旅行、ときどき車弄り

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93年 サイパン(簡略版)

2014年08月07日 | 海外旅行(内訳&その他)
ホテルはハイアットリジェンシー、サイパンのビーチは凄い遠浅で、透きとおってました。ナマコも一杯。魚はあまりいませんでしたね。

そこでマニャガハ島へ。相変わらず人気のあるツアーのようです。船で30分掛からなかったと思います。浅いのでシュノーケリングが簡単&安全に楽しめます。
     

ホテルの前の繁華街?食事程度は問題なくできます。日本語メニューだらけですし。ショーはハワイの方が良かったかな。火も使っていましたしね。
 

初めて、置き引きされました。ホテル前のビーチで、目の前のイスからです(写真の直後)。引ったくりに近いですね。Dパックと小銭程度です。パスポートを持つ時は必ずタスキがけする丈夫なバッグにしています。

近年、韓国人観光客が増えたようですね。カジノのあるテニアンも多いみたいです。
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91年 マレーシア・タンジュンアル ビーチ~シンガポール(簡略版)

2014年08月06日 | 海外旅行(内訳&その他)
タンジュンアル ビーチとは、ボルネオ島の北部にあります。コタキナバルのちょい南です。宿泊はタンジュンアルー・ビーチホテルですが、今は存在しないようです。

船でサピ島へ。今でもツアーが存在します。我々1組だけの参加でした。黄色い熱帯魚は2-3匹だけでカマスばかり。昼食のランチBOXはシュノーケリング中に荒らされました。猿でしょうね。
  

サイクリングは2日間もやりました。海沿いを何キロも南下。人が少なくて綺麗な貝も沢山落ちていました。ホテル前の海は波が強くて泳げません。この季節のタンジュンアルは夜の蚊が凄かったです。ガーデンレストランとか酷かったな。
 

マヌカン島です。今は、上のサピ島とSETツアーとなっていますね。こちらの方がお勧めです。マヌカン島は遠浅な所がありますので。海も綺麗ですし写真みたいなコテージもあります。泊るなら島のほうが良いかも知れません。
 

シンガポールへ。「ニュートンサーカス」なる屋台街です。サテ(串焼き)にビールで安上がりです。翌日は市内観光で、「マーライオン像」「マウントフェーバー」(見晴らしの良い丘)、「マンダイ蘭園」を見物。あとはフリーです。現在の「マーライオン像」は立派な奴に再建されています。これじゃないです。
  

プライベートでは、アラブ・ストリート、チャイナ・ストリートへ。今なら内部も見学するのですが、当時は入れないと思っていました。海沿いのマリーナ・スクエアにも屋台が出ていました。メイン通りのオーチャードロードで買い物も。
    

当時「リバークルーズ」、今は「リバーボート」と呼称が変わっていますが現存しています。古いシンガポールが垣間見えます。船上生活者の方とかも。
     
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95年 マレーシア・ランカウイ島~クアラルンプール(簡略版)

2014年08月06日 | 海外旅行(内訳&その他)

この旅行は、マレーシアの観光庁が支援(主催?)したものに応募・合格したものです。費用は僅か8万。旅行後に所定のレポート提出が義務付けられていました。

ランカウイに日本からの直行便が飛んでいない時代です。しかし、当島を観光名所にすることは決まっていました。空港建設もね。至れり尽くせりの3度の飯・観光付きツアーです。

※ 選ばれた理由は、ハワイ・サイパン・オーストラリアのビーチリゾートの実績。35歳という年齢かと思います。

ホテルはシェラトンのコテージでした。海岸は素朴そのものです。カブトガニの甲羅ですね。水着を着てきたのですが汚くて泳げません。到着日はプールで泳いで終了です。
  

島内観光です。バティック工房~クロコダイル・アドベンチャー~黒砂海岸
  

クアタウン(繁華街)~マハスリの墓(白い大理石です)~再現旧民家
  

ホテルで着替えて再集合。屋台村へ出発。ランブータンを買いました。蟻だらけでした。現地の方も買っていましたね。アイヤーハンガーヴィレッジってところで夕食です。最初に記念撮影します。バナナの皮に包まれたマレー料理です。普通に、美味しかったです。
   

翌日はパヤ島へ。小鮫だらけでビビリましたが、先に島の方が泳いで見せました。仕方なく泳ぎましたが、ちょっと怖いなー。自分に子供がいても泳がせるのは嫌ですね。指とか噛まれそうで。
  

ダヤン・ブンチン島です。島内の淡水湖で泳がされました。島々は綺麗なのですが、淡水湖に魅力は感じませんでした。たぶん、もっとお店が増えれば女性にも喜ばれるでしょう。夜はキャプテンズグリルという店でロブスターディナーでした。タンジュンアルーみたいに蚊がいなかったし美味しかったですね。
 

クアラルンプールへ飛行機で。王宮見物(国王が住んでいるので衛兵と記念撮影のみ)、国家記念碑、国立回教寺院(外見見物のみ)、1800年代の建造物見学(今は連邦事務局)で終了しました。
   



夕食が初めての自由時間です(笑)。街中のデパートでお土産を買ったついでに食べました。レポートは、ゴールドコースト・ハワイ・サイパンと比較して纏めました。

街の公共トイレで「金を出せ」と云われましたが、子供みたい小柄で痩せています。モップの柄みたいのを持っているだけです。周囲を見回して誰も居ないのでニヤッを笑って構えたら先方が手を上げました。刃物を持っていたら危なかったです。今なら財布を渡すでしょう。

治安の良いクアラルンプールでこれですから。ちなみにパスポートはホテルに置いて、写しを持ち歩くのがデフォルトです。お金も分散してます。一部は身体に付けますね。当時は手首のサポーターとかに。

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99年 チェコ・オーストリア(ウィーン)・ハンガリーの旅

2014年08月05日 | 海外旅行(内訳&その他)

1999年6月4日~8日間 まずはチェコのプラハ城からです。城内に旧王宮(画像1枚目)や聖ビート教会があります。


 





ここは、黄金小道という通りです。ここも城内なのです。プチ城塞都市ですね。丘の上なので見晴らし良好です。


カレル橋です。ここで自由行動となりました。

橋の上の像です。皆が触るところだけ光っています。

有名な"からくり時計"(プラハの天文時計 1410年)は、旧市街にあります。動くのを待つ人で大混雑。


聖ミクラーシュ教会は良かったですね。彫刻のレベルが高いです。私の"教会BEST10"に入ります。






聖ヴァーツラフ像 チェコの守護聖人です。日本では"ボヘミヤ公"と呼びますね。900年代の方です。ティーン教会はこじんまりでした。




凄い数の観光客です。実際、行ってみると雰囲気が良いので楽しめますね。綺麗な街です。




時間が余ったので国立博物館へ。建屋が立派!


元祖バドワイーザーへ。皆(白人)、甘いものをつまみにビールを飲んでました。味は普通。今のバドとの味の違いは不明です。私はサッポロ黒生派なので。持ち帰ったコースターです。
 

翌日は、ボヘミアの古城、カールシュタイン城へ。馬車で登ります。城内撮影禁止ですね。通りのテラスで飲んだビールが美味しかったなー♪






シェーンブルン宮殿です。内部は撮影禁止です。私的にはベルサイユの方に魅力を感じます。双方とも2回見学しました。
 

ベルヴェデーレ宮殿は庭だけの見学でした。




シュテファン寺院です。内部の画像は2003年版も御覧ください。




有名なテディベア・マニアで、自分の博物館のオーナーでもあるシュタインベック氏。シュテファン広場から5分くらいです。勿論、テディベアも売ってます。妻もマニアでレア物も持っています。


王宮と新王宮。見学は王宮だけです。2003年版では宝物館へ行ったのですが本ツアーは寄りませんでした。コース選定時に、事前に確認しましょう。ハプスブルグ家の財宝は凄いですから。ここも撮影禁止です。


夜は、フリーでウィーン名物 大観覧車に乗りに行きました。1897年製の木造ゴンドラです。




ハンガリーのブダペストに到着。市内観光は英雄広場で、1000年記念碑(ポールな奴)と絵画館、次に聖イシュトバーン大聖堂(1905年完・・・新しいのです)を見ました。更にはマチャーシュ教会へ。この教会は13世紀ですが19世紀に大改修をしています。
 





「漁夫の砦」。1905年に作られた丘の上のモニュメントみたいなものです。ドナウと「くさり橋」がよく見えます。




夜は、添乗員(男性)が「飲みに行きましょうか」で有志を集めて居酒屋へ。名物らしいです。オバサン店員と一気飲みしては一緒に踊ります。酒に弱いのでメチャクチャ酔いました。トイレで戻したもんな。でも、今では良い思い出です。変わったことをヤルと記憶に残りますね。


翌日は、観光都市エステルゴムへ。エステルゴム大聖堂は1869年に再建されたものです。新しい教会の割には立派でした。安っぽくないです。ハンガリーのカトリックの総本山ですしね。








ヴィシェグラード城跡です。川向こうはスロヴァキアです。


 

センテンドレへ。観光の街でお店や美術館とかが一杯あります。ローテンブルクっっぽい感じです。妻は気に入りました。女性にお勧めです。でも自由時間が1時間なので短すぎたなー。


ブダペストに戻ってきました。自由行動なのでメイン通り「ヴァーツィ通り」で買い物して「くさり橋」へ。船着場で飯食って遊覧船に乗りました。白ワイン付でした。綺麗で良かったですよ。








追記:この頃は2サイクルエンジンの「トラバント」を結構、見かけました。煙モクモクでボロボロ煩い車です。

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2007年 フランス・4度目のパリ~シャルトル~モンサンミシェル、ベルギー・ブルージュの旅

2014年08月04日 | 海外旅行(内訳&その他)

2007年7月12日~6日間 フリーツアーで、事前に現地観光を予約しました。まずは、パリからシャルトルへ。真っ暗な教会でした。ステンドグラスを"魅せる"ためでしょう。
 







 

  

モンサンミシェルです。宿から土手沿いに歩いて撮影しました。他にも撮影目的の観光客が大勢いました。




内部へ。空中庭園は綺麗でしたね。




 

荷揚げ用の滑車です。


修道院というより要塞です。


あっというまに満ちて来ました。波が凄い、凄い! 流石は、英仏100年戦争で一度も落城しなかった難攻不落の大要塞です。




修道院の周囲の細い路地は、飲食店や土産屋で賑わっています。評判のオムレツはフワフワでしたが薄味でした。テーブルソルトを掛けました。
  



パリの宿は新凱旋門(グランダルシュ)の近くにしました。この門はノータルダム寺院が入るほど大きいのです。門の中の"つっかえ棒"みたいのがエレベーターです。登ると遠くに凱旋門が見えます。3枚目はメトロの駅周辺です。ビジネス街ですね。




フォンテーヌブロー宮殿は、2004年版でも訪れています。内部より庭と池が良いのです。ベルサイユと合わせての1日ツアーでした。












  





 

 

 

ベルサイユ宮殿です。今迄私の見た全宮殿の中ではココが一番ですね。94年にも訪れていますが、今回は庭園もゆっくり見物しました。












 



夜は、シャイヨ宮へライトアップしたエッフェル塔を見に行きました。デートスポット化していました。


バトームーシュは、ちょっとドブ臭かったですね。完全に覆われて、バイキングとかができるタイプもあります。好みで選ぶと良いでしょう。パリは現地ツアーも豊富ですから。






ベルギーのブルージュへ向います。日帰り1日観光です。ジャンヌダルク像の写真があるからMY BUS社のツアーですね、たぶん。メトロの駅から前を通りますから。


ブルージュのベギン会修道院です。ここまでバスで4時間は掛かりましたね。しんどかったです。しかし到着と同時に雨が止んでくれました♪


聖母子教会 ミケランジェロの白い聖母子像が見所です。


 





徘徊しつつ遊覧船に乗ります。水は濁っていて綺麗ではないのですが、臭う程ではありませんでした。




幸いなことに雨が上がってクルーズも運行されました。




 









写真の枚数が多いので、割りと長時間の遊覧だったと思います。ベネチアのゴンドラよりは長いですね。




 

ここが中心のマルクト広場です。独圏でよくある"マルクト"の意味はマーケットです。3枚目は市庁舎です。

 



聖血礼拝堂です。ここも真っ暗でした。

 



ブルージュの鐘楼はカリオンが有名です。TVにも良く出ますね。


鐘楼からは、市庁舎が良く見えます。




ストリートは観光客で大賑わいです。チョコレート屋も多いです。我々はビールを飲みました。美味しかったけどコクが強かったな。
 



パリへ戻って参りました。メトロで北部のサン・ドニへ。駅前では2€の香水とか安物が一杯です。商店街を歩きましたが、黒人が非常に多いです。後日、スペインで一緒のツアーになったパリ在住の方より「サンドニは治安が悪いです。観光客は聖堂だけ見て帰らないと駄目。」とのこと。


 

サン・ドニ大聖堂です。駅の隣ですから、商店街へ寄らなければ安全ですよ。
    



2枚目の黒くて平坦なのがマリー・アントワネットとルイ16世のお墓です。フランス王のほとんどがここに埋葬されています。
  

 



午後に来るとステンドグラスがもっと綺麗だそうです。


映画『ダ・ヴィンチ・コード』、見ました? サン・シュルピス教会です。私、『天使と悪魔』と『ダ・ヴィンチ・コード』の教会群は、ブログ記載の通りで、ほとんど見ています。今回もその目的で来ました。


 

コレコレ、ローズラインのオベリスクです。でも、映画見ないと詰まらないですよね。
 

絵画はドラクロワの「ヤコブと天使の戦い」。他にも何点か絵画がありました。
 


サン・シュルピス教会のパイプオルガンは、youtubeに「第三者のコンテンツと一致しました。」と指摘されたので音声を消去しました。パイプオルガン自体の演奏なら、2011年イギリス・バースアビーのをお聞きください。どこのも似ていますので。

メダイの聖母教会 奇跡を起こす!と話題の修道院です。私は3個購入して、1個は会社の屋根から落下して入院中の友人に渡しました(今も元気)。もう1個は持ち歩いています。
 

小さい修道院なのにお客は一杯です。


先日は、救急車で搬送されて危険でしたし、効果あるのかも♪
 

サンジェルマン・デ・プレ教会は、13世紀頃と古い教会です。写真が少ないのですが雰囲気良く、お勧めです。
  

最初のパリでは、スーツ着て☆付レストランで緊張しながら食べました。最後のパリでの食事です。結局、これが気楽なのよね。

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97年 ドイツ・ロマンチック街道~古城街道、フランス・パリ~ロワールの旅

2014年08月01日 | 海外旅行(内訳&その他)

1997年5月1日~8日間 GWでの旅行となりました。この頃はフィルムカメラの習慣で枚数が少ないのです。いきなりノイシュバンシュタイン城です。


景色良いですねー。


城の写真は、このマリエン橋から撮影したものです。


城への坂を下りきった所にレストランがありまして、季節の"ホワイトビール"を頼んでみましたが、ちょっと酸味があって私には合いませんでした。ちなみに白く濁っています。


アウグスブルクへ。前年に修復完成したばかりの市庁舎の黄金の広間です。
  

ドナウヴェルト~ネルトリンゲン


ディンケルスビュール。聖ゲオルグ教会の前にある5軒の切妻屋根の家は1600年頃のもので、ドイチェス・ハウスと呼びます。(最後の画像の奴です)






ローテンブルクへ。ここまでがロマンチック街道となります。


街中にはお店や小さな博物館も点在します。これは中世犯罪博物館。拷問道具とか。公園からの景色も良好です。




聖ヤコブ教会。塔からは街が一望できます。お勧め。




 



夕食はフリー。教会に向かって右のレストランにしました。この塀の内側がオープンレストランとなっております。ローソクが雰囲気良くて美味しかったです、お勧め。このツアーは食事がほとんど付いていませんが、内容(観光場所・自由時間)が良かったので選びました。




ホテルは「アルテス ブロイハウス」。街の中心部であり便利でした。2003年版とは雲泥の差です。食事無しで宿の良いツアーって、最近は少なくなりました。まあ、この頃は全体的に宿のレベルは高かったんですよね。


ハイデルベルクへ向います。古城街道です。記念写真は2003年版と同じホルンベルクですね。トイレ休憩場所かな。


ハイデルベルクです。城へと向います。


城内です。


景色が良いですね~。




2003年版と違って観光客で賑わっています。


フランクフルトへ到着。空港附近の宿だったので、夕食を兼ねて国鉄で中心部のレーマー広場へ。確かマクドナルドでネズミが走って大騒ぎに(笑)。帰りはベンツのタクシーでアウトーバーンを走りました。14年後に再訪するとは思わなかったな。


パリに移動。メトロの駅ですね。全て自由行動なので、市内観光と現地ツアー(ロワール古城巡り)へ。


94年に行ってない所へ。サンジェルマン・デ・プレ教会です。パリ最古の教会で鐘楼は11世紀。
 



左は"のみの市"モントルイユの入り口ですね。スリの名所でもあります。右はクリニャンクール、骨董の店舗が並びます。ウインドショッピングには良いです。


登れるんですよ。


裏側も見事。


放射状に道が延びます。どうせシャンゼリゼを歩くと思いますので、是非登ってみてください。意外に楽しいです。


翌日は"ロワール古城巡り"の現地ツアーに申し込みました。パリ・ヴィジョン社ですね。シャンボール城です。16世紀。屋根の装飾や天井が変わっていますね。鎧兜は外の土産屋のものです。




 

シュヴェルニー城です。17世紀完、18世紀に改修しています。
 



ツアーに付属の昼飯のレストランです。普通に美味しかったですよ。


シュンノソー城です。


元は16世紀なのですが、1940年に修復しています。川の上に建てるとは・・・庭も広くて3城の中では最も印象に残っています。城というより全て宮殿ですね。三つの宮殿と昼食で7時間以上も掛かる丸1日ツアーです。移動ばかりですが見応えはあると思いますし、も人気のツアーです。
 



パリのバンドーム広場かな。最終日は買い物の日だったのですね。

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90年 ハワイの旅(簡略版)

2014年07月31日 | 海外旅行(内訳&その他)
社内旅行です。海外は4回でバブルが弾けて終了。これは会社として初回の海外社員旅行でした。中堅社員から選別されました。全員で20名くらいかな。この会社は潰れて吸収されました。その会社も更に吸収されました。

島内観光へ。パンチボール(左)。右はカメハメハ大王像です。右のYさんは自宅の裏山で自殺されてしまいました。優しい方でしたね。人生、楽しめる時に精一杯楽しみましょう。他にはヌアヌパリ(展望台)に真珠湾の観光船が含まれていました。
 

「この木なんの木気になる木~♪」です。新人勧誘パンフの撮影もしました。鉄砲も撃ちに行きましたね。夜はお約束のショー見物とか。
 

あとはフリーなので、有志とレンタカーを借りてハナウマ湾へ。リーフ内は遠浅でイシモチみたいなのが沢山泳いでいました。今でも人気ありますよね。バスなら更に海沿いの景色が堪能できるでしょう(高さがありますから)。私は白い車のドライバーです。
   

仲良し3人組で行動しました。これは陸軍博物館です。大砲やヘリとかもありました。館内は銃とか軍服などなど。

ピンクズボンが私。黄色シャツは同期で退社後、なんと将来の吸収合併した会社に入社。吸収時には昔の先輩達が部下に。

白シャツのE先輩には可愛がって貰いました。でも、2003年に49歳で他界されました。食道がんでした。自分は先が無いのに「なにも会社を辞めなくても良いじゃないか」と慰留されました。思い出すと辛いです。私は、他界後に結局退社してしまいました。

この時から僅か13年後の話です。人生何が起こるか分かりません。時間を大切に! 今回の旅行記は湿っぽいですが、今後の紀行ブログは大丈夫ですので御勘弁を。
  

ワイキキビーチ、アラモアナショッピングセンターetcにも勿論行きました。ビジネス街(ちょっと海沿いより奥)や、中華街も覗いてみました。気候・日本語・治安・ホテルの設備なども安心です。反面、外国っぽくないと感じることも。日本人が多いからかも知れませんね。

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2003年 ドイツ&オーストリアの旅

2014年07月30日 | 海外旅行(内訳&その他)

2003年11月22日~8日間 ルートヴィヒ2世の3城と、ザルツブルク・ザンクトヴォルフガング・ウィーンを巡りました。

フランクフルトからハイデルベルクへ。ここは元学園都市で今は観光都市です。前回は日曜の訪問で賑わっていましたが、平日の午前なので閑散としていました。お店も閉まっています。




山の上に見えるのが、ハイデルべルク城です。


ハイデルベルク城です。内部の見学もありました。大きなワイン樽もありましたね。


ヒルシュホルン(左)、ホルンベルク(右)で休憩しながらローテンブルクを目指します。ネッカー川(ライン川の支流)沿いのドライブは快適です。古城とかもあるし景観も綺麗なのでお勧めです。日本では"古城街道"と呼ばれたりもしますね。


ローテンブルクには夜到着です。翌朝の観光もないし城外の宿でした。これはないなー。「97年ドイツツアー」を次に作成します。詳しくはそちらでご覧ください。一応、お店は開いていました。
 

ツアーでは、この公園を案内し、フリータイムです。昼なら公園からの景色が見所なのですが・・・。城壁は登って歩けますので散策しました。夜でも観光客が多数、散策していました。流石はローテンブルク。


ノイシュバンシュタイン城です。内部は撮影禁止です。2度目の訪問なのですが5年前より城門付近が増築されていました。




夜にフュッセン到着。丘の上の城まで散歩です。ショッピングストリートも広くて賑やかでした。このツアーは3つの城以外のドイツ観光は軽視されています。コース内容を吟味しないと後悔しますね。ドイツに限定するなら97年版のコースがお勧めとなります。
 



リンダーホーフ城です。正面は修復中でシートが掛かっていました。これは横からです。




内部も一部修復中でした。城じゃなくて宮殿ですね。








3つ目の城は、ヘレンキームゼー城です。これも宮殿ですね。キーム湖の島にあるので船で渡ります。夕刻となってしまいました。

未完のままルートヴィヒ2世が亡くなりました。"暗殺"という噂もあるようです。時代は1800年後半で、このような城も宮殿も時代遅れでした。税金で趣味に奔ったようなものです。















伝説によると、弟のオットー1世は起床すると農民を銃で撃つのが習慣であったとか。今でこそ宮殿や城は観光の目玉ですが、当時の民衆から見れば搾取の象徴であり、憎悪の対象でした。オビドスみたいに街全体を城壁で囲むものとは全く意味が違いますものね。


オーストリアのザルツブルク。ミラベル宮殿です。季節が良ければ庭園の花が綺麗なので有名です。この街はドイツに近いのです。事前に「サウンド・オブ・ミュージック」を見ておきましょうね。ロケ地だらけですから。"絶対音感"の持ち主と謂われる「ジュリー・アンドリュース」の歌も上手いですし。


ラインの支流、ザルツァハ川は水が綺麗でした。


ゲトライデ通りです。個性的な看板が有名です。昔、字を読めない人の為だったとか。突き当たりにある聖プライス教会は地味ですが渋いですよ。


岩肌にあるサンクト・ペーター教会も、映画のシーンを思い出させてくれます。




丘に見えるザルツブルク城へ寄る暇はありませんでした。


大聖堂は、あんまり大きくないです。私的には"中聖堂"くらいかな。
 

クリスマスの屋台ですが、まだ11月25日です。


ザンクト・ヴォルフガングです。実際には「おっ!」と云うほど綺麗でした。記憶より暗く写っていますねー。






ザンクト・ヴォルフガング巡礼教会。ゴシック祭壇なのですが、何となくロココっぽい匂いもするかも。


モントゼー教会。ここも映画に出たぞ。
 

ウィーンへ。シェーンブルン宮殿です。内部は撮影禁止です。


王宮です(ホーフブルク)。
99年(今後、作成します)に1度訪問しています。今回は宝物館も見学できたのが良かったです。マリア・テレジアのお宝どっさりです。王冠・宝石etc・・・




市立公園もツアーの市内観光に含まれていました。白はシューベルト像、金色のヴァイオリンを弾いているのはヨハンシュトラウス像です。
 

シュテファン大聖堂(1359年)へ。ステンドグラスとかも驚く程ではなく、屋根瓦が特徴でしょうか。でも、古さはありますね。そのままケルントナー通りで解散。我々は買い物しつつ教会巡りへ。


  

次はペーター教会。元は9世紀ですが、18世紀に改築。9世紀の面影は感じませんでした。
 

ヴォティーフ教会(1879年)ステンドグラスが有名と書いてあったのですが・・・
 





 

夜は、ツアー添付のシェーンブルン宮殿のオランジュリー館でミニオペラ見物へ。会場が平場で狭いし、前列はスーツや制服組が占領していましたね。声は良く聞こえました。


翌日は、マリア・テレジア広場を徘徊してからカールス教会(1713年)へ。ペスト撲滅を祈願して作られました。1600年代後半にヨーロッパで大流行しました。


   

最終日は、市庁舎前広場のクリスマス屋台を覗き歩きました。


このツアーの申し込みは、19年間勤めた会社の退社1ヶ月前で、出発は退社5日後でした。要するに内容を充分に検討していませんでした。しかしながら、ヘレンキームゼー城に寄れたのは良かったかな。

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88年 オーストラリアの旅

2014年07月27日 | 海外旅行(内訳&その他)

オーストラリアは私初めての海外旅行で、新婚旅行でもありました。妻はハワイやアメリカへ行っていましたから3回目となります。ブリスベーン・ゴールドコースト・メルボルン・フィリップ島・シドニーを巡るコースで@約50万弱と非常に割高でした。当時1オーストラリアドル=170円くらいでした。

ブリスベーンでは、ローンパイン保護区でコアラと一緒に写真を撮ったり、MT・クーサ展望台や植物園へ行きました。

ゴールドコーストです。引き波が強く、泳ぎを堪能するようなビーチではありませんでしたね。泳いでいる人も僅かでした。私も妻も身体が締まっていて別人みたい。
 
Grundy'sというゲーセンです。昔ながらのままでした。今ではレージングカーの(おもちゃ)のトラックになっているようです。


シーワールドで遊覧ヘリに乗ってみました。これは楽しかったですね。
 



メルボルンへ飛行機で移動、市内観光です。教会は外観見物だけだったな。宝石店に寄ったのですが、現地日本人に新聞を渡したら喜ばれました。当時は1週間遅れでしか手に入らないとのこと。Webもありませんしね。
  
キャプテンクックの生家や、コモハウス(2-3枚目画像 1847年上流階級の邸宅)へ行きました。
  
公園にはポサムもいました。


フィリップ島へペンギンを見に行きました。夕刻に海からペンギンが戻ってくるのを見物するのです。決められた木道からの見物となりますので、目の前って訳ではありませんでした。同じバスに乗っていたイスラム教の観光客が礼拝しており、少々驚きましたね(日本じゃ見ないですから)。
   

シドニーの市内観光ツアーはオペラハウスとハーバーブリッジだけでした。海はフリーで行ったボンダイビーチです。マクドナルドに入ったら、皆に奇異のの目でガン見されました。まだ日本人は少なかった頃かも。
  

翌日は終日フリー。シドニーから船で渡るマンリービーチへ泳ぎに行きました。コルソ・ストリートには土産屋も並びます。




ザ・ロックスはシドニーの旧市街です。土産屋はゴールドコーストの方は店数も多かったな。
 

シドニータワーからと、夜の万博へ


3つのビーチとも、"泳ぐ人"が少ないので不思議に思いましたね、当時は。また、"凄く遠くへ来た"と感じました。私はこの旅行で「海外って面白いな」と思い、その後30回以上も渡航することになりました。

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2009年 ポルトガルの旅(1)

2014年07月25日 | 海外旅行(内訳&その他)

2009年10月9日~8日間 スペインと同じ「ミカミトラベル」です。この会社のコンダクターとツアーの内容は良かったですね。

まずはリスボンの市内観光です。エドゥアルド7世公園は、緑が綺麗でした。




ジェロニモス修道院(1502年)です。私の今回のメイン目的物です。見てのとおりで規模が大きいのです。回廊は1511年のものです。






造形も見事です。




このタイルを、「アズレージョ」と呼びます。ポルトガルでは頻繁に見るし、独特なものですね。




このツアーでは、本修道院を充分に堪能できました。自由時間もありましたしね。再度、フリータイムに見学しなくても満足できました。国内のツアー会社が引率すると短時間になってしまいがちなのです。








ベレンの塔(1519年)です。塔や下のモニュメントは撮影タイムのみでした。塔には入りませんが、修道院に時間を割り振ったのは正解かと思います。


「発見のモニュメント」は1960年に作ったものです。


日本地図のところには、1541年と書かれていました。日本では1543年に種子島に漂流したのが最初と云われています。"鉄砲伝来"です。


バスでロカ岬へ。ユーラシア大陸最西端の岬です。青い海が綺麗でした。有料ですが「ユーラシア大陸最西端到達証明書」を売ってます。名前も入れてくれます。






次にシントラの王宮(15-16世紀完成)へ。尖っているのは調理場の煙突です。確か。








王宮だけあって手が込んでいます。涼しげ。






  

シントラは観光地化しています。




リスボンに戻って、食後に展望台へ行ったら行列です。諦めました。右は昼間に撮影した展望台です。


エレストラ大聖堂(1790年)のライトアップをトラム28番線で見に行きました。ついでに終点のプラゼレス駅前(右画像)まで行ったのが失敗でした。墓地の入り口かな。アフリカ系がたむろしており危険な雰囲気。他は白人ファミリーが1組だけ。トラムから降ろされて20分くらい待たされました。


翌日は城塞都市オビドスへ。入り口のポルタ・タ・ヴィラ門もアズレージョです。






ほとんどフリータイムなので城砦へ登ってみました。


サンタマリア教会は14世紀頃。








水道橋は16世紀のもので全長約3km。よく残っていますよね。


ポルトです。ポルトガル第二の都市です。ポートワインも有名ですね。






サンデマン社のワイン工場を見学して試飲しました。どれもこれも甘口過ぎました。




サン・フランシスコ教会(14世紀)は、内部が見事でした(撮影禁止)。金ぴかでした♪ 祭壇の人型彫刻(20体くらい)が、天然色で綺麗でした。どの位置に立っても必ずどれか1体の目線と合うように設計されていました。近くに寄れるのも魅力です。お勧めです。
画像はHPからです(Link) 
 

ポルトガルが石畳が多いのです。結構疲れます。
  

カルモ教会(17世紀)はアズレージョが壁面です。タイルだけ1912年に貼りました。




市庁舎のあるリベルダーデ広場です。そういえば19時過ぎているのに病院は、大混雑でした。翌日に現地ガイドに聞いたら、総合病院は平気で5-6時間待ちだそうです。同じ循環器の病気持ちなので私の薬をあげたら物凄く喜ばれました。
 

サン・ベント駅です。このアズレージョは1930年製です。タイルというより"絵画"です。








翌日は観光都市アヴェイロへ。海沿いに北上しているのです。これは駅舎です。この会社のツアーは基本的に現地に到着すると自由行動になるのでお勧めです。


アヴェイロ大聖堂(16世紀)。といってもこじんまり。






ヴェラ・クルス礼拝堂はアズレージョが綺麗、とガイドブックに書いてあったので。






コインブラへ。学校都市です。サンタ・クルーズ修道院(16世紀改修)。アズレージョも見慣れてきました。




コインブラ大学。ここの図書館(18世紀 撮影禁止)は凄かったです。wikiに少し画像がありました。天井は10m以上で2階構造。梯子で本を取ります。映画に出てきそうな図書館でした。


旧カテドラルは1175年。古いだけあって渋いです。中庭と彫刻が見事。






サンタ・クララ修道院(18世紀)


メインストリートです。やはり石畳です。




後編へ続く

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2008年 スペインの旅(2)

2014年07月20日 | 海外旅行(内訳&その他)

バルセロナの市内観光から。サグラダファミリアです。向かって左より右のエレベーターの方が空いていました。


  







教会としては変わった音色です。


グエル公園。これもガウディの作品です。ベンチは延々と繋がっています。会話をはずませる為かな。










この道化との記念撮影は1ユーロでした。


午後はフリーに。カタルーニャ音楽堂は閉まっていました。綺麗な天井は有名です。




ランブラス通りをブラブラと。下の画像はカタルーニャ広場です。この周辺が最も人が多いところです。




カサパトリョ。これもガウディ。内部は各フロアから屋上まで見れます。1時間以上掛かりましたがお勧めです。内部も変わってます。




       

 



カサミラは人が住んでいるので外見だけです。もちガウディ。




グラシア通りをプラプラとカテドラル(1298-1448年完)へ。セビージャに比べると規模が小さいのですが、予想以上に立派。見る価値あります。
  





ランブラス通りの終点です。
 

グエル邸。これもガウディです。


レイアール広場です。この街灯もガウディです。ここは夜になるとヤクの売人とかが徘徊するらしいです。
 

市役所前のサン・ミケル広場にはクルスマス飾りが。キリストの物語です。今日は12/25です。


王の広場に近いこの一角は、よくTVに出る場所です。


 

サンタマリア・デル・マル教会(1384年)。とにかく真っ暗でした。夕食だけはツアーに付いてました。大型テントの店が連なる、海沿いのシーフードレストランでしたね。
 



  

私にとってのお勧めポイントは、パラドールへの宿泊、セビージャのカテドラル、アルハンブラ宮殿、フラメンコ でした。

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2008年 スペインの旅(1)

2014年07月20日 | 海外旅行(内訳&その他)

2008年12月20日~8日間 現地ツアー会社「ミカミトラベル」で、パラドール宿泊を選びました。今でも同じツアーがありますね。この会社のコンダクターとツアーの内容は良かったです。ポルトガルでもお世話になりました。

マドリードへ入って、プラド美術館を鑑賞しました。ルーベンス・ゴヤ・エルグレコとかが多かったです。ゴヤの「マハ」は裸版と着衣版があるのですが、着衣版のほうが色っぽいです。


スペイン広場やカスティーリョ広場へ。マドリード市内です。

 





そそくさとトレドへ移動。


街中を観光しつつ、カテドラル(1227-1493年完)へ。内部にはエル・グレコの絵があります。大聖堂自体の規模はセビージャ(セビリア)よりちょっと小さいですね。




 

サント・トメ教会でエル・グレコの絵画を鑑賞します。トレドは、ほとんどが撮影禁止でした。


彫金を強制見学です。今回のツアーは明らかに旅慣れている方が多かったですね。誰も買いませんでした。


再びマドリードに戻って、夜は近所のみ散歩。翌朝はAVEでコルドバへ。2等じゃなくて良い席でしたよ。景色は乾燥した大地とオリーブ畑が多かったです。






コルドバは、いかにもスペインって感じの街です。いいですね。イスラム建築のメスキータ(780年~)も見所です。
 





メスキータです。










 



バスでグラナダを目指します。街が塊としてポツポツ存在します。イタリアの田舎とかと同じです。一応、グラナダも夜に徘徊しましたが誰一人とも会いませんでした。


宿は、オプションのパラドールを選びました。昔の修道院跡です。雰囲気最高でドイツの宮殿ホテルより気に入りました。妻も大喜びでした。夕食も美味しかったです。ツアーのは酷いですからね。確かフレンチでした。






グラナダといえばアルハンブラ宮殿です。広い広い。入場には少し並びました。


 

 







天井も細かい装飾でいっぱいです。




この先端からの展望です。水は山からの高低差で引いています。ローマの遺跡なんかと同じです。




海沿いの観光地ミハスへ。土産物屋ばかりで人が少なかったな。でも家屋は多いのですよね。青い海と空。白い街。絵に描いたような観光地でした。私的には"できすぎ"な感じも。






 

夜にセビージャ(セビリア)到着。フラメンコ最高です♪この手のショーは散々見物しましたが、最もノリノリでした。スカートからの風も届くしステップの振動も伝わります。迫力あるし絶対にお勧めします。オーレ!年配のベテランは手の動きが繊細でしたねー。






市内観光です。市内を徘徊しつつスペイン広場へ。建造は1929年と新し目です。万博の会場なのです。


妻はこの絵を買いました。






70万都市です。立派な観光地でもあります。コルドバに似た画像ですが、もう少し整然とした街並みです。オレンジは酸っぱくて食べられないそうです。




 



カテドラル(1402-15世紀末)は、世界三大聖堂の一つであり、非常に大規模な建造物です。(サン・ピエトロ大聖堂・セビリア大聖堂・セント・ポール大聖堂orウェストミンスター寺院)








 

内部は豪華絢爛です。南米から持ち帰ったGOLDです。柵があって近寄れないのが残念です。双眼鏡を持参しましょう。トレドと違って撮影可能でした。


コロンブスのお墓です。


セビリア大聖堂











バルセロナには夜に到着。サンツ駅前のホテルなので夕食にも便利でした。駅中で食べました。


後編へ続く

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2009年 ポルトガルの旅(2)

2014年07月16日 | 海外旅行(内訳&その他)

コインブラに宿泊し、翌日はバターリャへ。バターリャ修道院(1517年完)です。当時ポルトガルは、スペインや英・蘭と並ぶ強国でしたから建造物も立派です。










細かいです。マヌエル様式はポルトガル独特なものでもあります。










ナザレへ。ポルトガルのリゾート地です。予想以上に景色が良くて驚きました。








ケーブルカーで上へ。


絶景です♪




ミニ教会です


 

宿はエヴォラで。ここは学芸都市です。グラサ教会(16世紀)


街の中心、ジラルド広場 


聖アンタオン教会は、内部が白かったです。ポルトガルでは珍しい。






ディアナ神殿は2世紀末のもの。ローマ時代から栄えていました。神殿の横はオープンビアホールみたいになっていました。


夕日が最高に綺麗でした。


イベントが終わった後?の公園です。こんなところもポルトガル。


翌日は市内観光へ。エヴォラ在住の現地ガイドが説明してくれました。神殿は夜の方が綺麗かな。


エヴォラ大聖堂は12世紀と古いです。






サン・フランシスコ教会は16世紀


カタコンペ。人骨堂のことです。全部で約5000体とか。


右端の骸骨が不気味でした。


そして再びリスボンに戻ってきました。終日フリーです。


サン・ペドロ・デ・アルカンタラ展望台からです。


展望台の横は、サン・ロケ教会(16世紀末 18世紀再建)1584年には「天正遣欧少年使節」も泊りました。




市内の移動は市電です。カテドラル(12世紀)は回廊が大きいですね。未だ発掘中みたいでした。








市電は狭いところも走ります。


アウグスタ通りがメインストリートかな。




妻の"買い物要望"で、コロンボ・ショッピングセンターへ。肉の脂身が凄かったです。


メトロのコレジオ・ミリタール駅。こんな所にもアズレージョです。


スペインやポルトガルには、独特の文化も多いので結構楽しめますね。ただ、見てのとおりでツアー内容も"教会"が非常に多くなります。建造物に興味が無いと今一かも知れません。

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2007年 ロシアの旅(2)

2014年07月14日 | 海外旅行(内訳&その他)

サンクトペテルブルクの市内観光です。「ニコライ1世の馬上像」。ここで3人組の追剥が出ました。取り囲んでバッグから金目の物を盗るのです。

現地ガイドが気が付いて警告しましたが広範囲に散って声が届きません。私は周囲の6名を集めました。ガイドは女性なので怖がって私ら8名から離れません。結局、見捨てられた2名が財布とカメラを盗られました。


エルミタージュ美術館です。大クレムリン宮殿の次の目玉でした。思ったとおりデカイな。1762年完のロココ調建築です。


 

エントランスからして豪華。




「紋章の間」


「バウリン」からくり時計です。高そう~


「ピョートル大帝の間」。赤いのは「ゲオルギーの間」
 

ロシアにはウラル山脈で採れる孔雀石(マラカイト)の置物や柱がよく見られます。
 













「ラファエル回廊」といいます。


絵画も有名所が沢山です。2枚目はモネです。


左からダヴィンチ、ラファエロ、ダヴィンチ、ルノアール
 

 

妻は売店で「エッグ」のペンダントを買いました。そう云えばエッグを撮り忘れました。とても緻密な作りで見事でした。モスクワの武器庫にもあったように覚えています。


こういったものも展示されています。引率&フリータイム合わせて4時間でしたがギリギリでした。ツアーを選ぶ際のご参考に。




「血の教会」は外見だけです。ツアーは自由が無いのです。


「ロストラの灯台柱」 川の右岸にエルミタージュが見えます。
 



宿に着いて時間が余ったので、メインストリートを散歩しました。カザン聖堂、イサク聖堂、既に夕刻で入場できませんでした。イサク聖堂は有名なので残念です。




エカテリーナ宮殿 1756年完 


 



現在と、第二次大戦後の写真です。
 

「舞踏の間」




「白の食堂」


「緑の食堂」他にも「赤柱の間」「緑柱の間」とかありました。赤や緑の壁飾りでした。「琥珀の間」は前年に修復が完了したばかりでラッキーでした。これまた撮影禁止でした。Wikipediaに「琥珀の間」の画像があります。



 



「ピョートル夏の宮殿」です。1723年完。水の宮殿って感じです。












水が噴出す仕掛けがあったりで、若者は大はしゃぎです。


ここはフィンランド湾に面しています。



夕食は「フォークショー」見物でした。コサックダンスとか。テトリスの音楽で(笑)。ノリは良いですね。

最終日はAMだけフリーなので散歩しました。ニコライ聖堂です。内部は信者で一杯でした。





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2007年 ロシアの旅(1)

2014年07月13日 | 海外旅行(内訳&その他)

2007年5月20日~8日間 目的は、クレムリン大宮殿(大クレムリン宮殿)の見学でした。当時、エリツィン大統領の開放政策を継続していたプーチンは7年目、50%の確率でイベントが無く見学も可能でした。我々の前のツアーでは見れなかったそうです。

片言英語も通じるとは思えないし国土も広いので、全食事付ツアーです(空港外)。まずモスクワ空港でスーツケースの鍵をこじ開けられました。中身は紛失していませんでしたが。

モスクワのシェレメーチエヴォ国際空港です。バスで赤の広場へ向かいます。市内には、結構広い道路も多いです。


聖ワシリー教会(1560年)です。赤の広場の端ですね。とてもカラフルです。


ツアーでは外見見学だけなので、フリータイムに入場しました。


  

 

赤の広場です。広いです~。










フリータイムは、皆さんレーニン廟へ行かれましたが、我々はワシリー教会と隣接するショッピングアーケードを散策しました。


トロイツカヤ塔~アルハンゲリスキー聖堂(大きな写真の左側)




左の写真がウスペンスキー大聖堂、3枚目がブラゴヴェシェンスキー聖堂、次がテレムナヤ教会。一番右がクレムリン教会。ウスペンスキー大聖堂だけ入場しましたが、撮影禁止なので内部は忘れました。






大クレムリン宮殿は、幸運なことに見学できました。すげー高い天井でした。バチカンのサンピエトロ寺院に次いで衝撃を受けました。そのくらい豪華でした。1849年完なのに古さや歴史は全く感じませんでした。大声出しちゃイカンと云われ、静かに見学しました。撮影禁止なのですが街中でポスターを見つけてパチリ。
 

 

武器庫(中身は宝物殿です。撮影禁止でした)を見学、"大砲の皇帝"へ。これは撃ったことがないそうです。破裂するか、砲座が後に飛んでいきそうです。




大統領執務室です。といっても外から狙える部屋ではないでしょう。


城外からバスでノヴォデヴィッチ修道院へ。ここは外見見学だけでした。トロリーバスが走ってました(赤いバスもトロリーです)。これで1日が終了しました。確か、大クレムリン宮殿に入れない場合は修道院見物だったような覚えがあります。






翌日はウラジーミルへ移動です。


お花畑を見学しました。気持ち良かったです。遠くに見えるのはポクロフナネルニ教会です。入場見学予定でしたがカットされました。日曜だったのかな?


お花畑の近くのシベリア鉄道の駅です。こんな田舎なのに酔っ払いの浮浪者も居ましたね。




「黄金の門(ゴールデンゲート)」です。1164年完ですがモンゴルに壊されて1795年に再建されたものです。キエフにある「黄金の門」にちなんだそうです。そのキエフのはビザンチンのコンスタンティノーブルの門からとか。これも世界遺産です。


ウスペンスキー教会(1189年)。内部は綺麗でした。右はドミトリエフスキー聖堂。閉まっていました。壁の彫刻が細かかったな。
 



スーズダリへ移動しました。ウラジーミルの小都市です。というか町ですね。まずは木造建築博物館へ。色々な建物がありました。


いたるところに教会があり、露店も出ていたりと観光地そのものです。世界遺産ですしね。
 



スパソ・エフフィミエフ修道院。16世紀です。


隣接のスパソ・プレオベラゼンスキー教会。
 

カリヨンです。初めてのデジカメ動画です。59秒で終わっちゃうんですよね。演奏が終わったら奏者は上から皆に手を振ってました。




修道院の城砦ですね。


遠くに女子修道院が見えます。玉葱だらけです。


宿に早く着いてフリータイムに。左はクレムリン(世界遺産)ですが閉まっていました。右のロジェスト・ヴェンスキー聖堂も。ロシアって閉まっている教会が多いです。
 

宿は、「THE SOKOL」かわいらしい外見ですが、蚊の猛攻に参りました。黒い奴でした。

翌日はセルギエフポサードへ。トロイツェセルギエフ大修道院です。ロシア正教会において最も重要な修道院のひとつであり、教会の集合体です。ここは自由に撮影できました。ロシアでは珍しいです。写真が残っていると思い出しますね。内部画像は青玉葱のウスペンスキー大聖堂(16世紀)です。

一枚目の写真に写る方々が、同じツアーの皆さんです。高齢者が目立ちました。あと、2-3回目の海外旅行がロシアという方も多かったですね。
 

 





聖セルギイ教会(17世紀)



トロイツキー聖堂(15世紀)は内部改修中でした。右は博物館ですが見学の余裕はありませんでした。お任せツアーですから仕方ありません。
 

ちょっと田舎へ行くと古い車が増えます。ラーダのFIATコピーや4駆とか。都市から郊外の"ダーチャ"なる菜園も持つ方も多いそうです(2枚目画像)。週末はここで農業しながらノンビリするとか。本当の贅沢ってこういうのかも知れませんね。


サンクトペテルブルクへ移動します。


後編へ続く

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