1999年4月、山口県光市で起きた母子殺人事件。最高裁が「死刑を選択するほかない」として、二審の無期懲役判決を破棄し、広島高裁に審理を差し戻した。が、弁護側は21名もの大弁護団を結成し、「傷害致死罪」を主張した。名前を連ねた弁護士の数だけでも異様だが、一体、何が狙いなのか?全員、「死刑廃止論者」との噂も飛び交う。それが事実なら、司法の場に持論を持ち込み、審理を混乱させる暴挙を許せない。
この裁判は、昭和40年(1965)に受けた就職試験の面接を思い出させた。面接官から問われたテーマは、「①教育刑主義と応報刑主義の違いとどちらを支持するか、②死刑廃止論について」だった。
当時は、教育系主義に傾倒したが、40年経った今では、社会環境や価値観・モラルが大きく変化したし、犯罪の低年齢化や凶悪犯罪が頻発する情勢だけに、応報刑主義も必要かと思うようになった。死刑廃止論に対しては、「終身刑の導入が必要」と答え失笑をかった。しかし、この持論は今もなお変わらない。無期懲役の場合、重罰の印象を与えるが、社会復帰の可能性がある。法務大臣が在任中に死刑囚の執行を指示しないのは何故なのか?疑問は消えない。
裁判員制度の導入を2年後に控え、各地で模擬裁判や研修会が開催されている。が、光市親子殺人事件や鹿児島の選挙冤罪事件を目の当たりにすると、本制度への不安が増幅する。取調べの可視化なども前向きに検討すべき時期だと思う。