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「名もなき生涯」(2019年 アメリカ、ドイツ)

2020年03月04日 | 映画の感想、批評
 第二次世界大戦時ドイツに併合されていたオーストリアで、ヒトラーへの忠誠と兵役を拒否して死刑になった一人の農夫がいた。フランツ・イェーガーシュテッターという実在の人物の生涯を「シン・レッド・ライン」「ツリー・オブ・ライフ」のテレンス・マリック監督が描いた。

 フランツは愛する妻ファニと娘たち、母とファニの姉レジーとともに、山と谷に囲まれたオーストリアの小さな村で、農夫として暮らしていた。第一次世界大戦で父を失くしていたフランツは、1938年オーストリアがドイツに併合され、のどかだった村にも戦争の足音が聞こえてくるが、「罪なき人を殺せない。悪しき指導者には従えない」と兵役を拒否し続ける。しかしついに1943年召集令状が届き、エンス基地に出頭するが、ヒトラーと第三帝国への忠誠宣誓拒否を表明して逮捕された。

 ナチス・ドイツに飲み込まれてしまったオーストリア。フランツが暮らす小さな村でも無批判にナチスに傾倒し、兵役を拒否する彼に「裏切り者」「村に対して罪を犯している」などと敵意をむき出しにする村人が増えてくる。強硬ではないが「家族の安全を考えろ」「家族のために戦争に行くべきだ」と彼を説得しようとする隣人もいた。それでもフランツは自分の信念を曲げてヒトラーに加担することは出来なかった。敬虔なカトリック信者として神の前で正しくないことは出来なかった。

 父が戦死して残された母親の苦労を村の誰よりも知るフランツは、もし自分が死刑になったら残されたファニと3人の娘たちがどのような窮地に陥るのか想像に難くない。まして自分は戦死した父親と違って、国家に対する反逆者として死んでいくのだ。それでもフランツは自分の命を犠牲にしても、信念を貫くことを選んだのだ。

 果たして人はここまで強く信念を貫くことができるのだろうか、自分の命を犠牲にしてまで…。相手が強大であればあるほど抵抗する勇気を奮い起こすことは困難ではないだろうか。フランツは「もうすぐ戦争は終わるのだから、表面的に誓えばいい」というような決意を翻させようとする誘いを何度も囁かれるが、断固としてしりぞけ続ける。自分もフランツのように思考し行動できるだろうか。間違ったことにはっきりとNOと言えるだろうか。本当はNOと言いたいけれどなかなか言えない人たちと声を合わせることが大事なのではないだろうか。観るものに生き方を問いかける映画だ。(久)

原題:A HIDDEN LIFE
監督:テレンス・マリック
脚本:テレンス・マリック
撮影:イェルク・ヴィトマー
出演:アウグスト・ディール、ヴァレリー・パフナー、マリア・シモントビアス・モレッティ、ブルーノ・ガンツ、マティアス・スーナールツ、カリン・ノイハウザー、ウルリッヒ・マテス