豊響の幕内力士を初め、年寄り2人、呼び出し1人、床山2人、十両佐田の富士以下20人以上を抱える大所帯です。

部屋の敷地内に石碑がありました。
吉の谷は輪湖時代の関取です。
小さい体ながら、全身闘志の塊というほどに気合いの入った相撲を見せました。
なんといっても十八番だったのが足取りで、「足取りといえば吉の谷」と言われるほどでした。

引退後は出羽海部屋付きの親方として後進の指導に当たり、同じ長崎県出身の中立親方(元小結・両国)が中立部屋(現・境川部屋)を興すと、これに同行してその弟子の育成に尽力したそうです。
2000年多臓器不全のため、僅か50年でその生涯を閉じたそうです。
境川親方はその恩を忘れることなく、そして弟子にも人としての生き方を教育すべく、こうして石碑を建てたのだと思います。
帰る前にもう一度、部屋の玄関に行きます。

「看板を撮らせてね」と言って、働いている若い衆をどかせて撮った、忙しくて運び込めていない明け荷とお祝いの品が見える玄関風景です。
