新聞・テレビのトップは、「松岡農水大臣の自殺」報道。死者にムチ打つつもりはないが、死人に口なしともいう。政治家の晩節をこういった形で幕引きしたのは悲惨だ。限りなく黒に近いものをかばい続けた安倍総理の任命責任は、極めて大きいことだけは言っておきたい。
いま読んでいる藤本義一さんの随筆の一節に、「生甲斐と甲斐性」と題した項がある。~「藤本君、50歳になると人生についての考え方が変わるものだよ」と井伏鱒二先生に言われた時、「へえー、そんなもんですかねえ」と答えたものだった。(中略)そして、50歳に入った時に司馬遼太郎先輩から、「ギッちゃん、60歳になると人生についての考え方が変わるもんだよ」といわれ、そのすぐ後に吉行淳之介先輩からも同じことをいわれた。丁度、両先輩が還暦を迎えられた頃だった。~
当時、「そんなもんですかねえ」としか感じなかったが、三先輩が鬼籍に入られた頃から、人生の深い滋味のある言葉として意識するようになったそうだ。彼のような著名作家ですら、若い頃は「甲斐性と生甲斐を同義」程度に理解していたと知り、年輪の持つ重みを感じた。
農林水産省出身で、45歳で衆院議員になり建設・農水族として活躍。ついに大臣にまで上り詰めたのは正に「甲斐性」だ。しかし、この人の「生甲斐」は何だったのだろう。生甲斐とは、純粋に生きている喜びを甘受する感性であり、地位や名誉・お金で推し測るものではないものだと、改めて思う。