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「ぼくが生きている、ふたつの世界」(2024年 日本映画)

2024年10月23日 | 映画の感想・批評
コーダ(CODA)の話。「コーダ あいのうた」(2021年.アメリカ)がアカデミー作品賞など3部門に輝き、このブログでも取り上げたことがある。あの時に、聴覚障害者の両親のもとで育つ健聴者の子どものこととして、コーダという言葉があることを恥ずかしながら初めて知った。

アメリカ作品と同様、本作品でも聴覚障害を持つ両親はろう者俳優の忍足亜希子と今井彰人が演じている。主人公の大を中学生から演じた吉沢亮がなかなかいい。「え、中学生を?ちょっと無理じゃないの」と思いかけたが、思春期特有の不貞腐れ加減が「あるある!」加えて、両親の通訳をし、周囲からは奇異な目で見られ続けている少年の苦悩。高校受験は失敗するわ、やがて確たる目的もないままに東京へ。それは父が背中をおしてくれたのだが。
アルバイト先のパチンコ屋で聾の中年女性と出会い、手話サークルに誘われる。聴覚障害の世界から離れたはずが、そこでの出会いのおかげで、手話にも方言があることを知る。また親切心というよりも実家の日常の上にあったであろう、料理店での注文を通訳することが、聾者の人たちに「できるはずのことを奪わないで」と言われて初めて、気づくこともある。これは自分にも当てはまる。親切のつもりがそれは当事者の人たちのチャンスを奪っているかもしれない。自己満足にすぎないかもと。

幼少期を演じた子役たちも良かった。無邪気に母親の通訳をし、甘える子ども時代のかわいらしさ。家の郵便受けを使っての母との手紙のやり取りは温かい。父親は釣りに連れて行ってくれる。やがて小学校に入学し外の世界を知り、我が家の特殊性を知っていく。
赤ちゃんを育てながらの失敗談をいくつも乗り越え、工夫する聴覚障害夫婦と、妻の両親。おじいちゃんは自称?元ヤクザなのか、粗野な人。音のある世界で生きるにはごめんこうむりたいかも。新興宗教にのめりこんでいるおばあちゃん役の烏丸せつこが十分はまっている。当たり前のお年なのだけれど、感慨深い。

「コーダだから」とかでなく、どこにでもある息子の旅立ち。それをさらっと応援できる母の愛情深さ。息子がいなくなれば不便なこともあるだろうに、それよりも田舎の小さな町で鬱屈するよりも、広い世界に押し出そうとするこの両親の親の姿はすばらしい。
「スーツを一着持っていれば役に立つのよ」母が選ぶネクタイは派手すぎて、「まるでホストみたい」と息子は苦笑する。
母親を演じた忍足亜希子が明るく、愛情深く、この作品の主人公は彼女こそ。とても素敵な役者さん。以前に何の作品で見かけたのか、名前に記憶はあるのだけれど。
このお母さんの在りよう、今更だけど見習いたい。子離れ、できてるかな、できてないなあ。一人で観に行ったのは正解かも。息子と一緒では面はゆい思いをしたかも。

エンドロールで流れる音楽がいい。母の手紙の内容だった。ちゃんと歌詞が示されていて、改めて作品世界を振り返らせてくれる。字幕付き上映だったのも良かった。
まるでドキュメンタリーを見ているような感覚になった。「コーダ あいのうた」のようなドラマティックさはないが、どこの家庭にもある、普遍的な親子の愛情と、息子の自立の物語。東北の漁村と、鉄道の風景も素敵で、あの駅を一度訪ねてみたくなった。
(アロママ)

監督;呉美保
脚本:湊岳彦
撮影:田中創
原作:五十嵐大「ろうの両親から生まれたぼくが聴こえる世界と聴こえない世界を行き来して考えた 30 のこと」(幻冬舎刊)
出演:吉沢亮、忍足亜希子、今井彰人、烏丸せつこ、でんでん



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