(原題:Vengeance 復仇)ジョニー・トー監督の“美学”を存分に堪能できるフィルム・ノワールである。ハッキリ言って今まで同監督の作品は世評ほどには良い映画とは思わなかった。評価できるのは「マッド探偵(ディテクティヴ)」ぐらいだが、あれは映画祭上映のみであり一般公開はされていない。今回、通常の劇場にかかる作品では初めて見応えのあるシャシンにめぐり会った次第だ。
マカオに住む公認会計士とその子供達が何者かに惨殺され、妻は瀕死の重傷を負うといういる事件が発生。妻の父親であるフランス人のレストラン経営者コステロは復讐を誓い、マカオで3人の殺し屋を雇う。ただしコステロの脳には昔受けた銃弾が残っていて、いつ記憶が失われるか分からず、復讐はその前に遂げなければならない。やがて、下手人が時折この3人に仕事を依頼するマフィアのボスであることが分かる。だが、3人はコステロとの約束を果たすため組織全体を敵に回し、真っ向からぶつかることになる。
コステロの役は当初アラン・ドロンに振られたらしいが、ドロンは脚本の不備を理由に断ったということだ。なるほど、確かに筋書きは上等ではない。それまで世話になったボスに対し、いくら急遽雇われたとはいえ、見ず知らずの外国人のために銃を向けるこの3人の心理状態が分からない。主人公達に武器を提供する裏稼業の人間や、外国人とのハーフの子供を数多く育てている女の扱いも取って付けたようだ。何より、これほどのドンパチが巻き起こっていながら警察での捜査が進展していないのは納得できない。
だが、今回のトー監督の力業は目覚ましいものがあり、御都合主義的な展開を観る者に納得させてしまうのだ。これはひとえに、コステロという“部外者”を物語の軸に据えたことが大きいと思う。今までの同監督の作品群は、いかにも“内輪ウケ”しかしないカッコ付けに終始していた。プロット構築をすっ飛ばし、当事者ばかりが自己陶酔的に盛り上がっていて、少しでも冷静にドラマを追おうとすると途端に鼻白んだものだ。
ところが本作は中盤までコステロが良い案配に狂言回しの役どころを演じ、予定調和的な筋書きをクールな視点が牽制している感じである。つまりは策に溺れずにカッコ付けの匙加減を調整できたということだろう。
いつもながらの鏡を利用しての銃撃戦もさることながら、ヒッチコックの「海外特派員」を思わせる雨の中のバトル、そして紙ゴミを固めた巨大なキューブを盾代わりにしての“荒野の決闘”など、見所がたっぷりだ。
コステロを演じるのはフランスのエンタテインメント界の大物ジョニー・アリディ。スター性を漂わせた貫禄と哀愁が強い印象を残す。お馴染みアンソニー・ウォンをはじめ、ラム・ガートン、ラム・シュという3人の殺し屋の面々も良い味を出している。是非ともトー監督にはハリウッドで仕事をしてもらいたい(そういう話はすでに持ち上がっているらしいが)。ジョン・ウーに続くアクション派の旗手として評価されるに違いない。