チエちゃんの昭和めもりーず

 昭和40年代 少女だったあの頃の物語
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第127話 進 路Ⅰ

2007年12月10日 | チエちゃん
 田舎の小さな村では私立の学校などありませんから、小学校も中学校も選択の余地なく村立の学校へ通う訳ですが、高校へ進学する時、初めて進路の選択をすることになります。
もちろん、就職という選択もありましたが、あの頃はもう、中卒が金の卵といわれた時代は過ぎ去り、高校進学率は90%以上になっておりました。

 福島県の高校はどういう訳か、公立・私立ともに男子校・女子校が多く、共学の学校は少数でした。
チエちゃんは、共学校へ行きたいと思っていたのでした。

それはなぜか?

 女子校は女だけの陰湿な世界(実際にはそんなことはないとは思うのですが・・・)の嫌なイメージがあったし、男子のいない学校生活なんてつまらないと考えていたからです。

 中学3年の第2学期終了間際に、担任の先生、親、本人の三者面談が行われました。これは、本人の希望や成績の偏差値などから、受験する高校を決定する重要な面談です。
担任の先生は、チエちゃんとお母さんに、熱心に進学校である公立の女子高を勧めました。
チエちゃんの答えはNOでした。
なぜ?と理由を聞かれても、不純な動機を説明するわけにもいかず、ただ共学校のほうがいいと頑なに言い張ったのでした。
天邪鬼なチエちゃんは、勧められれば、勧められるほど、意地を張るところがあったのです。
 担任の先生もとうとう諦め、チエちゃんがそんなに望むなら、希望通りの高校で進めましょうということに落ち着いたのでした。
  
 3年後、チエちゃんは、ちょっぴり後悔することになるのですが、基本的にはこの選択は間違っていなかったと思います。
剛くんに出会うこともできたし、楽しい3年間を過ごすことができたからです。

 ところで、「偏差値」という言葉が盛んに使われ出したのは、チエちゃんたちの頃からではなかったかなあと思います。
とある中学教師が、生徒たちのことを思い、少しでもラクに受験できるようにと考え出した「偏差値」はいつの間にかひとり歩きを始め、逆に生徒たちは「偏差値」に苦しめられることになってしまったのでした。皮肉なものです。