なんていうか、
あまりものごとを「棚に上げる」ってのは
よくないことって言われるし
実際棚上げ発言はイラッとさせるんだけど、
それでも「それはそれ、これはこれ」という
一方のことは責められても
一方のことは責められないってこともあって
人間っていうか、世の中っていうのは
一方向でしか見られない、
そういうもんではないよね
なんてことを痛感するsachiakiです。
出典:島本和彦「逆境ナイン」
●●のことは大嫌いだが
●●のことは尊敬している
みたいなことは大いにあり得るんですよ。
だからこそ外交とか政治のような世界とか
普通にビジネスとかでも
あそことは仲が悪かったのでは?
っていうことがあっても
「それはそれ。これはこれ」
って、できないと
嫌いだから外交できません仕事受け付けられません。
なんてことをして、どんどん自分の首を絞める
なんてことになりかねないんですよね。
そういや以前私が口喧嘩になった取引先とのやり取りで
めちゃくちゃ険悪になったものの
「それはそれとして。これからもよろしくお願いします」
みたいなことを言ったら拍子抜けされて
「お、おう」みたいな感じで仕事が続いたってこともあり
理想は理想として、現実のことをこなさなくてはならない。
みたいなことってあるんですよね。
私だって悪感情を持っている人と仲良くするのは
ぜ〜んぜん本意じゃない。
むしろ気分が悪くなると明らかにパフォーマンスも落ちるので
できるだけご機嫌でいられる人と過ごすけれど、
でも自分が悪感情を持っている人が
全員から悪意を持たれているわけじゃないし、
私ができないことをしてくれてるわけだから
「いなくなっちゃえ」とかとは思わない。
一方向でしか捉えられないと
良い悪いとか、好き嫌いなんていう単純なものでは
測りきれないものがあるのだって受け入れて
一方向で悪く見える人を排除するっていうような
単純正義をやめればいいってだけの話なのよね。
責任は負ってもらうけれど、
存在は許すっていうのは成り立つもんなのだから。
そんなことを最近思うことが増えたので
ちょっと書き出すことにしてみました。
世の中の行き詰まり感は
ほぼこの「それはそれ。これはこれ」が
できない人が増えているからなのでは?
なんてことを思うことしばしばです。
そんな感じ。
さて、今日は久しぶりに清掃ボランティアなどに出るので
この辺にて。モイモイ。