元・副会長のCinema Days

映画の感想文を中心に、好き勝手なことを語っていきます。

「トロッコ」

2010-06-23 06:41:25 | 映画の感想(た行)

 まるでピンと来ない映画である。監督の川口浩史は芥川龍之介による有名な原作を映画化するにあたり、日本にトロッコが稼働している場所を探したが果たせず、台湾にロケーション場所を求めた結果、日本と台湾との歴史的確執というモチーフを前面に出すに至ったという。ハッキリ言って、これは違うのではないか。川口はいったい何を求めてこの小説を取り上げたのか。

 当然の事ながら、原作には歴史ネタなんか存在せず、映画化の意図は“大人の世界を垣間見た子供(およびその成長)”という普遍的な主題の映像化にあったはずだ。ところがロケ地が台湾になった途端、近代史の何やらかんやらを平気でクローズアップさせている。そんな一貫性のないスタンスで良い映画が作れるはずもないのだが、出来映えもそれに呼応するかのような冴えないものである。

 夫を失ったヒロインは、納骨のために彼の生まれた台湾の山間部の村へ幼い二人の息子と共に向かう。老いた義父は優しく接し、子供達も地元の人々とも打ち解けていくのだが、よく考えるとこの設定自体に無理がある。

 国際結婚など珍しくもないが、それでもヨソの国の人間と所帯を持つには強い動機付けと相当な覚悟が必要なはずだ。しかし、ここではあまり語られない。わずかに日本統治下で育った老人の影響で夫が日本に興味を持ったということが申し訳程度に示されるのみ。ならばヒロインの側からはどうなのかといえば、まったく背景が掘り下げられていない。単に中国語が堪能だったということでは、説明にもなっていない。

 で、そこに唐突に現れるのがトロッコである。老父が若い頃それに乗っていた写真がその前振りとなるが、子供達がそれに関心を持つという設定は、いかにも取って付けたようなものだ。しかも、そのトロッコが家の近くにあり、森林保護に精を出す親子が使っているといった筋書きはあまりの御都合主義にタメ息が出る。原作でのハイライトである、トロッコに乗せてもらった子供が最初は喜ぶが次第に不安になり逃げ出すくだりも、ここでは単に“ストーリーを追った”という程度でインパクトも何もない。

 そして終盤近くになるとヒロインが子供達を台湾に置いていくのどうのという話をはじめ、複数のエピソードがごちゃごちゃと積み重なって慌ただしい展開になる。これで台湾人の日本の対する複雑な想いに感銘を受けろと言われても、そうはいかない。

 主演の尾野真千子は可もなく不可も無しの演技。他のキャストもどうということはない。子役は達者だが、別に特筆するほどではない。リー・ピンビンのカメラによる官能的なまでに美しい森の風景や、川井郁子の流麗極まりない音楽は評価は出来るが、映画自体としては“軽量級”と言わざるを得ない。
コメント
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