プラチナ世代のマラソン旅行

時悠人chosan流処世術

★子供の社会見学

2011-08-25 11:34:19 | 日記・エッセイ・コラム

 金沢の証券会社で、小学生の株取引の体験学習が行われた。社会見学の一環だそうだが、子供達がPC画面の株価を見たり、会社四季報をめくる光景は異様に思えた。

 義務教育における社会見学は、ライフライン中心にその大切さを徹底的に理解させるべきだ。電気・ガス・水道だけでなく、ゴミ焼却場やリサイクル施設等、最も身近で、最も地味な仕事に従事する人達のおかげで豊かで安定した生活を送っていることを学習させ、感謝の気持ちを植え付けることが基本だ。

 切り口が一つの事業でも、それに関連する事業は幅広い広がりを持つ。その周辺事業の内容と必要性を論理的に学習すれば、公共性とか社会秩序に対する身の置き方も自ずと習得出来るというものだ。

 証券会社に足を運んだ事が無い大人も大勢いる。ましてや、余程、関心がないと四季報を開く必要はないもの。それを子供たちに見せて何の学習効果を期待したのか、甚だ疑問だった。まさか、廃止された「ゆとり教育」への意趣返しではないとは思いつつ、、、。


★NHKの重大事??

2011-08-24 09:04:28 | 日記・エッセイ・コラム

 午前7時、いつも通り、NHKテレビを見ながらの朝食。「島田紳助が芸能界引退」の見出しが飛び込んできた。テレビのトップニュースは、新聞の一面見出し記事にあたり、社説と同様、その社の考え方が分かる程のインパクトを持っている。

 芸能ニュースがNHKのトップを飾るのは、大物の死亡時位だ。途中で嫌気がさし、民放に切り替えたが、全て同じニュースなので、NHKに戻した。延々と10分も続き、次にリビア情勢で、昨夜、民主党の代表選に前原前外相が出馬表明したニュースは3番目でしかなかった。

 民放5局でレギュラー番組6本を持っていれば、利害関係者にとって大問題かも知れない。だが、私には全く関心がない。最近、私の周辺で「テレビが面白くない」と言う声を多く聞く。一説には、地デジ化の投資額が大きく、番組制作費がカットされたからとか。そのせいでもあるまいが、おバカや他人を中傷することで笑いをとるタレントが氾濫気味だ。

 今から50数年前、大宅壮一が「テレビばかり見ていると想像力や思考力を低下させる」と嘆いて、「一億総白痴化」と表現したのが当時の流行語になった。メディアの果たすべき役割が当時以上に重要になったIT時代だけに、NHKには、孤塁(「良識の府」)を守ってほしいと願う。


★古稀へのカウントダウン

2011-08-22 09:21:08 | 日記・エッセイ・コラム

 今朝、午前5時に起床し、昨日の轍を踏むまいとまず外に出て天気を確認した。雨上がりの路面は濡れていたが、西空が明るかったので、妻を起こし1時間ジョグに出た。

 6月以降、妻は一日置きのペースをノルマ化したので、月間走行距離も120㎞前後まで延びて来た。私の方は、今月の目標値180㎞達成が難しくなっていた矢先、昨日の24時間テレビ「愛は地球を救う」で、徳光和夫のマラソン挑戦を知り、気合いを入れ直した。

 ついては、この企画の歴代走者と距離を調べてみたら、1992年に間寛平(当時43歳)が100㎞走ったのが最初だった。その後、回を重ねる毎にショー化し、話題性を追求するようになったようだ。ちなみに、昨年は「はるな愛」、一昨年は「イモトアヤコ」、その前は「エド・はるみ」と分かったら、急に関心が失せた。

 とはいえ、私の「古稀にフルを走る」約束までのカウントダウンは待ってくれない。完走タイムをどの辺に置くかにもよるが、これから2年間のランニング計画を練り上げ、ぶざまな走りだけはしたくないと思っている。 


★古稀に走る

2011-08-21 17:17:07 | 日記・エッセイ・コラム

 今朝、着替えて外に出ると雨が降っており、走るのを断念した。ここ2週間ばかり、雨の心配をする必要が無かったので、惰性に流れた迂闊さを反省した。

 やむなく、午後からジムへ出掛けたら、24時間テレビ「愛は地球を救う」で、徳光和夫がマラソンに挑戦していた。視聴率等のコマーシャリズムが透けて見える企画は好きではないが、走ること自体にハンディは無い。

 ランナーには常識だが、30分走るのと1時間走るのとでは体への負荷は全く違う。これが、2時間・3時間と長くなるに従い、加速度的に負荷が増してくる。

 女房は、「良いコーチや大勢のスタッフを引き連れて、、、」と素っ気なかったが、とてもマラソン体型には見えない古稀を迎えた彼が、長時間走にチャレンジすることが興味をひいた。2年後の友人との約束を否応なしに思いだし、少なからず刺激になった。


★パラダイム・シフト

2011-08-20 14:22:47 | 日記・エッセイ・コラム

 先日、お盆で帰省した友人と再会したら、お互いにメールの返信が無いことに気をもんでいたと分かった。半年間のわだかまりが瞬時に消えたのだから、フェイス・ツー・フェイスのコミの威力は凄い。

 とはいえ、原因不明のままで片付けられない性分なので、早速、プロバイダーに問い合わせ、点検した結果、私のインターネット環境は正常だったので安心したが、IT時代の隘路を改めて垣間見た思いだ。

 ついては、現在、web上に開設している4つのコーナー(海外旅行・マラソン・写真)を縮小し、本ブログだけにすることにした。web上で、同じ趣味をもつ者同士の交友を楽しんできたが、維持するのも億劫になりだした。

 何事においても、「選択肢が狭まる」ことは、まさしく老化の兆候だが、もう十分満足した気がする。これからは、老化の進行自体を楽しむプログラムに切換えて行くつもりでいる。その原動力は、「いつまでも いつも心は 好奇心」だ。