朝から頭イテェっていう案件でため息連発していたsachiakiです。
去年の今頃から私の日記に困ったちゃんの話が度々出ていたので
ご存知の方も多いでしょうし、そうでない人もいるかと思います。
ともかくその困ったちゃんは日本語力というか……
おそらくアウトプットにちょっと難があるタイプなのだろうなぁっていうものなのです。
別にアウトプットが流暢でないことをディスりたいわけではなく
この人とやり取りをすると、なんでこんなにイライラさせられるのだろう?
という自分自身との対話をして気付いたことがあるので書いてみようかなと。
まずこのアウトプットの苦手な困ったちゃんは
どうやら脳のキャパシティがちょっと小さめなんだと思います。
だから予定がうまくいかなくなったりすると
あっという間に想定外増えてしまいパニックになってしまう。
そういう自分を知っているからこそ、
人にも想定外にならないようにかなり細かく行動を制限してきます。
その割に本人が遅刻してきたりとかするんだけど
まぁ自分が思っているところに人がいないとか
想定した時間にやり取りが開始されないと
あっという間に不機嫌になって殻に閉じこもります。
ぶっちゃけ面倒くさいです。
そして、この想定外とは別にして
もう一つ今日気づいたことがありました。
それはその困ったちゃんの主語がないことと関係があるのですけれど
本人にとって「正解がわからない」でも「嫌なことはわかる」
そして「嫌なこと」に関してかなり特殊な言葉を用いてこちらを批判してきます。
なのでこちらもなにか嫌な気持ちにさせてしまった
傷つけてしまった、損害を与えてしまった
ということについて深く傷つきます。
向こうとしては自分を傷つけて人間が傷つこうが自分が大事なので
かなり追い込むようなことを言ってくるけれど
自分は追い込まれるのが苦手なので
ちょっとした失敗でも「それは違うよ」と指摘すると
まるで海底にいるかのように沈んで自分はなにもできないと落ち込み
こんな私でも付き合って欲しいと寄ってきます。
こちらは「違う」ものを「修正する」「別のプランにする」「それでもいい」の
どれかであればいいので、なぜそこまで落ち込むのかもわからず当惑します。
当惑するようなことというのは不快の感覚に近いので
やはり面倒くさいって思ってしまいます。
この困ったちゃんとの共通の知り合いとやり取りする時に
あの他罰的なところはどうにもならないねぇ
なんて苦笑いをして過ごしたりするんだけど
なんで他罰的なのに地雷がいくつもあって
人に対して攻撃をするだけしかできないように見えるのだろう?
という疑問に昨日の東洋経済ON LINEを読んで納得したというかなんというか。
突然「キレる夫」を変えた妻の率直すぎる言葉
離婚寸前の危機、トコトン原因を話し合った
このコラムは夫がキレる側だけど、
女心と秋の空と言われるように、
女性の突然のキレっぷりに当惑している男性諸氏も読まれると良いと思います。
キレる人というのは男女差がないように感じます。
と、話がうっかり外へといってしまっていた。
なんで間違うことがそんなにも怖いのか。
自分のことなにに「正解」がわからないのか。
ここからは少し憶測が混じりますが、
やはりナイーブで「失敗が怖い」と怯える友の昔話から察するに
子供時代に「失敗を許されない」環境で育っていることが大きな原因なのだろうということと、
まるで本人の意思などないかのように周りがふるまった結果なのではないか?
ということが思い浮かびました。
本人の意思などお構いなく、こう歩け、こう言え、この時はこう振る舞う、
少しでも間違うと躾といって子供にはシンドイものを与える。
それは体罰とかでなくても、子供の自尊心を奪うものであれば
どんなことも想定できます。
例えば「あなたは私がいないとなんもできないのね」と言うとか。
”こうあるべき”で育てる人たちの手にかかると
”子供らしい”絵や食べ物、行動でないと不満がり
子供はそれを察するので”本当”を押し込めて
”らしい”ものをパターン学習する。
パターンは一度覚えないとできないものだから
パターンの外はなにもできなくて怖い。
それは失敗の元だから。
ここにパターンからの波形で想像力が補われている場合は
比較的おだやかな性質になるし、
想像力が欠如するとパニック型になるのだと思われます。
だけど両方に言えることは「自分を排除」することで生き延びてきたことだから
自分に対する主語がなく、つねに「〜がこう言った」「〜は普通だと思う」
というようなもの言いになりがちです。
主語がないので本人がなにを望んでいるかわからないし
そもそも本人がなにを望んでいるかわかっていない。
だから間違っている時だけ態度に出てきて
こちらに「正解探し」をさせ続けるわけです。
本当にシンドイ。
本人の中に他者と自分の境界がない。もしくは曖昧であるからこそ
「言わずとも操作して欲しい」
そしてそれは「私にとって心地良くあるべき」になっている。
だからこそ「取扱説明書」なるものをこちらに押し付けてくるのでしょう。
西野カナが好きな女子なんかはほとんどコレに該当すると思います。
もっと自分に責任を持てよ。自分のことやぞ!?
こんなことをツラツラと考えていました。
困ったちゃんは「私は一人っ子でわがままに育った」と言っているけれど
多分わがままとはちょっと違うと思う。
他の人の期待と違うことが多かったからこそ
「わがままに見えた」のだと思うし、
本当にわがままだったら相手のこと自分がしたいことに忠実だと思います。
自分より困っている人に手を差し伸べたりするのは
とても優しいなとも思うけれど、
人を助けることによって自分を助けるというメンタル構造があるがゆえに
その行為に酔っている可能性が高いなと。
自分に余裕ができたら助けてあげようね。
っていうと壮大なブーメランだったりするんだけど(ノ∀`)アチャー
ともかく主語のなにいつも困らされていたけれど
主語があるわけないのだ、という気づきがあって
絶望とともに納得したりして。
もう頻繁に関わらないぞ!って宣言したのに
あまり伝わっていないようでそれもビックリ。
とりあえず私はなすべきことをなさなくちゃならないので
少しずつでも距離を開けられるように頑張ります。。
私だって未熟だから、常に批判されていたら心壊れるっちゅうねん(゚∀゚)アヒャ
そんな感じです。
西野カナ好き女性がこれを読んでいるようだったら
自分のことをより深く知るために日記書いてみれ。
と書置きしておきます。
日記にいつ自分が不満に思ったか、それはどうしてか、
そういったものを記載しておくと
数日寝かせてからページを開いてみると
自分のが些細なことに傷ついていたり
怒っていたりしているこに気づいたりできるのでオススメです。
それを直せ、というのではなく
自分がどういった時に不快に思うのかがわかっていると
アンガーマネジメントしやすいよってだけです。
そんじゃまた!モイモイ
去年の今頃から私の日記に困ったちゃんの話が度々出ていたので
ご存知の方も多いでしょうし、そうでない人もいるかと思います。
ともかくその困ったちゃんは日本語力というか……
おそらくアウトプットにちょっと難があるタイプなのだろうなぁっていうものなのです。
別にアウトプットが流暢でないことをディスりたいわけではなく
この人とやり取りをすると、なんでこんなにイライラさせられるのだろう?
という自分自身との対話をして気付いたことがあるので書いてみようかなと。
まずこのアウトプットの苦手な困ったちゃんは
どうやら脳のキャパシティがちょっと小さめなんだと思います。
だから予定がうまくいかなくなったりすると
あっという間に想定外増えてしまいパニックになってしまう。
そういう自分を知っているからこそ、
人にも想定外にならないようにかなり細かく行動を制限してきます。
その割に本人が遅刻してきたりとかするんだけど
まぁ自分が思っているところに人がいないとか
想定した時間にやり取りが開始されないと
あっという間に不機嫌になって殻に閉じこもります。
ぶっちゃけ面倒くさいです。
そして、この想定外とは別にして
もう一つ今日気づいたことがありました。
それはその困ったちゃんの主語がないことと関係があるのですけれど
本人にとって「正解がわからない」でも「嫌なことはわかる」
そして「嫌なこと」に関してかなり特殊な言葉を用いてこちらを批判してきます。
なのでこちらもなにか嫌な気持ちにさせてしまった
傷つけてしまった、損害を与えてしまった
ということについて深く傷つきます。
向こうとしては自分を傷つけて人間が傷つこうが自分が大事なので
かなり追い込むようなことを言ってくるけれど
自分は追い込まれるのが苦手なので
ちょっとした失敗でも「それは違うよ」と指摘すると
まるで海底にいるかのように沈んで自分はなにもできないと落ち込み
こんな私でも付き合って欲しいと寄ってきます。
こちらは「違う」ものを「修正する」「別のプランにする」「それでもいい」の
どれかであればいいので、なぜそこまで落ち込むのかもわからず当惑します。
当惑するようなことというのは不快の感覚に近いので
やはり面倒くさいって思ってしまいます。
この困ったちゃんとの共通の知り合いとやり取りする時に
あの他罰的なところはどうにもならないねぇ
なんて苦笑いをして過ごしたりするんだけど
なんで他罰的なのに地雷がいくつもあって
人に対して攻撃をするだけしかできないように見えるのだろう?
という疑問に昨日の東洋経済ON LINEを読んで納得したというかなんというか。
突然「キレる夫」を変えた妻の率直すぎる言葉
離婚寸前の危機、トコトン原因を話し合った
このコラムは夫がキレる側だけど、
女心と秋の空と言われるように、
女性の突然のキレっぷりに当惑している男性諸氏も読まれると良いと思います。
キレる人というのは男女差がないように感じます。
と、話がうっかり外へといってしまっていた。
なんで間違うことがそんなにも怖いのか。
自分のことなにに「正解」がわからないのか。
ここからは少し憶測が混じりますが、
やはりナイーブで「失敗が怖い」と怯える友の昔話から察するに
子供時代に「失敗を許されない」環境で育っていることが大きな原因なのだろうということと、
まるで本人の意思などないかのように周りがふるまった結果なのではないか?
ということが思い浮かびました。
本人の意思などお構いなく、こう歩け、こう言え、この時はこう振る舞う、
少しでも間違うと躾といって子供にはシンドイものを与える。
それは体罰とかでなくても、子供の自尊心を奪うものであれば
どんなことも想定できます。
例えば「あなたは私がいないとなんもできないのね」と言うとか。
”こうあるべき”で育てる人たちの手にかかると
”子供らしい”絵や食べ物、行動でないと不満がり
子供はそれを察するので”本当”を押し込めて
”らしい”ものをパターン学習する。
パターンは一度覚えないとできないものだから
パターンの外はなにもできなくて怖い。
それは失敗の元だから。
ここにパターンからの波形で想像力が補われている場合は
比較的おだやかな性質になるし、
想像力が欠如するとパニック型になるのだと思われます。
だけど両方に言えることは「自分を排除」することで生き延びてきたことだから
自分に対する主語がなく、つねに「〜がこう言った」「〜は普通だと思う」
というようなもの言いになりがちです。
主語がないので本人がなにを望んでいるかわからないし
そもそも本人がなにを望んでいるかわかっていない。
だから間違っている時だけ態度に出てきて
こちらに「正解探し」をさせ続けるわけです。
本当にシンドイ。
本人の中に他者と自分の境界がない。もしくは曖昧であるからこそ
「言わずとも操作して欲しい」
そしてそれは「私にとって心地良くあるべき」になっている。
だからこそ「取扱説明書」なるものをこちらに押し付けてくるのでしょう。
西野カナが好きな女子なんかはほとんどコレに該当すると思います。
もっと自分に責任を持てよ。自分のことやぞ!?
こんなことをツラツラと考えていました。
困ったちゃんは「私は一人っ子でわがままに育った」と言っているけれど
多分わがままとはちょっと違うと思う。
他の人の期待と違うことが多かったからこそ
「わがままに見えた」のだと思うし、
本当にわがままだったら相手のこと自分がしたいことに忠実だと思います。
自分より困っている人に手を差し伸べたりするのは
とても優しいなとも思うけれど、
人を助けることによって自分を助けるというメンタル構造があるがゆえに
その行為に酔っている可能性が高いなと。
自分に余裕ができたら助けてあげようね。
っていうと壮大なブーメランだったりするんだけど(ノ∀`)アチャー
ともかく主語のなにいつも困らされていたけれど
主語があるわけないのだ、という気づきがあって
絶望とともに納得したりして。
もう頻繁に関わらないぞ!って宣言したのに
あまり伝わっていないようでそれもビックリ。
とりあえず私はなすべきことをなさなくちゃならないので
少しずつでも距離を開けられるように頑張ります。。
私だって未熟だから、常に批判されていたら心壊れるっちゅうねん(゚∀゚)アヒャ
そんな感じです。
西野カナ好き女性がこれを読んでいるようだったら
自分のことをより深く知るために日記書いてみれ。
と書置きしておきます。
日記にいつ自分が不満に思ったか、それはどうしてか、
そういったものを記載しておくと
数日寝かせてからページを開いてみると
自分のが些細なことに傷ついていたり
怒っていたりしているこに気づいたりできるのでオススメです。
それを直せ、というのではなく
自分がどういった時に不快に思うのかがわかっていると
アンガーマネジメントしやすいよってだけです。
そんじゃまた!モイモイ